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幸いにも、アヤが言っていたような刺激的な勘違いはされなかったが、殺人事件に巻き込まれた二人がこそこそと話し合っているのはクラスメイトの興味を大いに引いたらしく、好奇心が再燃したようだった。
額に青筋を浮かべながらも、なんとか笑顔を作ろうとするアヤの表情はひどく引きつっていた。
放課後まで落ち着かない時間を過ごしたマジメは、日が暮れたことに少々焦りを覚えていた。
どうにかして今日中に終わらせなければ、今度こそ誰かが死んでしまうかもしれない。
それを思うと、心臓が鷲掴みにされたように痛む。
「そういえば、ハジメくんが私の家にくるのは初めてだったかな?」
「あ、ああ。住所も知らないからな」
「ま、そう驚くような家じゃないよ。少なくとも面白みはないかな」
「自宅に面白みを求めてもなぁ」
相変わらずよくわからない物言いだ。
学校を出て、最寄りの駅へ。いくつか先の駅にアヤの自宅はあるようで、彼女は電車通学のようだ。
帰宅ラッシュより少し早いため、電車内は座れるほどには空いていた。
肩を並べて座った二人は、お互いに思うところがあるのか、目的地に着くまで無言だった。
「さて、少し歩けば私の家だ。日が暮れる前に行こうか」
「そうだな」
アヤの言う通り、駅を出て少し歩くだけで常盤家の自宅に到着した。
「おい、どこが面白みのない普通の家だ」
「ありきたりだろう?」
「一般家庭が高級マンションで暮らせるわけないだろうが……」
首が痛くなるほど見上げても屋上が見えない高層マンションが、アヤの自宅らしい。さすがに呆れてしまって、ため息さえ出なかった。
「そうなのかい? 生まれていままでずっとここが家だったからね」
「俺の家なんかぼろいアパートだぞ」
「それは……そのうち是非お邪魔したいね。両親は共働きだからいまは妹しかいないはずだよ」
セキュリティも万全な高級マンションに入った二人は、アヤの先導でエレベーターに乗った。高層ビルだからか、エレベーターの上昇速度はずいぶんと早いらしく、あっというまに目的のフロアに到着した。
階の端まで歩くと、アヤが目の前の扉の鍵を開けた。
「さ、どうぞ入って。……友人を招くのは小学校以来かもしれないな」
「俺は常盤が招待一号になるけどな」
さらっと言いのけたマジメがアヤの後を追いかけて家に入った。
「さすが高級、すごいな」
陳腐な言葉でしか表現出来ないほど、常盤家の自宅は豪奢だった。
いかにも高級品らしい花瓶や、壁に掛けられた絵画。靴箱ですら高そうなのだから、アヤの両親がどんな仕事をしているか気になるところだった。
「ん、妹はちょうど帰ってきているみたいだ。いまは着替えているのかな? とりあえず、客間に案内するよ」
なるべく足音を立てないように、別に泥棒に入っているわけではないのだがこれほど高そうな品々が身の周りにあると、どうしても萎縮してしまう。なるべく触れないようにしながらアヤの後を追いかけると、彼女は廊下の突き当たりの襖を開けて待っていた。
「じゃあ、私も着替えてくるから少しここで待っていてくれ。戻ってくるときにお茶を持ってくるよ」
「お、お構いなく……生まれて初めて言ったな」
生まれてはじめて、友人の家に遊びにきたマジメの緊張はあからさまに態度に出ていた。そわそわとせわしなく客間を見渡して、畳に正座した膝をしきりに撫でては手汗を拭っていた。
そんな状態がしばらく続いて、襖が無音で開いた。
「ごめん、待たせたかな」
「い、いや、大丈夫だ」
お盆を持ったアヤが入ってきて、もう一人その背後にいることに気がついた。
テーブルに人数分のお茶を並べながらアヤが何気なく言う。
「入っておいで。紹介するよ、私の妹の……」
「葉切さん……っ!?」
ほとんど反射的に飛び退いたマジメが身構えると同時に、見覚えのある顔が客間に入ってきた。
常盤葉切。常盤彩の妹である。
「常盤の妹だったのか……」
脳裏に蘇るのはヒイの言葉。完全に敵に回ったハギリとこんなところで遭遇するなんて微塵も思っていなかった。
「なるほどね。ハジメくんのその反応でわかったよ。妹は君と敵対しているんだね」
「……俺が直接襲われたことはない。同行者を殺そうとはしていたけどな」
ずっと俯いているハギリを思わず睨んでしまってから、ため息をついて目を逸らした。




