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すべてを話しても、そう時間は掛からなかった。
マジメが知っている情報のすべてを順序立てて話すとそれほど話すことはなかった。
むしろ、それくらいしか話せなかったというべきか。あまりにも情報が不足しているのだ。行き当たりばったりで進んで、ついには命の危機に直面している。いままであの世界で経験してきた危機のどれよりも、今回は命に関わる問題である。
「俺が知ってることはこれで全部だ。なるべくわかりやすいように話したつもりだけど、わからないところはないか?」
「大丈夫だよ。ああでも、わからないといえばその異世界の存在理由がわからないな。何故そんな性質を持って、そんな怪物が跋扈しているのか……。いや、それはともかく話はわかったよ。いま差し迫っている危機もね」
「そりゃ良かったよ。で、だ。その世界の主が、常盤なんじゃないかって俺は思っているんだよ」
「それは、例の私と同名の女の子が理由かな?」
「ああ。他に当てはまる人がいないんだよ」
半ば懇願する様子のマジメに、アヤは考え込んだ。
当然というかなんというか、心当たりはなかった。
「だめだね。さっぱりだよ。仮に、私が別世界を作れたとして、どうしてそんな質の悪い世界を作らないといけないんだ? 意識的無意識的にかかわらず、そんな世界は望まないと思うんだけど……」
「だよな。俺もそう思うよ」
華の女子高生が世紀末じみた世界を望むとしたら、どれだけひどい扱いを受けてきたのだろうか。マジメから話を聞けば聞くほど、本当に自分がやったのかと余計に首を傾げるようになっていく。
「そうだね、じゃあ別のところから考えみようか」
「別?」
「ああ。世界の主を探すのではなく、着眼点を変えてみるんだ。何かわかるかもしれないだろう?」
「やるだけやってみようか」
どのみち、出来ることは限られているのだ。出来ることはやっておきたい。
「さっきも気になったのだけれど、どうしてその世界は破壊を好むんだ?」
「それは……そういう性質、もしくは願望だったから、とか? いや、それにしてもあんな化け物が現れるのはおかしいか」
「そうだね。破壊衝動、あるいは破滅願望があるのならきっと、もっと壊し甲斐のある世界かなにもない世界になっているだろうね」
「それならどうしてあんな壊れかけの世界になっているんだ? 残骸みたいな瓦礫もある、地面にも亀裂があった。まさかとは思うけど、最初からあんな世界だったのか?」
「それはあるかもしれない。何せ、能力者が無意識的に作ってしまうような世界なんだ。深層心理を読み取って、それを世界として現すこともできるだろうね。ただ、そうなると解せないのは黒いことだよ。それに、対極の白。暴力を好むのが黒だとしたら、白は……保護かな?」
「白い建物以外は軒並み破壊されていたけど、瓦礫はすべて黒だったよ。それに、白い建物には化け物も近づけなかった」
考えれば考えるほど、マジメは余計にわからなくなってくる。しかしアヤはそんな様子を見せず、さらに自分のことでありながら客観的に分析しつづけていた。
「白と黒か……でも、その白い建物も壊されてしまっていたのだろう?」
「ああ。いままではそんなことなかったらしい。俺も、白い建物が聖域だということは一度だけ体験しているし、それは信じてもいいと思う」
「その世界の主は私。そして、聖域は光栄塾、東地高校、東総合病院、それに教会、か。ここにはすべて行ったことがあるね。ただ、光栄塾と教会には大した思い出はないんだ」
転がっていた木の枝で、白い建物の名前を砂に書いていく。そこから矢印をのばして、常盤彩と書き込んだ。矢印のうち、光栄塾と教会にはバツ印がされた。
「じゃあ、思い入れのある場所ってわけじゃないんだな」
「そうだね。特に教会なんて一度しか行ったことがないよ」
「白い建物の基準もよくわからなくなったな……」
ついには手掛かりまでなくなってしまい、二人は黙り込んだ。
「壊すことでいったい何が得られる? 衝動を満たすため? それとも、ストレスを解消するため? 壊すということはとにかく、マイナスイメージしかない」
「じゃあ逆に得られるものはなんだ、ってことか」
ぽつりと呟いたアヤの言葉に、マジメは首を傾げつつも腕を組んだ。
壊すことで得られるもの。まっさきに思いつくのはやはり、アヤが言ったことだろう。他に、無理矢理捻り出すとしたらあの世界自体を壊している、ということくらいだろう。しかしそれではなんのためにマジメたちが誘われたのかわからない。滅びゆく世界に、仮にワクチンのような、化け物を倒す役割として呼びつけられたとしたらそれはあまりにも過酷だ。
「衝動を満たすこと……ストレスの解消……」
やはりそれが一番しっくりくる理由だ。
しばらく考え込んでいたアヤに、今度はマジメがふと思いついたことを口にした。
かねてより疑問に思っていた、あの世界に連れて来られた理由だ。
「どうして、俺たちが選ばれたんだろうな。それこそ、いままで出会った人たちなら誰でも良かったわけだし」
「それは確かに。……そうだ、ハジメくんの見た、その世界での人間の特徴を教えてくれないかな? もしかしたら、なにかヒントになるかもしれない」
真剣な表情のアヤに圧されるように、マジメは頷いた。
いままで出会った人、死んだ人、死んでいた人、マジメはくまなく話して校舎の壁に背中を預けた。
「何人か、知っているかもしれない人がいるね」
「ほんとうか?」
「うん。まずはハジメくん、いわずもがなだね。次に、下塚柊。彼のことも知っているね? そして、鴨井四季という子も、私は知っているよ」
「意外と多いんだな……」
「そうだね。おかげで、ようやく実感したよ。ハジメくんたちがどうしてその世界に呼び出されたのかも」
「本当か!?」
瞼を閉じて俯いたアヤに飛びつくように近づいたマジメだったが突然彼女に肩を掴まれて、まっすぐに視線を向けられた。
「良くも悪くも、強く印象に残った人たちなんだ。鴨井四季は教会で祈っていた。下塚柊は目の前で人を殺した。ハジメくんは、ずっと変わらなかった」
他の二人がどんな風にアヤの心を揺さぶったのかはわかった。しかし自分がどうやって、他人に影響を与えることが出来たのかさっぱりわからない。アヤは敢えて難しい言い方をしているのではないかと疑ってしまうくらいだった。
マジメの疑問に満ちた眼差しを受け取ったアヤが、小さく微笑んだ。
「全部、わかったよ。理解出来たよ。あの世界が暴力を好む理由も、人間を呼び込む理由も、全部ね」
「そう、なのか?」
「ああ」
頷いて、笑ってみせたアヤの表情はどことなく固くみえる。
「今度は私が全部話す番かな。まずは、世界のこと。あの世界は破壊を好んでいるわけではないんだ。ただ、破壊すればストレスは解消される。私が無意識のうちに作った世界はいささか私の心に敏感だったみたいだ」
「ストレスの解消……」
「ああ。そして、白い建物は、私が心の中で何らかの感情を強く抱いた場所なんだろうね。それだけに壊すことは出来ず、壊すことが出来たらストレスはいつも以上に解消される。ハジメくんたちがあの世界に飛ばされた理由も同じだ。私に強く影響を与えた人間だから、あの世界に呼ばれたんだ」
「そう、だったのか……」
「黒い化け物はおそらく、私のストレスが具現化したものだろうね。壊すことに特化した異形のもの。私の心理状態で増減していたのはそれが原因だろうね」
「なるほどな」
黒丸が増えたのは決まって下塚柊に関係したことが起きた後だった。そのマジメの言葉にアヤは頷いて、苦虫を噛み潰したような渋い顔をする。
「我ながら情けないよ。心が弱すぎる。挙句にはハジメくんにまで、迷惑を掛けてしまった妹の分まで謝らせてほしい」
「いも……うと?」
衝撃の事実だった。耳を疑い、思わずアヤを凝視してしまったが彼女はマジメの視線に肯定の意を浮かべると、目を伏せてしまった。
「人違い、とかじゃないのか? 俺が話した特徴だけでも五万といるけど」
「ああ、妹のことはよく知っているからね。人違いだと断言するほうが難しいよ。なんなら、放課後に確かめてみるかい? 私はそうするつもりだよ」
「……知らないほうがいいんじゃないのか?」
知らないほうが幸せなこともある、と言外に告げるマジメにアヤは首を横に振った。
「それこそまさか、だよ。いままで散々ハジメくんたちを傷つけたんだ。これ以上知らなくていいことなんて一つもないよ。それに、全てを知らなければ私の気が収まらない。放課後、一緒に来てもらえるかい?」
「わかった。俺もそれは確かめたいからな」
ありがとう、と淡く微笑んでみせるアヤから、マジメは思わず目を逸らしてしまった。
「とにかく、教室に戻ろうか。このままだと刺激的な勘違いをされてしまうからね」
「……そうだな」




