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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
ブラック・レッド
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 セガワの荒い息だけが響く壊れかけの教会に、足音が一つ遠くから近づいてきた。横たわったセガワにそのまま動かないように言って、マジメは音を立てないよう、崩れかけた壁から顔を出した。

「まったく、言うことしか聞かないというのも厄介なものだね。融通が利かないのは困るな」

 そんな独白がごく近くから聞こえてきて、マジメは思わず息を止めた。

 唾を嚥下する音さえも、嫌に響いて聞こえる。

 そのまま教会を通り過ぎるかと思えば、半壊して口を開けた壁からこちらを見ているではないか。壁に隠れているいま、こちらの様子に気づいているかわからないが物音を立ててしまえばおそらく気づかれてしまうであろう。せめて、セガワの呼吸音に気づかないでいてくれ、と身を固めながら祈っていると、足音が離れていった。

 どうやら気づかなかったようだ。

 深々とため息を漏らし、マジメは思わず座り込んでしまった。

 だが、これで一つわかったことがある。

 ヤミコは別に、神になったわけではない。黒丸を自在に操ることが出来るだけの人間だ。いや、ただの人間が黒丸を操れること自体がおかしいのだが、いまさら超常の力に驚くことはなかった。

 ヤミコが気づかない限り、この教会で休むべきだ。無駄に動く必要はない。はぐれてしまったヒイたちが気掛かりだが、だからと言ってセガワを放置することは出来ない。仮にも助けてくれた人間だ。いまは死んでほしくない。

 ヤミコが去ってからすぐに、黒丸たちが教会の前を通っていった。黒い巨体がのしのしと姿を現したのには驚いたが、こちらを一瞥することなく、教会の前で辺りを見回した後、のそのそと去っていった。

「本当に簡単な命令しか聞けないんだな」

 なにやら黒丸たちは巡回しているようで、数回ほど黒丸たちの小隊が教会の前を通っていったが、まったくこちらに気がつくことはなかった。

 これなら、見つかることはないだろう。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 目覚めは思いのほか、爽やかだった。

 体の節々が痛むのはいつものこととして、白黒の世界に行くようになってからははじめてすっきりと目覚めることが出来たような気がする。

 今日ですべてを終わらせなければならないというのに、ずいぶんと気楽なのは、心の奥底では簡単に終わると思っているからなのだろうか。

 起き上がり、マジメは体を洗った。

 目が覚めて自らの両腕が真っ赤に乾いているのは悪夢としかいいようがない。

「常盤に全部話す」

 やることはもう決まっている。たぶん、間違ってもいないのだろう。あとはしっかりと話せるか。

 買い置きした弁当の蓋を開けて、ため息を漏らした。



 そもそも、常盤彩があの世界の主である可能性はそれほど高くない。あやと似通っていて、かつ、マジメの記憶にある人間の中で一番可能性がある人間が常盤彩だというだけなのだ。そんな曖昧な選定方法では不安が残るが、消えてしまったあやがマジメの記憶が鍵だと言い残したのだから、あまり悩んでいても仕方ないのだろう。

「どうやって説明するか、だよな」

 まさかとは思うが、あっさりと信じてくれることはきっとないはずだ。むしろ、半眼で睨めつけられるのがオチだろう。なにか説得材料が必要なのだが、あいにくとそういったものは手元にない。

 黒い世界のことを話したところで、信じてはもらえないだろう。

 だいたい、あそこはわからないことのほうが多い。破壊者に有利な特性や、化け物たち。それらがアヤに繋がるとは到底思えないのである。心の底でそんな世界を望んでいたとしたら納得出来るのだか、穏やかな性質のアヤとあの世界は、どうしても結びつかないのである。

 とりあえず、アヤに話すにはまず情報を整理しないといけない。

 黒い世界のこと、化け物のこと、ヤミコのこと。考えることは思いのほか多くて、今日一日だけでは足りないような気がしてきた。

 学校への道も、ほとんど心ここに在らずだった。事故もなく辿り着けたのは奇跡だったのかもしれない。そう思うくらいには、まったく周りが見えていなかった。

 ざわざわと騒がしい下駄箱を抜けて、階段へ。流石に日が立てば視線も弱まってくるようで、鬱陶しいことには変わりないが、以前よりはずっとマシになった。直接事件に関わらない人間なんて、こんなものだろう。話題はいつか風化していく。マジメはふと思い出した。

 ヒイラギは死んだのだ。あのとき、あの世界で、確かにヒイラギは死んでいた。おそらく、現実世界でもそのうち遺体が見つかることだろう。そうなればまた、マジメの周囲は、いや、どちらかというとアヤやササキたちの周囲が騒がしくなるかもしれない。

「そうだ、それを教えるのもいいかもしれない。常盤にしてみれば、予知能力みたいなもんだしな」

 流石に偶然だ、と断じられることはないだろう。一学生でしかない、それも普段から冗談を口にしないマジメの言葉を、アヤはきっと否定することは出来ないだろう。警察が発表する前にヒイラギのことを話し、異世界の存在に信憑性をもたせる。多少なりとも、可能なのではないだろうか。

 しかし、それを話していいものかと迷う。せっかくアヤが学校へ来たのだから、余計な刺激は不要だとも考えているのだ。

 アヤには酷かもしれないが、どうせヒイラギの死は遅かれ早かれ報道されることになるのだ。今回はそれを含めて、先に話してしまおう。

 教室の扉を開けて、アヤの姿を探す。クラスメイトが注目したが、流石にもうどうでもいいのだろう。視線はすぐに散った。

 今日はまだ来ていないのか。

 少しばかり焦りが募るが、早まった真似は厳禁だ。昨日も登校してきたのだから授業がはじまる前にはやってくるだろう。

 マジメはいつものように、机に突っ伏した。

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