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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
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「まったく、これだから肉体派は……」

 ヘルメットのこめかみ部分をとんとんと指先で叩くヤミコが、包囲網を破ったマジメたちを眺めて呟いた。

 じつに呆れた声色で漏らしたもののそれを聞いたものはおらず、代わりに獲物を逃した黒馬がとぼとぼと戻ってきたのを見てついにため息をこぼした。

「はぁ……あの二人ときみは相性が最悪なのかもね」

 黒丸が何体いようが決して止められることのない黒馬が、こうもあっさりと撒かれたのだ。以前のことといい、彼ら二人が揃うと黒馬でも一筋縄ではいかない。

 が、それは二人が万全の調子であることが前提だ。

 一人は疲労と打撲、一人は疲労と刺し傷、むしろこれだけ怪我をしていて黒馬を退けたのだから賞賛されてしかるべきだろう。

 それになにより、楽しみが延びる。

 次々と、ヤミコの周りに霧の渦が沸き起こり、そこから絶えず黒丸が生産されていく。既に産み落とされた黒丸は、マジメたちを追いかける役と回り込む役に分けている。これならばそう遠くないうちに挟み撃ちに出来るだろう。もはや自分の物となった世界では、範囲こそは限られているが空飛ぶ鳥のように俯瞰することも出来るのだ。人間を卓越した存在には、誰にでも破壊がつきものなのだ。

 ずいぶんと前に俯瞰範囲外へと逃してしまったヒイたちを今から追いかけて餌にするのは無理だ。まさかこの包囲を突破されるとは思っておらず、チェックメイトだとタカをくくっていたのが失敗だった。

「まあ、どちらにしてもキングに逃げ場はなくなったけど」

 先行していた黒丸たちと、追撃さしてくる黒丸たちに挟み撃ちにされたマジメたちが、背中合わせで黒丸の群れに対峙するのが俯瞰する視界に見えた。

「いやいや、まったく頑張るね。私も見習わないと」

 状況は最悪だった。

 上手く囲いを破ったかと思えば、すぐさま先回りしていた黒丸たちと挟まれてしまった。まるで自分たちが包囲を破ることがわかっていたかのような配置に、マジメは思わず呻いた。

「どっかの軍師か?」

「冗談言うなって。今時流行らないよ。まあ、黒幕って意味なら間違っていないけどね」

 いつもと変わらない軽口に力がない。傷が原因で限界が近いのだろう。ここでセガワが倒れてしまえば、マジメもすぐに物量に押し潰されてお終いだ。セガワが潰れてしまう前に突破して、ついでに彼をどこか安全なところで朝まで休ませなければ本当に死んでしまう。流石に自分が原因で死なれてしまうのは目覚めが悪い。

 今きた道を戻るのは論外だ。のこのこと魔窟に戻ってどうする。ならばやはり、先回りしてきた黒丸たちを突破するしかない。一点突破に全力を掛ける。

 どうやらセガワも同じことを考えていたようで、青い顔をマジメに向けた。すっかり青ざめてしまっている。早いところ済ませないと本当に危ない。

 分厚い壁のように立ちはだかる黒丸たちはまだ簡単なほうだ。少なくともドーナツの穴にいるように全方位を囲まれているわけではない。

 背後から迫ってくる黒丸を一瞥すると、マジメは先頭に立つ黒丸の胴体をスケッチブックでなぎ払った。

 追従するセガワがその隙間に飛び込んで、鉄パイプを大きく薙いだ。ぽっかりとスペースが空いて、更にマジメは突貫する。

 時折飛んでくる黒丸の腕を紙一重でかわしながら、二人はあっさりと黒丸の壁を突き崩した。

 背後から迫る黒丸たちを置いていき、マジメはセガワに肩を貸してその場から離れた。

 しばらく黒丸が追いかけてきたが、どうやら見失ってくれたようである。

 こんな崩れた教会でも役には立った、とマジメは座り込んだ。

 いつのまにか彼らは半壊した白い教会にまで戻ってきていたのである。崩れていても建物だ。身を隠すにはうってつけだった。

 足元で横になったセガワの顔色がますます悪くなることに焦燥を覚えるが、どうすることもできない。教会に戻ってくる直前に拾ったマジメのパーカーで傷口を押さえているが、出来ることはそれだけだ。

 建物が半壊しているため、覗き込まれてしまえばすぐに見つかってしまうのだが、黒丸に知能がないためか、目の前を通り過ぎていってしまった。

「このまま見つからないといいんだけどな」

「そう都合良くいってくれたら、俺は教会で祈ることにするよ」

「喋るな」

 ヤミコから逃れつつ、後は時間が過ぎるのを待つだけだ。はぐれてしまったヒイたちが気になるが、あやの言葉をヤミコが聞いていた以上、狙うのはマジメ一人だろう。すくなくとも、こちらに同行しているよりはずっと安全だ。出来ることなら、このまま朝になってほしい。

 いまなら考える時間はある。

 本当のあやは自分が知っている。彼女はそう言った。しかしながら、マジメには皆目見当もつかなかった。そもそも人付き合いをしていない。数ヶ月間共に授業を受けたクラスメイトの顔だってほとんど覚えていないのだ。言葉通りの意味で、マジメの記憶にある人間がこの世界の創造主だとしたら、もはや解放は不可能だ。

 逆に、もっとも可能性が高い人間は常盤彩その人である。

 地元では有名な天才少女。幼い頃からその片鱗は現れており、高校一年生の現在で既に、入学が困難と言われている大学の入試を済ませているほどだ。海外からの機関にもお誘いを受けており、毎日のようにメールのやり取りをしている、という噂もある。なんでもそつなくこなせてしまうアヤに欠点はなく、明晰な頭脳の代わりに運動能力がない、なんてことすらない。むしろ、本人曰く運動のほうが得意らしい。

 同じ名前、聡明な頭脳、共通点は他の人間よりも多い。だが、どうしてもアヤとあやが同一人物だとは思えないのだ。無意識的に拒否している、といえばいいのだろうか。

 せめて、直接あやと話す機会があればまた違ったのだろうが、結局話すことも出来なかった。

 荒い呼吸を繰り返すセガワの傍らで、マジメはため息を漏らした。

 もし、アヤがすべての元凶だとしたら。仮に本当にアヤがこの世界の創造主で、この世界のことを教えることになったらどうなるだろう。

 飄々としているように見えてメンタルの弱い彼女のことだ。きっと背負ってしまうに違いない。知らなかったから仕方ない、なんて言葉で納得してくれるとは思えなかった。無意識の出来事だったとしても、それをやったのは紛れもなくアヤの力なのだ。もしかしたら潰れてしまうかもしれない。

 だが、これはあくまでも仮の話だ。共通点の多さでの推測でしかない。本当はまったく関係のない人間が創造主だった、なんてこともあるかもしれない。

 しかし、アヤがあやである可能性が一番高いのである。

 現実世界に戻って、アヤにすべてを話す。私情を挟んで躊躇ってしまえば、きっとマジメたちは殺されてしまうだろう。ヤミコは自在に黒丸を動かす能力を得たようであるし、もう一度朝まで生き残るのは難しい。

 となれば、朝になったらアヤに、すべてを話すほかないのだ。

 別の人間であってくれ、と願うのはきっと、アヤを友人だと思っているからだろう。誰だって、罪悪感に押し潰されてしまう友人の姿は見たくない。

 寄りかかったベンチの背が、小さく軋んだ。

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