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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
シルバー・フレーム
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 スケッチブックを武器にする、なんて少しばかり見た目が悪いかもしれないが、魔王を倒す聖剣にも劣らない強さを発揮していた。

 ほんの少し強く黒丸を叩けば、それだけで消滅する。これほど心強い武器はそうそうありはしないだろう。

 周囲に立ち塞がる黒丸たちをすべて律儀に相手をするわけもなく、ただひたすらに真っ直ぐ突っ切るため、他の黒丸は無視だ。時折腕を振るってくる黒丸も存在するが、こんな密集地点で巨体を振り回すのだから当然周囲を巻き込んでくれた。その隙に先へ進むことくらいはお茶の子さいさいである。

「鴨井さんっ、着いてきてるか!?」

「はい、大丈夫です! そのまま進んでください!」

 背後を振り返っている余裕がないため声を張り上げると、若干鬱陶しそうな色の混じった声が飛んできた。そこまで離れていなかったようで、うるさかったらしい。

 腕を振りかぶる黒丸の挙動に、周りの黒丸たちが巻き込まれてよろめく隙に、攻撃態勢に入った黒丸の足元をくぐり抜けて、すれ違い様にスケッチブックを叩きつけた。くずおれる黒丸をかわして着いてくるシキを横目で確認しながら、マジメはヒイの腕を引いた。

「いっただろう? この世界は私のものだって。……逃げられるわけないよ」

 ぞわり、と背筋が凍りついた。直感的にヒイの腕を離し、肩を押して突き飛ばすと、マジメ自身も思い切り前方に身を投げた。

 同時に、横合いから漆黒の馬が突進してきて、爪先にふれるかふれないか、というところで横切っていった。

「冗談じゃないぞ……」

 もう一体の黒馬が、ここに現れた。

 マジメを串刺しにし損ねた黒馬は、道を塞ぐ黒丸たちを無遠慮に蹴散らして止まると、蹄の音を響かせながらこちらを向いた。素早く立ち上がり、ヒイたちから離れるように駆け出したマジメを狙って、黒馬は走り出した。

「小田原くんっ!」

「早く逃げてください! 俺は後から追いつきますからっ」

「くふふっ、無理無理。彼を置いていったら死んじゃうよ?」

「そんな……」

 いつの間に近づいてきたのか、ヤミコがヒイの耳元で囁いた。つい立ち止まってしまい、ヤミコの言葉に耳を傾けてしまったヒイの背後から、黒丸の腕が伸びてきた。

 ヤミコを素通りして、ヒイを捕まえる直前、黒丸の腕が消し飛んだ。

「その不審者を言葉に耳を貸してはいけませんよ。敵の言葉は基本的に罠ですからね」

 ぶかぶかのパーカーの袖に両手を引っ込めたシキが、黒丸の腕を叩き落とした姿勢でヒイの肩を押した。同時にヤミコへ拳を放つがあっさりとかわされてしまった。だが、目的はそれではない。

「行きますよ」

 シキの拳をかわすために距離を取ったヤミコをよそに、ヒイの腕を引いた。

 前方ではマジメが縦横無尽に駆け抜ける黒馬を引きつけながら、返す刃で手近な黒丸を消滅させていた。しかし、そんな芸当がいつまでも続くわけもなく、黒馬の突進を避けた先に、黒丸の腕が待ち構えていた。咄嗟に腕を固めて防御したが、黒丸の剛腕はマジメの体を軽々と弾き飛ばした。

「小田原くんっ」

 悲鳴を上げるヒイを強引に引っ張ったシキが、マジメが開けた道を駆け抜けていく。マジメが視界から消えたことによって、黒馬のターゲットがシキたちに移り、長い角を振り回して黒い弾丸がヒイたちに迫った。

 蹄の音にヒイが気づいて悲鳴を上げたが、もはや目と鼻の先だ。回避は間に合わない。

「バスは降りるときも後方には注意ってなっ」

 鈍い金属音と共に、そんな声が聞こえた。

「貴方……!」

「瀬川さん!?」

 ヒイたちを背に庇いながら、黒馬の突進を受け止めたセガワが鉄パイプを傾けて、黒馬の巨体を突進の勢いごと脇へ逸らした。

「なんて無茶な……」

 押し殺したようなシキの声に、ヒイがはっと目を凝らした。

 別れてからそう時間は経っていない。となれば、当然怪我は治っていないだろう。セガワの足元には、黒い染みが出来上がっていた。

「だめですよ! 傷がっ」

「いやいや、話を聞いてたらそういうわけにもいかないって。マジメくんが鍵なんだろう? 彼がいればこの世界は終わるみたいだから……ねっ」

 ごう、と振るわれた鉄パイプが、素早く振り返った黒馬の頭部を打ち据えた。生き物にぶつかったとは思えないほど硬質な音を立て、鉄パイプは弾かれた。

「くっそ、相変わらずだなぁおい! お嬢さんたちは早く逃げるんだ。このお馬さんが相手じゃ、守れない」

「で、でもその傷……」

 泣きそうなヒイの声に呼応して、セガワの腹部から血液が滴り落ちた。

 躊躇うヒイにセガワは何も言わず、黒馬を対峙することで答えてみせた。

「……行きましょう。邪魔になってしまいます」

「ですがっ」

「わからないんですか!? 私たちでは足手まといなんです! 戦えない貴方が残ったところで、お荷物にしかならないんですよっ! いい加減自覚してください!」

 決して長いとは言えない共闘関係だからこそ、シキはきっぱりと言い放った。

 目を大きく見開いて呆然とするヒイの腕を無理やり引っ張って、シキはセガワから、ひいてはこの黒丸でひしめき合う空間から離れていった。

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