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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
シルバー・フレーム
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 本人にそのつもりはないのだろうが、己の力を見せつけるような行動に、マジメは顔をしかめた。癪に障ったわけではない。鋭い一閃に実力を感じたからだ。

「この世界で有利に生きる条件は暴虐であること。他人を傷つけることを厭わないこと。むしろ、性格が破綻している人間ほど、この世界は住みやすいところなのかもしれないね」

「今に始まったことじゃないが悪趣味な世界だな」

「まったくだ。これじゃあ僕が悪人みたいじゃないか。ともかく、そういうことなんだよ。破壊を受け入れ、暴力を肯定し、終わらせることがこの世界でのすべてだ」

 反吐が出ると吐き捨てたヒイラギは、どうみてもこの世界に順応しているようにしか見えなかった。本人はいまも正義の味方のつもりなのだろうが、この世界の特色を活かしてセガワを刺したこの男は既に、彼のいう反吐が出るそれでしかなかった。

「破壊者に有利……。壊せば壊すほど、殺せば殺すほど、この世界に認められていくってことか。……そんなの、死んでも御免だ」

 社会不適合者という自覚はあるし、死ぬときは一人だと確信しているマジメではあるが、自ら外道に身をやつすつもりはないようであった。それはヒイたちも同じようで、一様に顔を強張らせているものの、マジメと同じ輝きを瞳に宿していた。

「っふ、いいこと聞いたよ。これからは生きやすそうになるな」

 激痛に呻きながらも体を起こそうとするセガワを、ヒイが慌てて押し留めようとしたが、彼はその手を優しく外した。

「たいした慧眼だよ。よくそんなことに気づいたな」

「ああ、別に難しいことじゃないからね。検証自体は楽だったよ」

 この世界には悪人ばかりいるみたいだからね。

 そう続けたヒイラギの視線を追いかけると、膝をついたままのヒイで止まっていた。

「おまえっ!」

 両腕を広げてヒイの前に立つマジメを驚いたようにヒイが見上げた。直接表情を見なくても、彼の背中を見ただけでその心情がよくわかった。酷く怒っている。彼女はそのことに驚いて、いままでにない雰囲気のマジメに怯えを見せた。

 悪人、というキーワードは、ヒイラギにとってわるい意味で特別だ。そのキーワードを口にしながらヒイを見たということは、断罪に値する何かをヒイの心に見たからなのだろう。

「……お前、心が読めるだけで正義の味方面してるんじゃねぇぞ」

 自分でも驚くほど低い唸り声が喉奥から溢れた。

「この際だ、はっきり言ってやる。あんたは正義の味方でもなんでもないただの犯罪者だ。何を免罪符にして正義を騙ってるのか知らないけどな、お前はお前が断罪してきた奴らとなにひとつ変わらないんだよ」

 喉元に刃を当てられたかのような緊張感だった。その発信源のマジメは殺意さえ込めてヒイラギを睨んでいる。迂闊に呼吸すらできなかった。

 肺を動かしただけで、マジメの怒りの矛先が変わってしまいかねないほど、マジメの発する怒気は恐ろしいものだった。

 それなりに場慣れしているであろうセガワも目を見開き、日頃警察に追われているヒイラギでさえも息を呑むほどの感情の発露だった。

「まさか、君にそう言われてしまうとはね。以前にも言われたけれど、君のように心の綺麗な人に言われ

てしまうと堪えるんだ」

「知るか、失せろ」

「にべもないね。まったく、きみの知り合いじゃなければ悩むこともなかったんだけどなぁ。ま、今回はやめておくよ。次はないけどな」

「消えろよ!」

 次はない。それは言葉通りの意味だろう。マジメの顔を立てたのか定かではないが、引いてくれるらしい。それでもマジメがいますぐにでも噛みつかんばかりの勢いで叫ぶと、肩を竦めてヒイラギは背中を向けた。

 いつになく感情的なマジメはくすぶる怒りをどこへ向けていいのかわからなくなった。何故、ヒイが悪人と決めつけられなければならないのか。何故、ヒイラギがこんなところにいるのか。

「あああああああ!!」

 空に向かって吠えたマジメをぎょっとした表情で見つめる三人は、彼に掛ける言葉を見つけられなかった。

 ごちゃごちゃして、頭がパンクしそうで、それでもこのくすぶりが収まらなくて。気の向くまま叫んだマジメが、よろよろと座り込んだ。



 ため息が漏れた。

 自らの奇行に、ヒイたちが皆固まってしまっている。感情的になることが普段から少ないとはいえ、こうも収まりがつかないのは初めての経験だった。

 世界の理不尽とか不条理とか、そんな大仰なことに対してではなくて、どこまでも報われないヒイを悪人だと断言するヒイラギに対してだと思うのだが、もはや自分でも変わらない。誰に、何に、まったくわからないまま、マジメは頭を抱えてうずくまった。

「小田原くん……」

 感情の起伏が薄くみえて、ストレスを溜め込んでいたのかもしれない。こんな世界だ、ストレスは溜まる一方だし、消化する術はない。物知り顔でマジメを見やるシキはなんとなく彼に親近感を覚えたようで、以前よりも表情が柔らかくなっていた。

「ったく、年の割には落ち着いてるとは思ってたが、なんだよ、ちゃんと年相応じゃないか」

 重傷のセガワが無理やり立ち上がった。ヒイが止めようとしたが、間に合わない。

「小田原くんに救われた命だからな。しばらくは治療に専念するさ。困ったことがあったら力になるぜ」

 それだけをマジメに言い残して、セガワは腹を抱えたまま立ち去っていった。

 後に残ったのは、ヒイとシキ、そして静寂だけだった。

 いまだうずくまったまま動かないマジメを、心配そうな表情で見つめるヒイとは裏腹に、シキはこれからの行動に頭を悩ませていた。

 完全に目的地がなくなってしまったのだ。

 どこか別の建物を目的地にするのはいいが、それでは到着する度に次の目的地を決めなければならなくなる。かといって、ふらふらと流浪するのは控えたほうがいいだろう。あやの手掛かりは未だ見つからない上、目的地も見失ってしまった。控えたほうがいい、とは言ったが風の吹くまま気の向くまま動くしかない。

「平気ですか?」

 なんと声を掛ければいいのかわからず、血塗れのマジメのパーカーを手にして突っ立っているヒイに代わって、シキがマジメの肩を叩いた。

「……大丈夫だよ。気分を落ち着かせてただけだ」

 そう言って顔を上げたマジメの表情は幾分か険しさが抜けていた。気持ちの整理がついたのだろうと一人頷いたシキは、二人にこれからのことを話した。

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