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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
シルバー・フレーム
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 のっそりと二人の背後から現れたのは黒丸だった。霧のような体が二人の戦いに割り込んだ瞬間、セガワは飛び退いた。

 戦いを見つめていたマジメたちの目からみても、セガワの行動がもっとも適切だった。しかし、レインコートは退くどころか、後退したセガワを追ってまっすぐ突っ込んできたのだ。背中を黒丸に完全に晒してまで、セガワを執拗に追いかけてくる。

「あいつなに考えてんだっ! 潰されるぞ……」

 ヒイの悲鳴と同時に、マジメの叫びが響いた。レインコートは振り上げられた黒丸の腕を一顧だにせず、愚直なほどセガワだけを見ていた。

 流石のセガワもその行動には驚いたらしく、飛び退いた直後の硬直から立ち直ることが数瞬遅れて、レインコートの接近を許してしまった。

 腰だめに構えられたナイフを辛うじて払うと同時に、黒丸の腕が振り下ろされた。

「まさか道連れにするつもりなのか?」

 確かにこのままセガワにくっついていれば、彼を黒丸の攻撃に巻き込むことが出来るだろう。しかし、この妄執じみたレインコートの考えは狂気そのものだ。自分が死んでもセガワを殺すことができればそれだけで構わないといった姿勢だ。

 いくらセガワが戦い慣れていても、コンパクトに戦うレインコートと一撃必殺の黒丸が同時に攻めてくるのでは対処が追いつかない。セガワの動きを阻害するようにレインコートが動くものだから、次第にセガワは防御すらおぼつかなくなっていった。

「あ……」

 吐息のような悲鳴を漏らしたのは、果たしてヒイなのか、セガワ本人だったのか。

 黒丸が腕を振り下ろす目の前で、レインコートのナイフがセガワの腹部に突き刺さっていた。

 蒼白になったヒイの口を塞ぐのが一瞬間に合わなければレインコートの標的はこちらになっていたかもしれない。いや、いまはそれどころではなかった。

 振り下ろされた黒丸の腕が、レインコートの頭上すれすれで停止していた。そのタイミングは、セガワにナイフが刺さったと同時だった。

「どうなってるんだ……?」

 まるで、セガワさえ殺せば目の前のレインコートはどうでもいい、と言わんばかりの挙動だ。くずおれたセガワを中心に血液が広がっていく中、レインコートは振り返っておもむろにナイフを一閃させた。

 空気を切り裂く音と共に、黒丸の両膝が断ち切られてぐっと身長が縮まった瞬間、もう一度ナイフを閃かせてあっさりと黒丸を消滅させた。

 あっさりと黒丸を消し去ったレインコートは、セガワを刺したことで用事は済んだのか、レインコートは踵を返してすぐに去っていった。

「瀬川さんっ」

 倒れ伏したセガワに、真っ先に駆け寄ったのはヒイだった。続けて、シキとマジメがレインコートに警戒心を露わにしながらヒイを追いかける。

 悠々と立ち去るレインコートの背中を睨みつけたマジメは、セガワの介抱をはじめたヒイを手伝って、彼を抱き起こした。腹部に突き刺さったナイフが抜けないように気をつけながら、傷口を取り出したハンカチで押さえる。しかし、止血をしようともすぐにハンカチが真っ赤に濡れてしまい、まるで血が止まらない。

「ど、どうすれば……」

「これ使ってください」

 このままではまずい。血で濡れるの嫌だとか言っている場合ではなかった。躊躇うことなくマジメがパーカーを脱いでヒイに渡した。汚れない服が血を吸い取ってくれるか心配だったが、見る限りでは大丈夫なようだ。

「まずいな、ここでの怪我は現実のものになるっていうのに」

「この出血量は救急車を呼ばないといけない量ですね……。ここでは病院も機能していませんし……」

 表情を険しくしたシキを、ヒイが涙目で見上げた。

「逃げろ……あの雨具野郎、戻ってきてるぞ」

 かすれたセガワの声にはっとして顔を上げた先には、レインコートがこちらに向かっていた。

「くそ、今度は誰が目的だよ」

 悪態をついて立ち上がったマジメが、セガワの手当てをするヒイとシキを背中に庇って前に出た。

「だめだよ小田原くん!」

「そうだ……逃げるんだ。勝てる相手じゃないぞ……」

「わかってるよそんなこと」

 そんなこと、言われずとも理解している。自分の数段上を行くセガワが敗北したのだ。彼の戦闘能力よりも劣るマジメが適う相手ではない。だが、現状でレインコートの相手ができるのはマジメしかいない。ヒイは論外、シキは未知数、セガワは負傷。ならばマジメが動くしかない。

 レインコートと対峙したマジメは、彼の持つナイフが血に濡れていることに眉をしかめた。

「やっぱり君か。ここで会うなんて奇遇だな」

「お前……お前っ!」

 聞き覚えのある声だった。記憶の引き出しを開けて、合致するものを見つける前にレインコートがおもむろにフードを外した。

「下塚柊……」

 ひっ、と小さな悲鳴が、マジメの背後から聞こえた。

 ここ数日、世界的に有名になった連続殺人鬼の顔が、フードの下から現れたのである。

「そんな……」

 息を呑んだシキの声が震える。無理もない。テレビの中から怪物が現れたようなものだ。普通に生活していれば出会うことがないような人間に、こんな世界で出会うとは思ってもみなかっただろう。苦悶の表情を浮かべるセガワも目を見張っていた。

 なにより一番驚いているのは、マジメのヒイラギが知り合いだという点だろう。

「瀬川、確かにこいつに追いかけ回されてるなら厄介だな」

 心底嫌そうな声色で呟いたマジメに、セガワが呆れた表情を浮かべた。

 連続殺人鬼を前にして、この落ち着きようだ。まるで慌てないマジメの姿に、ヒイたちは次第に落ち着きを取り戻していった。

「まさかこんなところで会えるとは思ってなかったよ」

「俺もこんなところでまで会いたくなかったよ」

 怯えの色を欠片も見せないマジメを、シキがじっと見つめていた。彼の度胸を賞賛しているようではないし、呆れている様子でもない。注目されることに居心地の悪さを感じながら、彼はレインコートもとい、ヒイラギの前に立っている。

「お、小田原くん……その人、テレビで見ましたよ……?」

 驚愕からか、言いたいことが言えないらしいヒイの言葉にマジメが肩を竦めた。

「目撃者その一ってところです。偶然立ち寄った場所でこいつが人殺したんですよ」

 歯に衣着せぬ物言いに、流石のヒイも顔を引きつらせた。怪我はないのか、大丈夫なのか、と心配する感情はあったが、事件に巻き込まれたこと自体には何とも思っていなさそうな彼の態度に、喉から出かかった言葉を引っ込めた。

「まったく、つれないね」

「お前が相手ってことは確かに瀬川じゃ勝てないな。こいつ、人の心が見えるから」

「ちょ……」

「なるほどな……心を読まれてんじゃないかって動きはまさにそれだったのか」

 まったくヒイラギの話を聞かないマジメが、彼の超能力をあっさりばらしてセガワが納得したように頷いた。普段、アヤのどうでもいい話を延々と聞き続けているマジメとは同一人物には見えない。それだけ腹に据えかねているのだが、ここにきてようやくヒイラギもそのことに気がついたようだ。

 弱ったな、と眉根を寄せたヒイラギに、マジメは口には出さないまま睨みつけた。読心能力を持つ彼にはそれだけで十分だろう。

 張り詰めた糸のような緊張感に、ヒイとシキが息を呑んだ。

 根負けしたヒイラギが困った表情を浮かべて踵を返そうとすると、その背後からまたしても黒丸が現れた。

「そうだ、嫌なものを見せたお詫びに一つ良いことを教えておくよ」

「……良いこと?」

「ああ。これからさき、色々と使えると思う」

 のそのそと自らに近づく黒丸を一瞥したヒイラギは、器用に手の中のナイフを弄ぶ。

「この世界は、壊す者に対してはそこそこ優しいみたいだ。僕が身を持って確かめたから確実だよ」

「どういうことだ?」

「つまり、だ。この世界では破壊者が生きながらえるってことだよ。見ていただろう? 僕が彼を刺したとき、この化け物の動きが止まったのを」

 一閃。それだけ、黒丸は霧散していった。

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