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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
シルバー・フレーム
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 とはいえ、マジメとしては嫌な思い出しかない白い建物は遠慮したかった。

 しばらく歩き続けて、ふとヒイがこぼした。

「そういえば、黒丸たちの姿がありませんね」

「……確かに。昨日は嫌というほど見たんだけどなぁ」

「目が回ってしまうような数で押し寄せてくることもあれば、今のようにまったく現れないときもあるみたいですね。なにか、条件があるのでしょうか?」

「どうなんでしょう」

 しばし頭を悩ませてみたが、そもそも黒丸が何故出現しているかすらわからない。目的も知らなければ、どこからやってくるのかだってわからない。ないない尽くしの化け物に襲われていると改めて実感したマジメは、密かに背筋を震わせた。得体の知れない敵を相手にするなんて、映画の中だけで充分だろう。

「わかっていたことですけど、俺たち、知らないことが多すぎますね。この世界の存在理由も、黒丸が現れる意味も」

「そう、ですね。でも、前進していないわけではありません。亀よりも遅いかもしれませんが、ちゃんと前に進んでいます」

 その通りだ。今はもう、何も知らないわけではないのだ。時間はかかったが脱出方法を知ることが出来た。そして、この世界のことを知るには、あやの協力が必要になる。

「あやちゃん、無事だと良いんですが……」

 表情を曇らせたヒイが呟いたとき、マジメは視界の端で何かが動いたのを見た。既に視界から消えてしまったそれを追いかけるため、マジメはヒイを置いて走った。

 勘違いかもしれないが、ここで追いつかなければ二度と見つけられない気がしたのだ。

 見間違えだ、と断ずるには直感が許さない。

 幸いにも、すぐに追いつくことが出来た。

 マジメが見たのは、人間だった。

 サイズの合っていない白いパーカー、裾に隠れてしまったローライズのジーンズ。まるで下半身は裸に見える危なっかしい服装には見覚えがあった。

 突然走り出したマジメを追いかけてきたヒイが彼に文句をつけようと唇を尖らせたとき、ちょうどマジメの足音に気づいたパーカーが振り向いた。

 マジメたちが探していた鴨居四季が、驚いたように目を見開いた。



「鴨居さん……?」

「あなたたちは……ご無事だったんですね」

 探していたシキがあっさり見つかったことに、マジメは心底から驚いていた。

 こうもあっけなくヒイの予知が当たってしまえば、彼女の言葉を信じるほかない。まぐれかもしれないが、意識的な能力の行使もそれなりに信用できる手段なのかもしれない。

「驚きました。もう二度と遭わないと思っていたので」

「それなんですけど、わたしたち、鴨居さんを探していたんです」

「私を、ですか? いったいなにが……」

 レンズの奥の瞳が、怪訝そうな色を浮かべた。邪険にこそしていないが、明らかに歓迎していない声色だ。一応、黒丸から共に逃げた関係ではあるのだが、こうも嫌われる理由はわからない。推測だが、ハギリが関係しているのかもしれない。シキはハギリのことを知っているようだったし、二人は同学年のようだ。邪推もいいところだが、迂闊にハギリの話を持ち出すのはやめたほうがいいのかもしれない。

「人探しを、手伝ってほしいんだ」

 歓迎されていないことを読み取ったヒイが言葉を詰まらせてしまったので、代わりにマジメが続きを話すことにした。

「人探しですか……。まさか、葉切を探している、なんて言いませんよね?」

「残念だけどそれはないな。ああ、そういえば忠告通りだったよ、ありがとう」

「お役に立てて何よりです」

 たったそれだけの会話でマジメたちになにがあったか正しく理解したようだ。いまだ吹っ切ることが出来ないヒイには酷だが、いまさら仲間だと言われても困るのだ。

「で、だ。俺たちはこのくらいの、小学校低学年くらいの女の子を探してるのだ。見覚えはないか?」

「小学生……? そんな小さな子までここにはいるんですか……!?」

 愕然と呟いたシキの気持ちは痛いほどわかる。結局マジメはあやと話せなかったが、確かに彼女の寝顔はあどけない子供のそれだった。

「俺たちはその子を探しているんだ。なにか知らないか?」

「……残念ですが、私は自分よりも年下の子と会ったことはありません。そんなにも目立つ容姿なら、絶対に覚えています」

「そっか」

 どうやら、シキがあやを見つける鍵ではなかったようだ。なにかしら知っていることがあって、ヒイの予知に描かれたのかと思ったのだか、そういうわけではないらしい。ちらとヒイを見ると、沈痛な面持ちを何とか切り替えて口を開いた。

「あの、鴨居さん。良かったら私たちを手伝ってくれませんか……?」

「残念ですけど、わざわざ自殺するような趣味はありません」

 他人を探す、ということは、この世界を歩き回るということになる。シキの言葉は的を射ているのだが、どうにも棘がある。

 だが、今のヒイはその程度の棘で引くことはない。なにせ瞳がやる気に満ちているのだから、ちょっとやそっとのことでは絶対に引かないだろう。それに、あやに関しては切り札がある。

「私たちが探している子は、この世界のことを知っているのですがそれでも手伝ってもらえませんか?」

 躊躇いなく、切り札を使った。

 その言葉を聞いたシキの反応は劇的だった。

 まずは驚愕。次いで困惑からの疑惑、そしてわずかな希望。

 たった一瞬のうちにこれだけ表情が変わるのだからとんでもない。

 半ば脅迫じみたヒイの言葉を咀嚼し終えたのか、シキは難しげな顔をして向けた。

「それは、本当に?」

「はい。そして、この世界から抜け出す方法を、私たちは知っています」

 言外に、断れば教えることは出来ないと告げていた。

 手伝わなければこの世界の知識は手に入れられないし、断ればこの世界から脱出することが出来ない。ヒイの性格からは想像が出来ないほど強硬な手段だが、裏を返せばそれだけ焦っていることになる。

 この世界から脱出する方法と、この世界を歩き回る危険を天秤に掛けることなどできはしない。

 ほとんど脅迫であるのだが、シキは嫌そうな表情の一つも浮かべることなく、考え込んでいた、

 一体なにを考えているんだ、とマジメが訝しげに見遣ると、シキは眼鏡の位置をくいっと直して、ヒイに向き直った。

「わかりました、背に腹はかえられません。お手伝いしましょう」

 その言葉を聞いて、ヒイが心底安堵したようにため息を漏らした。

「……やけにあっさりと了承したな」

「そうですね。ですが、逆に断れる人はいないと思いますよ?」

 確かにそうだが、なんとなく怪しいのだ。こうもすんなり頷かれてしまうと裏があるのではと勘繰ってしまう。

「それにしても驚きました。まさか、こんな手段も取ることが出来たんですね」

 その言葉はヒイに向けられたものだ。それなりに行動を共にしているマジメくらいなら、確かに珍しい行動だとわかるのだが、ほんの二三言しか交わしていないシキがそれを言うとは思っていなかった。

「あの、どういうことでしょう?」

「この世界で他人を助けようとするお人好しの人が、こんな手を取るとは思っていなかったんですよ」

 目を丸くしたヒイがマジメに目を向けるが、彼も頷いていた。

「俺も驚いてるんですよ? 正直、協力を取り付けるのは無理だと思っていましたから」

 ヒイの性格のせいで、とは言わなくてもわかるだろう。だが、実際にはなりふり構わない姿勢で、ヒイはシキを味方にした。これは変化といって然るべきものだ。本人は気づいていないようではあるが、シキもそれに気づいたようだ。

「お二人の話が本当ならば、断る人はいないと思いますよ」

 問題はそこだ。

 この地獄のような世界から抜け出せる、といって、信じてもらえるか。

 この世界で生き抜いてきた期間かま長ければ長いほど、信じ難い話に成るはずだ。

「わたしも、最初は信じられなかったんです。でもその子、わたしたちが知らないようなことを知っていたんです。小学生くらいの女の子が、ですよ? 誰かに教えられたのかもしれませんけど、その子を見つければその誰かに会えるかもしれないんです」

 だから、手伝ってください。

 ヒイの訴えに、しばらく思案していたようだが、ため息とともに表情を変えた。

「どちらにしても、私に拒否権はないはずです。手伝いますよ」

 苦笑を浮かべたシキに、ヒイはぱっと笑顔を輝かせた。



 あやの特徴を伝えて、それらしき人物を見たことがないか訪ねてみたが、案の定、シキに覚えはなかった。

「小学生くらいの子供がこの世界で生きていけるほど甘くはないですからね。正直に言って、そのあやちゃんの方が異常ですよ」

 まったくもってその通りだ。シキは続けて、なるべく早いうちに見つけたほうがいいとヒイに言った。なにせシキの言葉通り、小さな子供が生きていける世界ではないのだ。いままで無事だったからといって、これからも無事でいる保証はどこにもない。

「そのつもりなんですが……」

 表情を曇らせたヒイに代わって、マジメが続けた。

「手がかりがないんだ。どこへ行ったのか、何をしようとしていたのか、あの子はなにも残さなかった。そもそも、出会ってからあまり時間が経っていないんだ。だから、あの子が行きそうな場所も、目的も、なにもわからない」

 厳密にいえば、手がかりはシキ自身なのだが、口頭で説明するのはいささか以上に難しい。ヒイの能力を見せてから説明するのが一番手っ取り早いのだろうが、シキが完全な味方ではないいま、迂闊に見せるのは危険だ。ゆえに、シキの記憶に期待したのだが、彼女はそもそもあやに会ったことがないようである。

「ちょっと、というにはわからないことだらけですね。本当に手がかりがないのなら、探すことは無理ですよ?」

「手がかりにはならなりませんでしたけど、あの子が書いた書き残しならあります。別れの言葉だけでしたけど……」

 沈痛な面持ちで嘆くヒイをみて、シキはため息を漏らした。この二人に再会してからため息ばかりだ、と恨みがましく睥睨した後、ふっと肩の力を抜いた。

「なにもわからないなら、とりあえず動きましょうか。手がかりがないのなら、この足で本人を見つけるほかありません」

 わたしも、いい加減この世界にはうんざりしていますから。

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