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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
シルバー・フレーム
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 気力は充実しているし、体も大丈夫だろう。しかし、あやを探すには手掛かりが圧倒的に足りていない。

 行き先が書き残されていればすぐにでも追いかけたのだが、いくらスケッチブックを捲っても、あの書き残し以外はなかった。

 そこでヒイは予知能力を意識的に発動させようと、試みることにした。

 ヒイの予知能力はあまり便利なものではない。むしろ、限定的でひどく扱いづらい能力である。

 何せ、ヒイが見る未来は誰かの死の未来なのだ。その能力を行使して手掛かりを探すということは、あやの未来を見ることになる。

 だが、マジメがそれを指摘するまでもなく、ヒイは理解していた。

 本人が理解しているのなら何も言うまいと、マジメは黙って見守ることにした。

 直接荒れた地面に座るのは辛いということで、少し場所を変えて腰が下ろせる段差を見つけた二人は、そこで実験をすることにした。

 膝の上に置いたスケッチブックの端を両手で握り、カラフルな表紙をじっと見つめるヒイはよほど集中しているのか、身じろぎ一つしない。

 余計な水を差すことはないとマジメは黙っていたが、彼はこの試みが失敗すると見ている。

 何せ、いままで意図的に使ったことがない力なのだ。任意での発動は試したことがないというし、試すつもりなかったようだ。

 本人の意識を無視して発動していたのだから、任意での行使は難しいとみて間違いないだろう。そもそも、能力の制御が出来ていたらヒイは辛い経験をせずに済んだわけで、マジメには意識的な行使は無理だと思っている。

 が、それは成功する可能性もあるということだ。

 ヒイの集中を妨げぬよう、マジメは息を潜めてまで静かにしていた。

 同じ体勢が辛くなってきた頃、ヒイが唐突に動いた。

 スケッチブックを勢いよく捲って白紙のページを出すと、彼女はすぐさま指を当ててなぞり始めた。

 以前マジメが見た予知と同じく、鉛筆の類を持っていないヒイが指先一つで線を描いた。しかし、その姿は以前とはまったく違っていて、ヒイの意識はしっかりと保たれていた。

「成功した……のか?」

 思わず呟いてしまってから、慌てて口を噤んだ。描き始めた彼女の集中を乱すわけにはいかない。

 高鳴る鼓動を落ち着かせながら、マジメは静かに完成を待った。

 ヒイが描き上げたのは、人物画だった。

 今回は意図的に能力を使用したせいか、一枚だけしか描くことはなく、ヒイも意識を飛ばすことがないまま自らの意思で描き終えていた。

 じっとりと額に浮かんだ汗を拭ったヒイはマジメを見上げてにっこりと笑ってみせた。

 確かに、良い意味で裏切られた。苦笑を返して、マジメはスケッチブックを覗き込んだ。

「これは……」

「もしかして、鴨井さん?」

 ぶかぶかな白いパーカーの裾から、かろうじて覗くローライズのジーンズ。

 特徴的な格好は正直、容姿よりも目立っていて覚えている。

 ヒイが予知したのは、以前一度だけ会った鴨井四季だった。

「どうしてこの人が……?」

「あの子を見つけるのに鴨井さんにも協力してもらう必要があるとか? いや、そもそもこの絵はなんの未来なんですか?」

 まずは本当にあやの未来なのか、それを確かめる必要がありそうだ。何せ、この絵には背景もなにもなく、シキだけしか描かれていないのである。

 この絵だけ見てもあやへのヒントはなにもないし、むしろシキの未来を描いただけのように感じられた。

「わたしはあやちゃんのことを思い浮かべていたはずなんですけど……」

 自信がないのは集中しすぎてほとんど無心になっていたせいだ。超能力を行使する感覚がわからないのでいかんともし難いのだが、そこまで集中する必要があるのなら、今のような、周りになにもないときくらいだろう。それでも少し時間が掛かったのだから、一人では使わないほうがいい。

 それはともかく、このまま考え込んでいても埒は明かない。そもそも、なんの手がかりもないからヒイの超能力に頼ったわけで、その結果に描かれたものがシキであるのだから彼女に会ってみるのもいいだろう。もしかしたら、あやの手がかりをシキが知っているのかもしれないのだ。当てもなく彷徨うよりはずっと、建設的である。

「そう、ですね。今はこれしか手がかりがありませんし、鴨井さんに会いにいくのもいいかもしれません」

「でも、居場所なんてわかりませんよ? この絵にはヒントになるようなものはなにもないし……」

 そう言って歯噛みするマジメに微笑みかけると、ヒイは安心させるように言った。

「大丈夫ですよ。人物しか描かれていないのはその人と出会うことは確実なんです。今は人の未来ばかり見えてしまいますけど、昔はこっちのほうが多かったんですからね?」

 背景があれば死の未来、なければただの未来。そういうことらしい。なんとも便利な能力だが、意識的に使うにはあれだけの時間が掛かってしまう。便利といえば便利だが、頻繁に使えるわけではないのならあまり良いものではないのだろう。

 寂しそうに笑って過去へ思いを馳せるヒイの笑顔は痛々しくて、それでも掛ける言葉は見つからなかった。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 ヒイの言葉を信じ、このままシキを探すことになった。

 しかし、行き先もわからないままなのでどうしたものかと二人で頭を悩ませているのだが、唐突にヒイが口を開いた。

「こうして悩んでいても仕方がありませんよね。どうせ手がかりはないのですし、適当に歩きませんか?」

「構わないけど……危険じゃないか? 無闇に歩いても疲れるだけだと思いますよ」

「じゃあ、あそこを目指しましょうか」

 そう言って、ヒイは空を指差した。いや、空ではない。注視すると、電柱の影に白い何かが見えた。あれはおそらく建物だろう。ここからの位置では角くらいしか見えないが、そう遠くはないだろう。

 それを見ても、マジメは少し悩んでいたが、このまま動かずにいてもどうしようもないと判断して、ヒイの提案を受け入れた。

 ヒイが言うには、歩いていればそのうちシキに会えるらしい。

 にわかには信じ難いことだが、実際にヒイの超能力を見ている。きっと、超能力者にしかわからない感覚というものがあるのだろう。常人にはわからないことがあっても、ヒイにはわかるに違いない。なにせ彼女は予知能力者なのだ。

「あの建物、なんなんでしょうね」

 この辺りに足を運ぶことはない、というよりここがどこなのかわからないので、脳内地図から割り出すこともできなかった。

「わたしも、あまりこの辺りには詳しくないんです。あまり広い場所じゃないといいんですけど……」

 もう広い場所はこりごりだとため息を漏らしたヒイに、マジメは思わず苦笑した。

 病院、学校と、確かに広い場所ではずいぶんと大変な目にあってきた。それに引き換え、一番最初の白い建物、光栄塾なんて安心安全で気を緩めることだって出来た。今度もそういった場所だといいのだが、ここから見える建物の大きさからでは期待出来そうにない。

「じゃあ、行きましょうか」

「はい」

 歩き出した二人は周囲を警戒しながら、白い建物へと向かった。



 実のところ、もはやこの世界に安息の地がないことはとっくに理解している。

 白い建物は黒を拒絶する砦ではなくなってしまったし、むしろマジメたち人間を誘い込むような、食虫植物のようなものに成り果ててしまっている。

 しかし、黒一色のこの世界ではもっとも目立つ建造物であり、目印になるのは確かだ。とはいえ、やはりいままでの経験上、あまり近寄りたくはないのだが、目的地もないまま下手に歩き回って体力を消耗するよりは、目的地に向かって歩いていくほうが精神衛生的にも良い。

 つまり、白い建物とは切っても切れない関係であり、マジメたちもまた、導かれるように歩いている。


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