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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
シルバー・フレーム
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 途切れ途切れの声が、マジメの鼓膜を叩いた。

 不明瞭でまるで意味を伴っていない言葉の羅列は、マジメの意識が活性化すると共に、ようやく輪郭を表していった。

 途切れていた声も繋がって聞こえるようになった。この声には聞き覚えがある。

 瞼を開くと、瓦礫が積み重なったアスファルトが見えた。遮るものが何もない平原のような土地は、どこまでも黒く染まっている。

 胡座で地面に直接座り、背中を瓦礫の山に預けていたので体のあちこちが痛む。目覚めからこうでは、今日もあまり良いことはなさそうだ。

 固まった体をほぐしながら。マジメは声の主を探した。

 ここ数日ですっかり耳に馴染んでしまったヒイの声は、目が覚めたあとの現実世界でもきっと聞き分けることが出来るだろう。

 それくらいには馴染んでしまったし、泣き声も聞き慣れてしまった。

 ヒイの涙声はあまり好きではないが、聞く機会ばかり増えてしまってはどうにもならない。そもそも、マジメは誰かを慰めるという行為が苦手なのだ。人見知りゆえの不器用さといえば違和感なく受け入れられるだろう。

 彼女の涙声はひどく心に響く。どうにかしてやりたいと思ってしまうのだ。ある意味では魔性の声で、マジメはわりとちょろかった。

 立ち上がってヒイの姿を探したが、今にも泣きそうな声だけが響いて姿は見えない。

 声を頼りに、ヒイを追いかけてみると、彼女は忙しなく辺りを見回しながらあやの名前を叫んでいた。

「郡山さん」

「あっ、小田原くん! どうしよう、あやちゃんがいなくなっちゃったの……」

「いなくなった?」

「はい。私が目を覚ましたときにはもう姿が見えなくて。ずっと探していたんですけど、あまり遠くへ行くと危ないから近くしか探せなくて……でも、どこにもいないんです」

 ぐすんと鼻を啜ったヒイの瞳から、涙が溢れ出してしまう。

 目が覚めたら、ということは、あやはヒイよりも先に目覚めていたということだ。その上でいなくなったというのなら、どこへ行ったかいくつか候補を上げることができる。

「自分で俺たちから離れたか、誰かに連れていかれたか……」

 その呟きを聞き取ったようで、ヒイの顔が青くなった。

「ど、どうしようっ! もしハギリちゃんたちに連れて行かれたりしたらあやちゃん、たぶん殺されちゃいます……」

「どういうことです?」

「私があやちゃんからこの世界のことを聞いたとき、ハギリちゃんと黒ずくめの人が知られたからにはって、私を殺そうとしたんです」

 目的は口封じだろう。ヒイが殺されかけたのは情報を持ってしまったからだ。となれば、ヒイの情報源であるあやも当然狙われるだろう。つまり、自ら離れていったと言うよりも、その情報が広まることを恐れた者たちに連れて行かれた可能性のほうが高いということだ。

 無事でいる確率は低いと見ていい。目的が口封じなら、生かしておく必要はない。だがそれをヒイに告げるのはいささか気が咎めた。しかし、目の当たりにしてから知るより、その目で見る前から知っていたほうが覚悟出来るはずだ。苦渋の末に、マジメはそれを告げることにした。

「郡山さん、よく聞いてください。あの子が仮に連れて行かれたのなら、もう生きてはいないでしょう」

「え……?」

「生かしておくメリットがないんです。だから、もし探すならあの子はもう死んでしまったと考えて動いたほうがいいです」

 残酷だが、取り乱されても困るのだ。

 特にヒイは精神的な脆さがある。あやはヒイによく懐いていたし、ヒイもあやを可愛がっていた。

 もしもあやの無惨な姿を見つけてしまったら。そう考えると、予防線を貼っておくほかなかった。

 マジメの言葉に真っ青になったヒイが、縋るような目で何事か呟いた。音にならなかった言葉だったが、まっすぐヒイを見つめていたマジメには、しっかりと伝わっていた。

 首を横に振る。

「嘘じゃない」

 ヒイが青ざめた顔を俯かせた。

 仲良くなったハギリは元から敵で、あやもまたいなくなって恐らくは死んでしまったであろうこと。

 出会う人、仲良くなる人が軒並みいなくなってしまえば、誰しも思いつめてしまうだろう。しかしマジメはここにいる。

 だから、

「探しましょう。俺が言ったのはあくまでも仮の話です。もしかしたら、あやちゃんは生きているかもしれない。でも忘れないでください。俺の話は憶測ですが、一番可能性が高い。それは覚えておいてください」

 死んでしまったかもしれない、と念頭に置いて探すのは精神的に疲弊する。マジメは言外に、それでもいいならと言っていた。

「……お願いします。あやちゃんを探すの、手伝ってください」

 青ざめた顔はそのままだ。だが、長い前髪の奥から覗く瞳は真剣で、あやの生存を心の底から信じているようだった。

 ほかならぬ恩人の頼みならば断ることなんて出来ない。

 諦めたようにため息を吐き、マジメは頷いた。

「是非もない。手伝いますよ」

 青い顔に喜色が浮かんで、マジメは苦笑した。



 ヒイは、マジメの姿が見える範囲で近辺を探したらしい。

 はぐれないように、という配慮なのはわかるが、慌てているときなら自分を置いていっても仕方ないとは思っていただけに、マジメはいささか驚いていた。むしろ、慌てていたからこそ冷静になれた、というべきか。ヒイとしては、どちらも選べなかったという判断らしいが、選ばなければならない場面でもなかっただろうに、つくづくお人好しである。

 あやを探すことが新たな目的となったが、正直なところ、見つけるのはかなり難しい。

 何せ、いつあやが消えたのか、ということもわからなければ去った方向すらわからないのだ。追いかけるにしても手がかりがなさすぎる。

 更に、子供の足ではそう遠くまでは行っていないだろう、などと一概には言えないのだ。

 子供だろうが赤ん坊だろうが、時間さえかければどこにだっていける。あやがいつ目覚めたのかはわからないが、少なくともマジメよりは早く起きているヒイよりも先にいなくなってしまったのだから、近くにいると決めつけないほうがいい。

 とにかくそれを伝え、見つけるのは難しいとヒイに伝えると、彼女は難しそうな顔をしてスケッチブックを捲った。

「何かあるんですか?」

「ずっとあやちゃんに預けていたから、なにかヒントになるようなものがないかって思ったんです」

「さすがにそれは……自分でいなくなっておいて、律儀に行き先を書き残すとは思えないんですが……」

 ヒイが覆した、あやの未来を描いたページを更に捲ると、綺麗な文字が書かれていた。

『わたしはやることがあるので、先に行きます。もう会えないかもしれないけど、おねえちゃんたちにまた会えるといいなぁ』

 メッセージだ。まるで遺書のように見えて、マジメは顔をしかめた。

「わたし、あやちゃんを絶対に見つけます。このままさよならなんて、わたし絶対に嫌です!」

 やはりというか、マジメが抱いた印象と同じものをヒイも感じたようだった。

 少しだけ怒りを混ぜて、ヒイの表情は真剣なものになっている。

「俺も手伝うよ」

 苦笑して、弱々しかったヒイの瞳が爛々と輝きだしたのを見た。

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