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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
レモン・カンガルー
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 色を変えた夕日も、もうすぐ沈んでしまう。

 オレンジの光がどこまでも照らしていく光景は、普通ならごくごく見慣れたものであり、単なる日常の一コマだ。

 現に、アヤは眩しそうに目を細めているだけだ。

 どことなく漂う郷愁や、静かに沈んでいく光の源に感情が動かされることはない。

 当たり前だと思うと同時に、この世界に人間が自分一人しかいないような、言い表せぬ不安を覚えた。

 みんながみんな同じものを見ているようで、その実同じものを見ているのはごく一部でしかないことを朧げながらに感じ取ったマジメは、屋根の影に入るアヤから目を逸らした。

 ササキたちと別れて、いまは二人で帰路を共にしている。先輩と後輩で帰り道が違うのはなんとなく奇妙だ。

 二人は言葉を交わすこともなく、目的の停留所へ向かっていた。

 流石に乗るバスまで同じではないので、アヤとはここで別れることになる。夕日を避けるように影の下を歩く彼女に、マジメがふと口を開いた。

「なぁ常盤。常盤が子供の頃って、どんなんだったんだ?」

「ん、なんだい突然。突拍子もないね」

「お前ほどじゃないよ」

 心外だ、と憤慨するマジメにくすくすと笑ったアヤが続ける。

「子供の頃かぁ……とはいっても、今も子供なんだけれどね」

 アヤの言わんとすることはわかった。まだ二十歳にもなっていないから子供だ、と言いたいのだろう。

「精神的にもな」

 特にお前が、とは続けなかった。子供っぽい性格が変わらない限り、アヤはずっと子供のままでいそうだ。

「ハジメくんが聞きたいのは小さい頃の、いつ頃かな」

「そう、だな……小学生の低学年くらいかな」

 脳裏にちらついたあやは、確かそのくらいの年齢だったと思う。いくら正体不明といえど、流石にあの体格で大学生以上に見るのは不可能だ。一番高く見積もったところで小学生高学年がいいところだ。

「小学生のときか。それも低学年か……もしかしてハジメくん、ロリコンなのかな?」

「冗談はお前の顔だけに……いや、少なくとも幼児に欲情する性癖はないな」

 そういえばこいつの容姿は端麗だったと思い出して、言い返すことは出来なかった。

「ロリコンかどうかは置いておくけど、小学生時代で覚えているのは四年生くらいからだなぁ。かろうじて三年生、印象深い思い出だけ二年生の一部記憶もあるね」

「まぁ、そんなもんだよな」

 天才だろうと覚えていないことは覚えていないのだ。あまり期待していなかったマジメは、あやと関係があるのでは、という疑いを弱めた。

 ヒイの話から受けた印象は、見た目の割には聡明だというもの。見た目と年齢がイコールであるのなら、その言動はかなり要領を得ないものだろう。擬音が混じっていてもおかしくないくらいだ。

 あやが話した通りにヒイがマジメに伝えたので彼はそう感じた。

「ハジメくんはどこまで覚えているんだい?」

「俺はそうだな……小学生の中学年前後から覚えているかな」

 一瞬、両親と妹の姿がよぎったが、幸いにも顔には出なかったようでアヤはそんなものかと頷いていた。

「部分的に昔の記憶が残ってるってことは、それだけ強烈に焼き付いているってことなんだろうね。それに、思い出せない記憶でもふとしたきっかけで蘇るんだから、人間の体って面白い」

「そうだな、っと。バスはまだ来てないみたいだ」

 停留所の雨避けにつけられた電光掲示板を見たマジメがそう言って、傍のベンチに腰を下ろした。隣にアヤが座って、同じように掲示板を見上げるが、確かにバスが来るまで数分はある。

「で、どうして急に小さい頃のことを聞いたんだい?」

「アルバム眺めてたら記憶にない写真があってな。それを思い出したんだよ」

「ああ、なるほどね。確かに覚えてないのに自分が混ざっている写真があったりするね」

 嘘だ。マジメは自分が映っている写真を入れたアルバムなんてもの、持っていない。例外として、小学校中学校の卒業アルバムだけは存在するが、あれには顔写真しかない。

 そもそもアルバム自体処分してしまった。家族がいなくなってから、衝動的に捨てたが特に後悔はしていない。

 咄嗟の嘘だったが、問題はなかったようだ。

「小さい頃の常盤って、想像出来ないな」

「そうかな」

「ああ。今の性格のままだった、っていうのなら想像できるけどな」

 どうしてもあやの姿がちらついてしまう。

「私の小さい頃は……今よりももっとおとなしかったような気がするね」

「おとなしくないって自覚はあるんだな」

「朧げにしか覚えてないからね。間違ってるかもしれないよ」

「まぁ、小学校のときはどんな性格だったか、なんて聞かれても答えられるわけないよな」

 小中学生時の生活環境で性格がまるっきり変わるのはマジメがよく知っている。なにせ身をもって体験しているのだから当然だ。とはいえ、マジメのように性格が突然変化するのはそれ相応の経験があったからなので、彼らの多くは自らの性格が変わった理由を覚えているだろう。しかし、ゆるやかに性格が変わっていくのなら覚えていないのが普通だ。アヤもゆるやかに性格が変わった口だろう。それが成長と呼称出来るかは不明だが。

 それを考えると、おとなしくない今のアヤは幼少期よりも子供っぽくなっているのではなかろうか。

 おとなしいの定義が内気や人見知りであれば納得出来るが、もしや過去のアヤは内向的だったのかもしれない。

 そう考えれば、あやとの共通点が出来る。だが、なんとなくこじつけのような気がして、結論を急ぐことはなかった。

 というより、マジメはあやのことをほとんど知らない。すべてがヒイからの又聞きなので、直接彼女の性格を掴んだわけではない。今のところ、アヤとの共通点は名前が同じであること、両者共に聡明であること、それだけだ。

 次々と表示の変わる電光掲示板を眺めながら、マジメは考え込んでいた。

 あやとの共通点を無理やりこじつけるのはやめたが、やはり気になってしまう。

 容姿は特に似てもいない。二人とも美形だというのは変わりないが、アヤは外国人の血が流れているので、やや日本人離れした容貌である。一方、あやは幼いながらも将来美人になるであろう片鱗を現しているが年齢からか、まだまだ控えめだ。綺麗、というよりは可愛いといった表現が似合うし、外国人の血が流れている容姿には見えない。あくまでも、日本人らしい可愛らしさといったところだ。

 見た目や言動はアヤに似つかない。しかし、何かが引っかかっているのだ。

 そうこうしているうちに、電光掲示板の表示が変わった。アヤの乗るバスがもうすぐで到着するらしい。マジメが乗るバスはもう少しかかるようだ。

「おっと、来たね。それじゃあハジメくん、また明日ね」

「ああ、またな」

 微笑んだアヤがバスに乗り込むのを見送って、マジメはふと脱力した。

 アヤを乗せたバスが見えなくなってから、マジメは自分が思いのほか緊張していたことに気づいた。

 いや、緊張というより、罪悪感のほうが正しいかもしれない。

 例えるなら、アヤを犯人だと予想して、彼女の身辺を調べているようなものだ。知らずのうちに力が入っていたようだ。

 なんとなく、自分が嫌な奴に思える。元々自分が良い奴だとは思ったことはないが、思ったことがないからこそ、余計に悪人のように見えるのである。

 ため息を漏らして、マジメはバスを待った。



 自宅へ戻ったマジメは、いつも通りにコンビニ弁当を食べてのんびりしていた。

 高校の授業さえ終わってしまえば、他に何もやることはない。今でこそ、別世界に出入りするようになったが、それ以前は本当に何もやることがなかった。

 平日は学校に行き、授業中が終わればまっすぐ家に帰ってシャワーを浴び、夕飯を食べてしばらくすれば眠りにつく。休日は学校がない分もっと簡単だ。起きて食べて眠る。それだけしかない。

 別に、寂しい生活をしているとは思わなかった。寂しいと感じているなら養護施設のほうで暮らしているし、そもそも一人暮らしを選ぶことはなかった。

 寂しくはなかったが、張り合いがないのは事実だ。

 まるで機械のように同じ生活を繰り返すのは楽で良かったが楽しくはなかった。

 その点、今は以前とは比べものにならないほど充実している。いや、夜ごと異世界へ行ってサバイバルをしていなければ、の話だが。

 ひとりぼっちの生活は気が楽だった。だが、誰か他人に気を揉む生活も、そう悪いものではないのかもしれない。

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