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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
レモン・カンガルー
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 昼休みも終わり、残りの授業も消化したマジメとアヤは廊下を歩いていた。相変わらず不躾な視線はわんさか浴びているので、マジメよりはいくらか愛想の良いアヤも口元を引きつらせていた。

 今のアヤの心の内ならマジメだって読める。彼女はおそらく怒鳴り散らして野次馬連中を追い払いたいのだろうが、余計な行動は火に油を注ぐだけだと自制しているのだろう。そのせいでせっかくの容姿が微妙なものになっている。

 教室にいたときはそうでもなかった。昨日に引き続きマジメも、今日から復帰したアヤもまるで変わらないのだからクラスメイトが飽きてくるのは明白だ。しかしそれはあくまでもクラス内のことであって、情報の入ってこない他クラスの人間にはまだまだ興味の対象なのだろう。廊下に出た途端注目を集めてしまった。

 今にも堪忍袋の緒が切れそうなアヤの気持ちもわからなくないが、衆人環視の中で暴れてしまえば余計に目立ってしまう。なんとか窘めながら歩いていくと、ようやく目的地に到着した。

 二人が向かったのは、謎部の部室だ。

 昼休みの会話で、ササキとユギが登校しているかもしれないと、二人はやってきたのである。

 部室前まで来てしまえば、流石のアヤも周囲の視線を気にしている余裕はなくなったらしい。何せ、あの事件から顔を合わせるのは初めてなのだ。マジメとアヤはいつも通りに接することが出来た。だが、知り合ったばかりのササキたちとはそうはいかないだろう。

 顔を見せに行くのが吉と出るか凶と出るか。どちらにしても無用な騒ぎだけは起こってほしくない。

 緊張で体を固くしたアヤがいつまで経っても扉を開けようとしないので、マジメが代わりに扉を叩こうとした。

 扉を叩く寸前で、扉が勝手に開いた。

「あ……」

 呟いたのは果たして誰だったのだろうか。もしかしたら、全員かもしれない。

 久しぶり、というには早すぎるが、マジメとしては久しぶりに見た彼らの姿は少しやつれているようだった。

 相変わらず白衣を纏ったササキが、顔色の優れないユギを支えている。

「あら? まあ、久しぶりね。元気だった?」

「久しぶりってほど時間は経っていないぞ由木くん。とはいえ、彼女の言うこともわからなくもない。ほんの二日程度会わなかっただけなのに、ずいぶと時間が経っているように感じるよ」

 あれ、とマジメは首を傾げた。なんだろうこの違和感。

 別に、二人の姿は以前と変わっていないのだ。やつれ気味ではあるが、これほど大きな違和感を感じることはないだろう。

 ちらと横目でアヤをみれば、彼女も違和感を覚えているようで、しきりに眉を寄せていた。

「ん? どうしたのだ? 百面相大会の練習かね」

 そんな大会はない、と言葉を発する前に、マジメは違和感の正体に気づいた。

 ササキだ。

 尊大な言動は変わっていないが、どこか気を遣かった声なのだ。中二的リアクションも行動もなくなっていて、ユギを支える姿はまるで紳士のようである。

 それに気づいたマジメの顔がよほどおかしかったのか、ユギが納得したように言った。

「ふふっ、梓の様子が変だーって思ってるんでしょ?」

「え、あ、はい」

「失礼だなまったく。私はいつも通りだぞ?」

「はいはい、そういうことは鏡を見てから言ってよね。梓の様子がおかしい理由だけど……」

 そこで言葉を切った由木が何故か顔を赤くした。

「その、私の具合が悪いといつもこうなるの。別に病気とかじゃないから心配しないでね?」

「なるほど、確かに恥ずかしい」

「言わないでったら!」

 つまるところ、ユギの不調でササキの優しさが目覚めたということだ。その口ぶりからして、ユギの具合が悪いときはいつもそうなのだろう。自らの腰にササキの手が添えられていても満更ではないらしい。

 聞きようによっては惚気ているようにも聞こえるユギに、アヤの半眼が突き刺さった。

 なおさら顔を赤くしたユギを、ササキが心配そうに覗き込んで、よりユギの頬が赤くなる。

 それを見たアヤのじとっとした視線が強くなって、彼女はため息を吐いた。

「鞄を持っているのを見る限り、南さんはそのまま病院に行くのだろう? あまり長居はしないほうがいいかな」

「ああ、私の具合が悪いから病院に行くんじゃないのよ。私はただの寝不足。友達のお見舞いに行くの」

「そうか。いやしかし、ただ寝不足にしては、彼はずいぶんと心配しているように見えるが?」

「梓は昔から心配性なのよ」

 呆れたように言ってみせるが、声に混じった懐かしさはどことなく嬉しそうであった。

「本人の目の前で本人をハブいて思い出話に花を咲かせるのはどうかと思うのだが……そうは思わないか?」

 赤裸々ともいえるササキとユギの幼少時代の思い出を、言葉巧みにユギから引き出していくアヤを見て、ほっとかれているササキがマジメに呟いた。

 彼の表情は笑えてしまうほど微妙な顔だった。恥ずかしそうでありながら、仲間外れにされていることから苦虫を噛んだような表情も混ざっている。

「思い出話って言うよりは常盤の好奇心を満たしているだけに見えますけどね」

「あー……確かに」

「というか、時間平気なんですか? 病院の面会時間って結構短かったような」

 思い出したようにマジメが言うと、ササキが袖を捲って腕時計に目を向けた。

「む、それもそうだな。東総合病院へはバスで行くことになるし、早めに行って損はないな。ほら、由木くん。あまり話し込んでいると間に合わなくなるぞ」

「え? あ、そうね……。残念だけど、今日はここまでね。またお話しましょう彩ちゃん」

 微笑んで手を振るユギに、アヤもまた微笑むと手を振り返した。

 いよいよお別れか、というところでマジメがササキたちに言った。

「先輩、俺もいっしょに行っていいですか?」

 ササキたちと一緒に行くつもりはなかったのだが、突然考えを変えたのは気まぐれではない。

 ササキが東総合病院に行く、と言ったからだ。

 もしかしたら、現実世界のヒイが入院しているかもしれないと、ふと思いついたのである。

 彼女は確か、あの病院には今もお世話になっている、と言っていた。おそらくはまだ入院しているだろう。

 ちょうど良い機会だ。現実で会えるのなら、またいつ別行動しても合流場所を決めることが出来る。見舞いを抜きにしても、あまりあるメリットが存在しているのにそこに飛びつかないわけがない。

 そんなわけで、マジメはササキたちに同行することになった。


 流石に放課後すぐの時間ともなれば、バス停前にはたくさんの生徒が長蛇の列をなしていた。

 そこに飛び込むにはいささか以上に勇気が必要だったが、躊躇うマジメの背中を押して集団にねじ込んだアヤのおかげで、その勇気も不要になった。

「本当についてくるのか? たぶん退屈だぞ?」

「構わないさ。私一人でいるほうがよっぽど退屈だしね」

 これは何を言っても無意味だ、と諦めたマジメは、何故かついてくると言い出したアヤから目を逸らした。

 とはいえ、ついてこられて困ることは特にない。流石に白黒世界のことを話すときには離れてもらうが、それ以外のときには構わないだろう。

 ユギと楽しそうに言葉を交わすアヤが、時折ササキに攻撃ならぬ口撃をかましているのを眺めながら、バスが来るのを待った。



 結局、バスに乗れたのは長蛇の列がなくなる頃だった。

 東総合病院行きのバスは何台も通っていったが、なにぶん人が多すぎた。バスがやってくればすぐさま満員、次のバスもすぐに満員と、列の後方に並んでいたマジメたちは延々と待つ羽目になったのである。

 日も暮れはじめてようやくバスに乗れた一行は、やや疲れた様子を見せながらも無事、東総合病院に到着した。

 特徴的な丸いドーム状の屋根と、円形に作られた建物。

 物珍しいくらいでしかないのだが、荒れ果てたロータリーや屋内を見てきたマジメとしてはなかなか感慨深いものがあった。なによりも、色がある。白と黒しかない世界ではなく、カラフルな色合いでペイントされた病院の壁は、ひどく新鮮なものだった。

 思えば、よくもまあ生きていたものだ。黒馬という化け物と戦って、なんとか切り抜けて、いまは現実の東総合病院へ足を運んでいる。

「ハジメくん?」

「……ああ、今いくよ」

 思わず足を止めて病院を見上げていたマジメが、アヤを追いかけた。

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