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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
レモン・カンガルー
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 何度も何度も振り返って、追っ手がいないことを確認したマジメはようやく足を止めた。

 今までずっと走っていたせいでマジメたちの息は荒いものの、表情は明るかった。

 不自然なほどに服の汚れていないマジメは、積み重なった瓦礫の裏にヒイを招いて座らせた。自分も彼女の隣に座ると、腕の中から下りたあやがヒイに抱きついた。

 ずいぶん懐かれているのだな、と微笑ましく眺めていると、その視線に気づいたのかヒイと目が合った。

 彼女もまた、不自然なほどに服が汚れていない。素肌を晒している場所は、マジメと同じく汚れている。

 ひとまずは息を整えることにした。

 逃げてから話すと言った言葉に嘘はない。なにやらヒイのほうも話すことがあるようだし、マジメは警戒を怠らないまま体を休めた。

「あの、小田原くん。まずは無事で良かったです。わたし、あのとき小田原くんが死んじゃったって思って……」

「それには俺も謝ります。かなり無茶なことをしたって自覚はありますよ。でもまあ、郡山さんも無事で良かった」

 ぎこちなく笑うマジメに、いよいよヒイの涙腺は決壊した。今まで我慢していた分だけ涙は溢れた。

「本当……ですよ。ひくっ、小田原くん、死んじゃったって……わた、わたしのせいで、わたしがいたから……」

 その言葉を聞いて、マジメは自責の念に駆られた。まさかそこまで思い詰めているとは考えていなかった。精神的に強いが、脆くもあるヒイのことを見誤っていたのだろう。心底申し訳なくなって、誠心誠意を込めて頭を下げた。

「や、やめてくださいっ! 小田原くんが謝ることなんてなにもないんです! あのとき、小田原くんが黒丸を引きつけてくれなかったらこの子もわたしも、死んでいました。だから、謝らないでください。小田原くんがどれだけすごいことをしたのか、今ならわかるんです」

 たった二体の黒丸に追いかけられたヒイでも、その恐怖は嫌と言うほど味わったのだ。何十、下手をすれば何百という数の黒丸に立ち向かったマジメの勇気は計り知れない。

「だから、謝るのはやめましょう? わたしも小田原くんも、あやちゃんも無事でした。未来を変えることが出来たんです。それ以外のことはなにも望みません」

 嗚咽を混じりの言葉に頭を上げたマジメは素直に頷いた。全員が無事だった。それだけでいい。

 ヒイが泣くのを待ってから、マジメが口を開いた。

「そういえば、パーカーどっかいっちゃったんですね」

「え? あ……ホントだ」

 黒丸を引きつけるときに渡したパーカーは、いつの間にか紛失してしまったらしい。翌日には手元に戻っているだろうから問題はなかった。それに、マジメが話したいのはそんなことではない。

「あっと、いやこんなことを話そうと思ったんじゃなくて……郡山さん、その子のことを教えてもらえませんか?」

 妙に静かだと思ったら、あやはいつの間にかヒイに抱きついた格好で眠っていた。名前を呼ぶことに気が引けたが、しっかりと聞くことにした。

「わたしもあまり詳しいことは聞けていないんです。ただ、この世界から抜け出す方法を知っていて……」

「抜け出すって、その、一時的に、とかじゃないんですか?」

 おそるおそる問うマジメの気持ちもわからなくないヒイは、苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「あやちゃんの話によると、ちゃんと抜けられるみたいです。ただそれには、本当のあやちゃんに、この世界を教える必要があって……」

「ちょ、ちょっと待ってください。本当の、ってどういうことなんですか? まさかドッペルゲンガーみたいに、その子が何人もいる、なんて……」

「その認識で合っていますよ。わたしも最初は半信半疑だったのですが、あやちゃん、小田原くんのことを知っていたんです。知っていて、生きていることも知っていたんです」

 そうは言われても、どうにも信用することができない。ヒイにしてみれば、生死の境を共にくぐり抜けたことで信じられたのかもしれないが、マジメとしてみれば眉唾ものの話だ。それに、マジメもあやを知らない。それはスケッチブックに描かれた未来を見たときと同様だ。

「その、信じられないかもしれませんけど、わたしは嘘だとは思えないんです。誰もこの世界のことを詳しく知りませんでした。でも、こんな小さな子が色々知っているなんて、おかしく思いませんか?」

「この世界のこと……聞かせてくれませんか?」

 その言葉を受けて、ヒイは知りうる限りのことを話した。

 この世界が作られたものであること、本当のあやにこの世界のことを教えると出られること、この世界の詳細を聞かれると困る人間がいること。そして、ハギリがその敵であること。

 話すことはたくさんあった。眠るあやが目を覚ますまで、二人は静かに言葉を交わした。

「だからたぶん、この子は鍵なんです。わたしたちがここから抜け出すための鍵。他にも色々知っているみたいです」

 一息ついて、ヒイはあやを撫でた。むず痒そうに身じろぎしたあやを見て小さく微笑む姿は、まるで姉のようであった。

 にわかには信じ難い話ではあったが、信じない理由もこれといって存在していない。なによりも、具体的な解決策を提示されたことが決め手であった。

 沈黙し、考え込んでいたマジメが出した答えは至ってシンプルなものである。

 本当のあやとやらを探すこと。それにはあやの存在が必要不可欠だろう。ならば彼女を敵から守る必要がある。

 一人でどれくらいやれるかはわからないが、それでもやるしかないだろう。

 それに、まるで姉妹のような二人を引き裂くのもなんとなく気に食わない。

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