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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
ピンク・ホワイト
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05

 それから、謎部の部室候補をいくつか回ってみたものの、そのことごとくが無人の使われていない教室で、引き戸を開けて誰もいないことを確認する度にアヤの機嫌が加速度的に悪くなっていった。

 あんまりこいつの目星は当てにならないな、と思った瞬間、アヤがぎろりとマジメを睨んだものだから彼は危うく飛び上がりかけた。

 なんという勘の良さだ。今なら幽霊でも見えそうなものである。それほど今のアヤは気が立っていた。

 自分の解答が正しくなくて不機嫌になる、というのはまるっきり子供だ。好奇心旺盛なところといい、知的な外見は本当に見せかけなのかもしれない。むしろ、知的な皮を被った子供、といった見方も出来るが、実際にアヤは天才であるし、なんといって良いやらもはやわからない。

 肩を怒らせてずんずん進むアヤの後ろを、苦笑気味についていくマジメには、アヤに声をかけようとして彼女の形相に驚き、尻込みしてそのまま声をかけられない生徒たちがたくさん見えていた。

 だが、マジメは彼らのために何かしてやろうと殊勝なことは微塵も考えなかった。理由は単純明解、怖いからだ。

 朝、アヤはマジメのぶすっとした顔を般若面のようだと比喩したが、彼よりも今の彼女の方がよっぽど般若面だ。正直、あまり近づきたくはない。しかしそんな彼女の表情を見ても近づいてくる人間がいるのは、彼女の人徳のおかげか、あるいは偶然鈍い人間が連続しただけだったのか。

 ともかく、謎部の部室は未だ見つからず、ついに最後の候補の教室にまで来てしまった。

 ここが外れたらどうなることやら、と当てが外れる度に口数が減り、徐々に負のオーラを漂わせ始めたアヤを思い出して身震いした。

 どうかここが部室でありますように。

 そう願ってしまうほど、アヤの不機嫌は恐ろしいものなのである。

 心臓の脈拍が早まる。のだが、緊張する間もなく、アヤはいきなり教室の扉を開け放った。

 まず目に入ったのは白衣だった。

 保健室の養護教諭が着ているような、丈の長い白衣を着た人間が目に入った。背格好や髪型からして男だろう。ひょろ長く撫で肩で女性に見えなくもないが髪は短い。

 その彼が白衣を大きく広げ、奥に座る女子生徒に白衣の中を見せつけていた。

 それはちょうど、レインコートだけを着た変態が、下校中の小学校女子に全裸を見せつける姿と重なっていた。

「変態だーっ!」

「うわぁ変態!」

「逃げるぞ常磐! こんなところにいたらあの変態に犯される!」

「ちょ、ちょっと待ってハジメくん。彼女も一緒につれていかないと」

「あ、ああ! そっちの人も早く逃げるんだ!」

「え、ちょっと待っ……」

 白衣を広げたまま固まる変態を素通りし、マジメは奥で腰を抜かしているように見える女子生徒の腕を掴んで引っ張った。しかし彼女は何故かそれに抵抗すると、マジメの手をゆっくりと剥がして立ち上がると、にっこりと笑顔を浮かべた。

「落ち着いて下さい。彼は変態ですけど、私にしかこんなこと、しませんから」

「どちらにしても良くない!」

 いじめか? いじめなのか!? と驚愕するマジメの肩を掴んだのは、アヤだった。彼女は手っ取り早くマジメを落ち着かようと、彼の体を回転させ、白衣を広げたまま固まっている彼と対面させた。

「うわぁー! なんてことしやがる常磐ァァ! 変態のそんなもんなんて見たく……あれ? 見たくないけど、服、着てるな……」

 呆然と固まってしまったマジメに、こらえきれないとばかりに吹き出したアヤはそのまま大笑いしながらマジメに言った。

「ど、どうやらここが部室みたいだね。ふふっ」

 彼女が指差す先を見れば、確かに謎部の文字があるポスターが壁に貼り付けられていた。

 もうどうしていいのか、マジメにはわからなかった。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 白衣を纏った変態改め、謎部部長の佐々木梓(ささきあずさ)はマジメの対面の椅子に腰を下ろすと、重々しく言った。

「我が謎部にようこそ。入部希望かね? 新入生諸君」

「もう梓ったら、今更取り繕っても意味ないわよ?」

「元はと言えばキミのせいだろう!? 見たまえ! 彼らの冷たい目を! 言っておくが私は変態ではないぞ! あれは由木くんの妄言だからな! 本気にしてはいけないぞ!」

 机を叩きながらの熱弁なのだが、マジメは疑惑に満ちた視線を相変わらず送っているし、彼の隣に座るアヤも話半分に聞いているようだった。

 彼らが出くわした場面を思い返せばササキを信用することなど到底出来ないのである。そのことに気がついたササキはというと、すっかりとうなだれてしまい、重々しいため息を繰り返していた。

 そんな彼の前に、香り高い紅茶が注がれているティーカップが置かれた。慰めるようにササキの肩を撫でたのは、由木南(ゆぎみなみ)だ。話を聞いたところ、彼女はこのササキの幼馴染みであり、部員でもあり、ササキが突拍子もない行動を取るのはいつものことで、先ほどのは単に白衣をユギに自慢していただけのことらしい。

「自業自得よ」

 優しい手つきとは裏腹に、そんな毒を吐いて満足げにササキの前に座ったユギは、優雅にティーカップを持ち上げてゆっくりと味わった。

 持ち上げて落とす、あるいは、救いの手を差し伸べて掴まれそうになった瞬間引っ込めるかのような、期待させてから期待を裏切る行為の真髄をさまざまと見せつけられたマジメはげんなりとしてなんともいえない表情になった。

 追撃を受けたササキといえば、リバーブローの直撃を受けたかのようにがっくりとうなだれ、瞳が輝きを失っていた。紅茶の湯気がエクトプラズムに見えてアヤは更に笑った。

「うるさい部長さんも静かになったし、改めて、ようこそ謎解き研究部へ。入部希望かしら? それなら大歓迎よ」

 人好きのする笑顔を浮かべたユギは二人に紅茶を勧めるとそう言った。

「ああいや、生憎と入部希望ではないのだよ先輩。聞きたいことがあってここに来ただが、構わないか?」

 誰に対しても変わらない態度のままアヤはそう言うと、慣れた手つきカップを持ち上げた。

「聞きたいこと? ……もしかして、あの馬鹿げたポスターともいえないポスターもどきのことかな?」

 部員にも馬鹿げたポスターもどきと認知されているのはどうなのだろうか。そもそも誰が描いたんだあのポスター。一番怪しい人物は未だうなだれたまま戻ってこないが、九割方描いた本人は彼だとマジメは思っている。

「それもある。が、聞きたいことはいくつかあるのだ。良いか先輩?」

「ええ。どうぞ」

 不遜ともいえる態度のアヤに対して寛大に応対するユギはちらりとササキに視線を送った。彼は肩を落としながらも、目線はしっかりとアヤの方を向いているようでその瞳にはほのかな期待が宿っている。

「あの『バカ』で『品性の欠片もない』上に、『下品極まりない』ポスターともいえない紙切れを描いたのは一体誰なんですか?」

 罵倒の言葉を聞き取り易いように強調して言うアヤに、ササキの肩が震えた。

 この反応でマジメもわかった。やっぱりポスターを描いたのはこのササキだ。部長が一体何をしているんだよ。

 こんな部長じゃ部員も苦労するな、と呆れ混じり同情混じりの視線をユギに向けると、彼女は優美に微笑んだ。

「ええ、そうね。この部活にあの下品なポスターを書いた生徒がいるわ。とはいっても、私ではないけどね」

「あの馬鹿丸出しなポスターを書いたのは先輩ではないと? では誰が?」

 白々しく驚きの表情を浮かべ、芝居がかった仕草で首を傾げると、アヤは部室を見回した。

 社会科資料室であるこの教室は、四方の壁に大きな棚が立ち並んでいて、その棚全てに目一杯の資料が押し込められている。そのため、元の部屋の広さに比べると、体感的に狭く感じるのだが、今はマジメとアヤ、それにササキとユギしか生徒はいない。

 部外者であるマジメとアヤは選択肢から除外されるし、ユギも自分で否定した。残るはササキしかいないのだが、何を考えているのか、アヤはあえてそれを指摘せず白々しい演技を続けていた。

「そういえば先輩、部室には先輩たちしかいないが、他に部員はいないのか?」

「ええ。部員は正真正銘、私たち二人だけよ」

「そーかそうか」

 ニヤリと意地の悪い笑みを密かに浮かべたアヤは、わざとらしく咳ばらいをすると紅茶を一口飲んだ。

「では一体誰があのお下劣なポスターを描いたのだろうね?」

 ここにきて、マジメはようやくアヤとユギの目的が理解出来た。

 二人はササキに自己申告させたいのだ。その過程に存在する屈辱と羞恥を味合わせてやりたいのだろう。少々やりすぎな気もするが、ただいじっているだけともいえる。とはいえ、このドエス二人組に目をつけられた以上、下手に関わると標的が変わりかねないので手出しは厳禁だ。

 アヤにエスっ気があることは知っていたが、まさかこのおしとやかで大和撫子風なユギまでエスだとは、外見からでは想像も出来ない。

 手出しは出来ないといったものの、純粋な疑問が浮かんだのでマジメは聞いてみることにした。

「あの、由木先輩。一ついいですか?」

「ん? 小田原くんだったわね。どうしたの?」

「あのポスターって、結局どんな目的があったんですか?」

 悟りを開け、さすれば至高の宝は見つかるだろう。

 その一文だけが記されたポスターの意味が気になっていた。

 勧誘にしては意味不明だし、なぞなぞで興味を惹こうと考えたのだとしても答えがわかりづらい。マジメにも答えはわからなかった。

「あれは……。身内の恥を晒すようで恥ずかしいんだけどね。あの一文はただの暴露よ」

「暴露?」

「ええ。実際に説明した方が早いのかしら?」

 そう言ってユギは机の中から画用紙を取り出すと、ポスターの一文を達筆な文字で書き写した。

「とりあえず、悟りという文字を開いてみましょうか」

 開く? と首を傾げたマジメだったが、すぐにその意味がわかった。

 ユギはまず「悟」の文字を書き、その下に矢印を向けて更に「小五口」と分けて書いた。

 なるほと確かに、悟を構成している文字を分解すればこの三つの文字に分けられる。ユギは分解した「小五口」の後に、ひらがなの「り」を付け足した。

「はい。これでわかると思うけど、どうかしら?」

 つまりだ。

 悟りを開く、というのは言葉の通り「悟」の漢字を分解することだ。分解した「小五口」にひらがなの「り」を付け足し、その後の文章の意味をくっつけると、

「小五ロリは至高の宝」

 ということになる。

 暴露とは確かに言い得て妙だ。

 このポスターは自らの性癖を大衆の目に晒しているのと同等である。

「ただのロリコンじゃねぇか!」

 事の真相がとてつもなく下らなかったことに、思わず咆えたマジメに、すぐさまササキは反応した。

「言っておくがなぁ! 私はイエスロリータノウタッチの精神を貫いているんだぞ! そこらの幼女趣味と一緒にするな!」

「あら? 露出狂でもある梓が言えたことなの?」

「断じて露出狂では……」

「自分の性癖を晒すことは露出と同じではなくて?」

 こらえ切れないとマジメの隣でアヤが爆笑しているのを、呆れながら聞いていた。

 その後も、ササキは弁解という名の墓穴を掘りに掘っていたのだが、その全ての穴にアヤとユギの二人がササキを突き落としていた。

 すっかりと力が抜けてしてしまったマジメは、嬲られるように追い詰められていくササキを眺めながら、密かに笑うのだった。

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