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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
レモン・カンガルー
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 次々と現れる黒丸から身を隠しながら進んでしばらくが経った。腕時計のような便利道具がないため完全に体内時計頼りだが、もう一時間以上は過ぎただろうか。

 道程のわかるヒイが言うには、東地高校までの距離のうち、半分近くを踏破しているらしいのだが、あいにくと実感がないためなかなか納得出来ずにいる。

 それもそのはず、亀の歩みと同じくらい遅いのだから当然といえば当然だ。

 だが、度重なる黒丸たちの妨害にもめげず先を目指した甲斐あってようやく中間地点だ。

 実感の薄いマジメとは違い、脳内地図に間違いはないようで、強張りっぱなしだった表情が柔らかくなっていた。

 このまま緊張し続けては目的地に辿り着く頃にはへとへとになってしまうだろうと、二人は短いながらも休憩時間をとっていた。

 一応、壁として横転した自動車に体を隠しているものの、黒丸に見つかる危険性があるため完全に気を抜くことは出来ない。今のところ、目の届く範囲に黒い巨体がないことを確認したマジメは、荒い息を整えるヒイを見た。

「このままで大丈夫なんですかね……。正直に言って、間に合うのか微妙なところだと思うんですけど」

「時間的にはまだ余裕があると思います。ゆっくりできるほどではありませんが、これ以上黒丸の数が増えなければ平気ですよ」

 とはいうものの、自分で言っていて自信が持てないのか、彼女はそわそわと落ち着かない様子で、自動車の影から顔を出して辺りを見回していた。

 おそらく、ヒイも『時間が経つにつれて黒丸の数が増えている』ことに気がついているのだろう。まるで分裂して増殖しているかのごとく、黒丸の数は今も増えているのだろう。

 明らかに異常だ。

 畑に種を蒔いたらすぐに作物が成っていた、かのようなお手軽さでぽんぽんと黒丸が増えていくのは悪夢でしかない。しかしそうとしか言いようがない増殖量なのだ。マジメたちが目的地に到着する頃には、町中がずんぐりとした黒い怪物で溢れかえっているかもしれない。

 そんな馬鹿げた状況でこれ以上先に進むのは困難を通り越して不可能だ。

 休憩している暇も惜しい、といわんばかりなヒイの忙しなさは休んでいる意味などないほどだ。下手に休憩を挟めば逆に疲れてしまうのではないだろうか。

 そんなヒイを見て、マジメは苦笑いを浮かべながらも口を開いた。

「もう行きますか?」

「行きます!」

 その即答にますます苦笑いは深まった。

 ヒイの希望通り、休憩を切り上げたマジメは待ちきれないと身を乗り出すヒイを押し留めて一人自動車の影から顔を出した。

 周囲の様子を窺うと、仕切り柵の向こうで黒丸がうろついているのが見えて、背後のヒイに手振りで待機を伝えた。

 柵の向こうをうろつく黒丸はマジメたちに気づいてはおらず、しばらくその場に留まったあと、何をするでもなくのしのしと立ち去っていった。

 黒丸の姿が見えなくなるまで見送ってから、一度自動車の影に戻ると膨れっ面になっているヒイと対面した。

 どうやら待たせすぎてしまったらしい。

 苦笑しながら黒丸がいたことを伝えると納得してくれたのか、ふくれた頬を引っ込めてくれた。

 改めて周囲に何もないことを確認すると、二人は短い休憩を終えて先を急いだ。

 焦りはあるだろうが、一人で先走ることはなくなったヒイの姿に、多少なりとも休憩をとった意味はあったようである。心情的に落ち着いてはいられないのだろうがそれを表に出すことはせず、しっかりと警戒しているので無闇に突っ走ることはないはずだ。

 だが、状況は相変わらずだ。

 黒丸を見かけるたびに足を止め、いなくなるまで身を隠す。その回数が重なっていくごとにヒイの忙しなさはますます増加していった。これではいつまた先走ってしまうかわからない。

 着々と進んでいるとは思うが、歩みを中断する間隔が短すぎて進んでいる気にならないのだ。

 この、進んでいる気にならない、というのが厄介で、距離的にはしっかりと近づいているのだが、心情的には焦りが募るばかりだった。

 残り距離が見えるメーターか何かがあればプレッシャーも軽減されるのだが、あいにくとそんな便利道具はこの世界にない。あるものといえば、瓦礫やぼろぼろになった自動車くらいのものだ。そんな世界で活用できるものといったら、己の体くらいしか存在しない。

 実のところ、マジメは一つだけ腹案があった。

 それを実行するか否か、今はまだ迷っているが、このまま黒丸が増えていくようであれば、マジメも覚悟を決めるだろう。元より不退転の覚悟があるのだ。今更他の覚悟を積み重ねたところでどうということはない。

 だが、その方法をヒイを教えてしまえば絶対に止められてしまうだろう。彼女の性格からしてそれは当然だとマジメは判断している。

 だからこそ、マジメは腹案を明かさないままでいるのだ。

 とはいえ、その案というものは別段難しいものではない。むしろ単純だといってもいいくらいだ。しかし今はまだ使う時ではない。今よりも目的地に近づき、より増えるであろう黒丸に頭を悩ませることになったそのときに使うつもりでいた。

 そのときが刻一刻と近づいていることを肌で感じたマジメは、思わず足を止めてしまった。

 周りが静かなおかげで足音が途絶えたことに気がついたヒイが振り返った。

「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもないよ。先を急ごう」

 なにやら様子のおかしいマジメに首をかしげていたが、今はそれよりも優先すべきことがある。幸い、マジメもすぐについてきたのでヒイは深く考えなかった。

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