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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
レモン・カンガルー
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 剣山に座ったかのような、視線がちくちくと刺さる午後をようやく終えて、放課後になった。

 いつもと変わらない一日を過ごしているマジメに早くも飽きてきたのか、クラスメイトはそれぞれ元の生活に戻っていった。

 教室ではアヤしか話す相手がいなかったので当然といえば当然だ。親しくない相手にずけずけと話を聞こうとする人間はこのクラスにいないらしい。新しい発見だった。

 いつもとは別の意味で騒がしい一日だ。普段ならなにかと構ってくるアヤの歓談に付き合って彼女と一日中話しているような状態だったが、アヤと知り合って以来、校内で彼女と喋らなかったのは初めてだった。痛いくらいの視線を浴び続けているよりも、くだらない話を聞き続けているほうが楽だとマジメは気づいた。

 午後の授業もつつがなく終わった。強いていえば担任の教師が気遣うような視線を送ってきたくらいである。

 クラスメイトの反応から考えて、明日にはもういつも通りのクラスに戻っているだろう。いや、アヤが登校してくればまた今日みたいにはなるかもしれない。

 一過性の注目からようやく解放されたマジメは、誰とも話すことなく教室を出た。

 他クラスの生徒たちはまだまだ興味深々のようではあるが、彼らもすぐに飽きるだろう。何らかの噂は流れるのでは、とマジメも思っていたが、特にそんなことはなかった。噂が流れるほど、マジメのプライベートは知られていないようだ。むしろ当然かもしれない。友達はほんの一人しかいないのだ。

 なんとも寂しいことではあるが。



 騒がしい廊下を進んで階段を下りる。一階の踊り場にある掲示板に、新しいプリントが張り出されていることに気がついて、マジメは立ち止まった。

 なんでも、文系部活による清掃ボランティアは中止になるそうだ。理由はちょっと考えれば誰でもわかるだろう。

 町内に殺人犯がうろついているのだから当然の対応だ。こんな時期にもかかわらず清掃ボランティアを強行した暁には校長の首が飛ぶに違いない。

 こうして、ササキたちの手伝いをする予定もなくなってしまった。学校を休んだ彼らはまだ知らないだろう。マジメとしても少し残念だった。

 ボランティアよりもなんとか立ち直ってもらいたいのだが、そう簡単に行くわけもあるまい。

 せっかく予定が埋まったカレンダーにバツ印をつけなければならなくなったことに肩を落としながら、マジメは学校を出た。

 何事もない一日、とまではいかなかったが、ずいぶんと穏やかな日だった。

 一生分の注目を浴びたり、予定が潰れたりと厳密にいえば平穏で安穏とした一日ではなかったが、緊張することもなく、体を酷使することもなく、のどかだった。いや、のどかというには色々とあったような気もするが、ここ数日の異常事態に比べるとだいぶ落ち着いた日だった。

 久しく忘れていた平和を思い出したような気がする。

 平和は言い過ぎだとしても、のんびりと体を休めることが出来たのは確かだ。今日の夜にまた訪れるであろうモノクロの世界をまたなんとか凌げるだろう。

 生き残ることが前提であることに、違和感を感じなくなってきているのは毒されてしまっている証拠か。もしかしたら、流されるままにこの現状を受け入れてしまうようになるかもしれない。あくまでも仮定の話だが、完全に否定できないところが恐ろしい。

 そんなことを考えながら、無事帰宅したマジメはほっと一息ついた。

 部屋に入るまで誰とも会わないのはやはり良い。余計な気を使うこともなければ、体面だけを気にした世間話もする必要がないのだから、この古いアパートはマジメにとって理想郷だった。

 些か古く、見た目もあまり良くないが、大事なところはそこではない。

 近所付き合いでさえ煩わしく感じるマジメだ。根っこのほうの性格はただの怠け者なのだろう。

 友人を作ることも怠り、隣人がいないことに喜ぶ。小さなコミュニケーションすら放棄してしまうマジメに友達がいないのは必然と言えた。

 ドアノブを後ろ手に探って鍵を掛けると、マジメは制服のままベッドへ飛び込んだ。

 後ろ向きなことを考えても仕方ない。思考を一度リセットしたマジメは、ゆっくりと起き上がってから制服を脱ぎ出した。

 手早く普段着に着替え、ベッドの縁に腰を下ろす。

 今日もまた、日付が変わると同時にヒイと会うのだろうが、果たしてなんと言って励ませばいいのだろうか。

 精神的に憔悴していたとはいえ、ハギリがいなくなって呆然としていたヒイにはノータッチで現実に戻ってきたことが少々後ろめたい。

 顔を合わせてもきっと、一方的に気まずさを感じてしまうのだろう。

 実際にはどちらも悪いわけではないのでそれは単にマジメの錯覚なのだが、そう感じてしまっていても致し方ない。

 ハギリやシキの話は正直、聞かなかった方が良かったような気がする。白黒の世界の仕組み、いや敵の規模くらいは知ることが出来たが、謎はまったくといっていいほど解けていない。その上、自分たちの命が、ハギリの言うところの姉に狙われていることを知ってしまう始末だ。いや、後者の方は早いうちに知れて良かったというべきか。

 完全な対応は出来なくとも、多少の対策と覚悟はすることが出来る。

 そして、シキがいった黒丸たちを操る指揮官のような存在。それは果たして人間なのだろうか。もし人間だとしたら、ハギリの姉とは別人なのか、それとも同一人物なのか。

 整理することが多すぎて頭がパンクしそうだ。一度ヒイと意見の交換をしたほうが良いのかもしれない。お互いがどの程度の情報をどれくらい理解しているか、という認識を明らかにするべきであるし、万が一情報を誤って覚えていても擦り合わせることが出来る。今日の夜にでも確かめたいのだが、一つ問題があった。

 ヒイをショックから立ち直らせなければならない。話はそれからだ。

 しかし言葉にするのは簡単だが、どうやって慰めればいいのかマジメにはわからなかった。

 昨日は怒涛の展開だった。それらを飲み込む暇もなく、次々と話が進んでいったのだから誰だって茫然自失となってしまうだろう。

 マジメにはヒイを支える方法もアイデアも持ち合わせていない。多分、こうして考えても無駄なのだろう。頭を回転させても出てくるのは心配ばかりだ。行き当たりばったりになんとかするしかない。

 いままでだってそうだったから、と胸を張ることは無理だけれど。


 そうやって頭を悩ませているうちに太陽が完全に沈んだ。部屋の明かりをつけて、ついでにテレビの電源を入れると、以前にも見たニュース番組が放送されていた。おそらく、テレビを見るのは二日ぶりだ。

 明日は曇りで雨が降るかもしれない。天気予報が終わって次は今日のニュースだ。

 玉突き事故、銀行強盗未遂、殺人未遂、自殺などなど、この長谷市もずいぶんと物騒になってしまったらしい。朗報と呼べるものはなく、全てが暗いニュースだった。それらの中で一番目立っていたのが、連続殺人犯のヒイラギだった。

 彼は今日も人を殺したらしい。それを聞いてふと思い出したのは昼間に見た救急車とパトカーだった。どうやら場所もドンピシャだったようで、怯えるよりも先に呆れてしまった。

 縁があるとは思いたくないが、どうしてこうも何かとかかかわってしまうのだろうか。呪われているとしか思えない遭遇率だった。殺人現場を見なかっただけでも幸運だったのであろうが、自分の想像が間違っていなかったことだけは不運だ。

 しかしヒイラギは何故捕まらないのだろう。警察の動員数も相当だと聞いているし、既に全国に指名手配もされて実名と顔写真もお茶の間に知れ渡っているのだが、彼の隠密能力は尋常ではないらしい。まるで忍者の子孫か何かのようだが、別にそんなことはないようである。疑わしいが。

 まるでオカルトのような身のこなしで殺人を実行しつつ、警察を振り切ってしまうのだから紛れもない悪夢だ。だが、それほどまでに危険な殺人犯が存在しているのにもかかわらず、長谷市の住人はそれほどまでに危機感を抱いていないようなのだ。警察も外出は控えるようにと勧告しているのだが、自分とは密接していないと勘違いしているのか、長谷市の住人たちはいつもと変わらない生活を送っている。暢気なものだ、と呆れると同時に、マジメは自分の主観でしか世間を見ていないことに気がついた。

 殺人鬼が同じ街にいて怖がることはあれど、まさか自分が巻き込まれるとは思うまい。危険人物が傍にいることを実感として感じることが出来るのはほんの一握りの人間だけだろう。そのごく少数のうちにマジメは入っていて、彼はその目線で物を見ていた。

 つまり、この長谷市で暮らす人間にとって、連続殺人など所詮画面の向こうの出来事でしかないのである。だからこそ、こうしていつもと変わらない生活をしているのだし、何も考えずにマジメへ好奇心を向けられるのだ。

 ヒイラギの脅威をその目で見ることがあれば、心臓が凍りつくような恐怖を体感すれば、また見る目は変わるのだろう。

 そう結論付けてから、意味もない答えだと頭を振った。

 ここ最近、無意味な考察をすることが多くなっていることは自覚していた。特に、今のような静かで一人の空間にいるときは顕著だ。以前は、白黒の世界に行くまではそんなことはなかったはずだ。

 これもあの世界の影響なのかもしれない、と思案して、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまった。

 元からマジメは理知的で深く思考を巡らすような人間ではない。一つのことを満足行くまで突き詰める、なんてことは今までなかった。むしろ理解できないものは理解しないまま受け入れてしまうくらいに適当だったはずだ。

 おそらく、見方が変わったのだ。日常と剥離した生活をするうちに、マジメの中で何かが変わったか、成長したのだろう。それを良いものだと捉えるにはいささか性急だ。

 仮に、成長したとするのならそれは急成長、と呼べるのだろう。著しい成長は一見喜ばしいもののように思えるが、中身までともに成長しているとは限らない。

 成長した結果、といえば聞こえはいいが、ほんの数日だけでの急激な成長は果たして好ましいものと言えるのだろうか。

 ああ、まただ。またくだらないことを考え込んでいる。

 いつ自分がベッドに寝転んだのかもわからない。没頭しすぎだ、と流石に苦笑を漏らしてしまった。

 ひとしきり笑ったあと、急な脱力感に身を任せているとふと思い出して時計を見た。

「あ、しまった。今日も弁当かよ……」

 ついには買い物の予定すら忘れてしまっていた。

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