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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
レモン・カンガルー
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 遠巻きに見られている、ということには気づいていた。それもそのはず、授業が終わる度に、いや終わらなくとも視線を向けられているのだからどんなに鈍くとも気がつくだろう。

 注目を浴びて悦に浸るような性格ではないマジメにとって、四六時中目を向けられるということは監視されているということに等しく、憔悴から半分ほど立ち直った今では酷く鬱陶しいものでしかなかった。

 マジメの精神構造が特殊で立ち直りが早いわけではない。いや、両親に愛情を注がれた人間とは確実に違うだろうが、そこまで顕著ではない。

 心が折れてしまえば、今もまだ引きずっていたに違いない。だが、マジメは別に心が折れて無気力になったわけでないのだ。疲れて果ててしまった、脱力してしまった、そういう憔悴だ。

 時間こそかかるがしっかりと持ち直すことが出来るし、周りの人間に迷惑も掛けない。ぽっきりと心が折れるよりも良心的だ。

 こんな技能とも言えない保身の術をどこで学んだのかは覚えていないが、記憶が掠れるほどの昔には持ち得なかったはずだ。

 能力の入手方法はともかく、なかなかに重宝する。しかし結局は心が限界を迎える前に虚脱してしまうので、挫けるのとほとんど変わりがない。

 針のむしろのような授業が終わって、昼休み。クラスメイトは一様に昼食を取り出しながらもマジメをちらりと見ている。それに倣ってマジメもカバンからいつものようにコンビニ弁当を取り出そうとしたのだが、なかった。

 すぐに思い当たって頭を抱えたマジメは席を立った。

 途端に、弱まっていた注目が登校時と同じくらいに強くなった。マジメの一挙手一投足を気にしているのだろうが、少し大袈裟すぎだと内心で呆れてしまう。

 昼食を摂らないまま午後の授業を受けるのは厳しい。我慢できないことはないのだか、朝も食べていないことを覚えている。

 目のハイライトが消えていても記憶にはしっかりと残っている。

 マジメが何をするか気になってしょうがない様子のクラスメイトを残して、マジメは教室を出た。

 噂が広がるのは早いというが、まさか全校にまで広がっているとは思っていなかった。すれ違う生徒たちにちらちらと見られるのは、正直にいって迷惑極まりない。人目を気にする人間がこんな環境に放り込まれてしまえば、それこそ登校拒否してしまうのではないだろうか。現に、マジメの苛立ちは立ち直った時点から募りっぱなしなのだ。ここらで頭を冷やさないと怒鳴り散らしてしまうかもしれない。

 そう考えてマジメは、昼食を買うついでに学校を出た。

 今日はずいぶんと日差しが強く、未だ冬服の制服だとかなり暑い。熱い視線とどちらが楽なのかと問われれば、即断で暑い方がまだマシだと答える。

 東地高校の校則は、近辺の学校に比べると緩いもので、制服の改造や染髪など目立たない程度であれば許されている。学校外へと出るのも同じだ。

 他の学校では、登校してしまえば下校時刻になるまで敷地から出られない、なんて校則もあるらしいが、正直それは進学校だからではと思っている。

 裏門を出て道路を挟んだ向こう側に、生徒がよく利用するコンビニが建っている。学校の目の前にコンビニがあるというのはなかなか便利で、今日のように昼食を買い忘れた日には重宝していた。

 冷房の効いたコンビニに入ると、マジメと同じように昼食を買いにきたらしい生徒たちがちらほらと見える。サラリーマン風の男性や作業着の若者など、仕事場が近い人たちも利用していて店内は割と混雑していた。

 混雑とはいっても、それはマジメがいつも利用するコンビニと比べてだ。長蛇の列が出来るほどではないが、コンビニに行列が出来るのならそれはそれで見てみたい。

 弁当コーナーでいつものように一番安い弁当を取ろうとして、ふとマジメは思い出した。

 時間帯は違うが、コンビニ、弁当とまるでヒイラギと再会したときとそっくりだ。

 果たして、一目撃者が三日も待たずに犯人と遭遇するなんてこと、マジメの他に何人が経験したのだろう。正直に言って、隕石が便器の中に落ちるくらいにはレアケースなのではなかろうか。そんなレアケースに遭遇してしまったマジメはもちろんアンラッキーで、口が裂けてもラッキーとは言えない。裂かれたとしても言いたくない。

 いやなことを思い出してしまい、げんなりと肩を落としたマジメがレジに向かう。東地高校の先輩らしい生徒の後ろに並ぶと、タイミング良くバックヤードからもう一人の店員が出てきたので空いてるレジへ移動した。

 夜間のアルバイト店員に比べると、幾分かやる気のある店員の声に従って代金を支払うと、サイレンをけたたましく鳴らす救急車が通り過ぎていった。

 ずいぶんとスピードを出していたが、やはりなにかあったのだろうか。真っ先に思いついたのがヒイラギの姿だったが、流石に白昼堂々と殺人はしないだろう。いや、むしろあの男だったらやりかねない。

 コンビニの客もニュースくらいは見ているのか、もしかしたら連続殺人ではと興味を持ったようで、救急車が来た方向を見ていた。恐らくは違う、と思いたかった。

 昼食を無事購入したマジメはコンビニを出た。出たはいいが、正直教室には戻りたくない。衆人環視の中、食事が出来るほど図太くはない。

 仕方がないので教室には戻らず、手近な公園で食べることにした。

 そう考えて、裏門を通り過ぎたところ、前方からパトカーがやってきた。先ほどの救急車と同じようにサイレンを鳴らしていて、やはりヒイラギの姿が思い浮かんだ。

「いやほんと、まさか……だよな」

 段々否定できなくなってきた。

 ともかく、マジメは学校の裏にある公園へ到着した。

 公園、と呼ぶには遊具の類が存在しておらず、どちらかといえば広場に近い公園は時間帯もあって誰もいなかった。そもそも遊具がないため子供たちには不人気で、もっぱら話し込む場所として使われているようである。

 利用者の数と比べると、ずいぶん綺麗に手入れがされている公園は空き缶一つ転がっておらず、外観も整っていてピクニックなんかにはもってこいな場所だった。周りにはなにもない、という立地を除けば、そこそこ優良な休憩スポットになるのではないだろうか。

 太陽の日差しが当たるベンチは避け、日光と影の境目辺りのベンチを選んで腰を下ろしたマジメは早速弁当を開けた。

 白米の上に敷かれてふやけた海苔に苦戦しながらも割り箸を駆使し、白米を口に運んだ。

 コンビニ弁当だけあって味はいまいちだが、それとは別にマジメは落ち着いて食事ができる今を喜んでいた。もちろん食事は美味しい方が良いのだが、緊張感たっぷりに教室で視線を浴びながら黙々と食べるよりは百倍マシだ。ドレスコードのある店でもあるまいし、食事くらいはのんびりと摂りたい。

 次は衣のふやけた唐揚げを選んだ。

 うん、いまいちだ。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 味こそはいまいちだったものの、満足のいく昼食だった。

 これだけ静かなのだから、昼休みが終わるまでここでゆっくりしていくことにしたマジメはぼんやりと空を眺めた。

 流石に若いだけあって、あれほど痛んだ筋肉痛はすっかり治ってしまっている。肩の大痣だって、触れても平気だ。ここまで早く癒えるとはマジメも思っていなかったが、行動に支障がなくなったのは素直に喜んだ。動くのも苦痛なほどの筋肉痛が数日も続くなんて地獄だったはずだ。回復が早くてありがたい。

 とはいえ、気だるさ自体は消えておらず、今もマジメはどことなく肩が重いと感じていた。今までも、夢から覚めると同じような気だるさを感じていたので、これはもう特有のものなのだろう。

 それにしても、だ。

 昨日は本当に大変だった。

 出会いと別れを経験した、とでもいえば格好はつくのだろうが、実際には出会った人も別れた人も何かしらを企んでいて、疑心暗鬼になるのではと危惧したくらいだ。

 もっとも、その危惧はヒイに対してのものだ。最初から他人を信用しないマジメにとってはどうということでもない。ただ、一つだけ気にすることがあるのならそれはハギリのことだ。

 シキは元々一人で行動していたようだし、彼女はまあ大丈夫だろう。

 しかしハギリは、一体何があったのだろうか。

 騙そうとした、とハギリは言った。

 マジメとヒイはそれでも受け入れようとしたのだ。

 だが結果としてハギリは消えてしまった。

 去り際のあの言葉。殺せない、という言葉が気になった。

 一人で行動するシキにも、誰かに指示されていたらしいハギリも、何かを抱えて白黒の世界を生きているのだろう。

 しかし、『何か抱えた人間』が白黒の世界へ誘われる条件だとしたらマジメは条件から外れてしまう。

 一般家庭で育った人間と比べると、マジメも過去に暗い経験をしているのだが、今となっては別段何かを感じることはない。抱えているもの、というやつも持っていない。

 そうなってくると夢の世界に行く条件なんてないのかもしれない。

 だが、きっかけはあるはずだ。白黒の世界に誘われたきっかけ。それがわかれば抜け出す手立ても思いつきそうなものではあるのだが、さっぱりだ。

 見上げた先でメロンパンに似た雲が流れていった。

 アヤは大丈夫なのだろうか。

 目の前で人が刺された光景よりも、頭部を粉砕された死体を見たときのほうがマジメにとっては衝撃が大きかった。だが、あくまでそれはマジメの感覚だ。子供っぽいところのあるアヤにしてみれば、人が刺されて殺されただけでもショックだったはずだ。

 このまま学校にも来なくなってしまうのでは、と心配してしまう。

 数少ない友人がこのまま落ち込んでしまっているのは見ていられない。だからといって励ますことができるわけでもない。事件に巻き込まれた人間の言葉でなくては、励ましにもならないだろう。ただ励ますだけじゃダメだ。一緒に支え合っていくのが一番良いはずだ。

 しかし、そうなるとマジメは既に立ち直ってしまっている。いや、最初からそこまでショックを受けていたわけでなかった。その上口も上手く回らない。どうしようもない。

 それでもやはり心配する気持ちはあって、こうしてうじうじしているくらいなら放課後お見舞いに行こうと決意するのだが、アヤの家がどこなのか、まったく知らないことに気づいた。

 いくら気安く話せる相手とはいえ、女の子だ。理由もなく住所を聞けるわけもなく、今になる。仕方がないといえば仕方がないのだが、脱力してしまう。

 やはりアヤが自ら学校へ来るまで待つしかないのかもしれない。

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