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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
オレンジ・パープル
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 液体窒素をぶちまけたかのように、マジメたちの表情が凍りついた。無表情だったマジメはまだしも、笑顔に困惑を混ぜ込んでしまったような表情で固まってしまったヒイは相当に奇妙な顔だった。

 しかしそんなことよりも、シキが落とした爆弾の被害が甚大だった。

 疑念に満ちた視線をハギリとシキの二人に向けたマジメが、固まったままでいるヒイの肩を掴んで無理やり背中に隠した。

 この二人の関係は一体なんなんだ。敵対していることは一目瞭然だ。しかもそれだけではなく、お互いのことを他人に忠告するなんて敵対を超えているような気がする。少なくとも、関係が修繕されることはないだろうということだけは簡単に予測出来た。

「敵と繋がっているって……黒丸、いや、さっき俺が倒したあいつみたいな奴と繋がってるってことなのか?」

「その通りです。彼女はこの世界のことも知っているはずです。いつからこの世界にいるのかはわかりませんが、少なくとも貴方たちより長く夢と現実を往復しています」

「嘘……。だって、そんなこと……葉切ちゃん、何も知らないって言って……」

「他人の言葉を鵜呑みにするのはよくないですよ。行動を共にして時間が経っているのであればまだしも、出会ってすぐの人間なんて信用出来ません。もちろん貴方たちも。いえ、誤解しないでくださいね。助けてもらったことには本当に感謝しています」

 頭の中がごちゃごちゃと混乱している。それはマジメだけではなくて、ヒイも二人を交互に見ては困った表情を浮かべていた。

 騙されるから、と忠告したハギリ。

 騙されている、と忠告したシキ。

 果たしてどちらが本当のことを告げているのだろうか。

 判断材料のない現状ではどちらも信用出来ない。

 ただ一つ気になることがあった。

「どうして否定しないの? ねぇ、葉切ちゃん……」

 ハギリはシキの言葉を一切否定していないのだ。むっつりと押し黙ったままシキを睨むばかりで彼女はヒイを見ようともしない。

「あいつら、敵には自我があるのか? 繋がっているってことはそういうことじゃないのか?」

 怪しいことには変わりないが、なにやら自分たちよりもこの世界のことを知っている様子だ。真偽は決めかねるが、聞くだけならばいいだろう。

「あの敵はいわば手足です。自我はなく、命令されて初めて動くようになる、ロボットのような存在です。つまり、敵には司令塔がいるということになります」

「司令塔……じゃあ、馬みたいな奴はどうなるんだ? 知性も自我も持っているようだったけど」

「馬に会ったんですか? よく生き残れましたね……。いえ、馬はそうですね、自律ロボット、といったところでしょう。記憶を保ち、経験へと変換することの出来るロボットです。でも、馬のことを知っているなんて珍しいですね。そうそう出会わないほど個体は少ないのですが……」

「貧乏くじを引いたってことになるのかな。もううんざりだよ」

 本当によく生き残れたものだとマジメも思う。

 一度ならばまだ偶然だろう。しかし二度だ。それも一匹目を倒してそう時間の経っていない同じ場所で、だ。なにかの意思が介入しているような気がしてならない。それこそ、シキの言う司令塔などが。

 人の言葉の裏にある真偽を見極められるほど、マジメは機敏に富んでいない。懐疑的な視線を向けられていることを理解しているのか、シキは決して前に出ることはなかった。

 まるで疑われることが前提のようなその姿勢に、やはり何かがあるのではと勘繰ってしまう。しかしそれはハギリに対しても一緒だ。

 シキの言葉を否定することなく、ただ彼女を睨みつけている。

 疑うだけのマジメはまだ楽だ。だが、ハギリを信用していたヒイには、騙されているかもしれない、という疑念は衝撃が大きかったのかもしれない。彼女もまた黙り込んでしまい、一向にマジメとヒイを見ないハギリに悲しげな目を向けていた。

 どうして否定してくれないのか。どうして何も言ってくれないのか。膨れ上がる疑念とともに浮かんでくる言葉を抑え込んでいるのは目に見えてわかる。

 だが、最初からハギリを推し量っていたマジメはそうではなかった。


 いつしか全員が沈黙してしまった。

「他に聞きたいことはありませんか? 知っていることはお話しますよ」

 どこか気遣うような声色を感じて、マジメはそれに乗っかることにした。この空気には耐えられない。

「この世界に連れてこられた理由とか、あるのか?」

「どうなんでしょうか。わたしにも詳しいことはわかりませんが、何らかの目的があって連れてこられたのは確かでしょう。そうでもなければこんな世界、あり得ませんから」

「やっぱあり得ないよな、こんなの。夢の中で死んだら現実でも死ぬってこともあり得ないよ」

 ため息混じりに呟いたときだった。

 突如として、シキの雰囲気が一変したのだ。

 知的でどちらかというと冷たく、しかし決して他人を拒絶するような感覚のない優しげな雰囲気は一瞬にして消え去り、まるで呪詛そのものを纏ったかのような空気に変わった。

 異様だった。見るだけでも、いや、近くにいるだけでも鳥肌がぷつぷつと立ってくる。触れてはいけない何かを感じて、マジメはわななきながらなんとか声を絞り出した。

「……それじゃあ次だ。二度とこの世界にくることがなくなる方法、知っているか?」

 大切なことだ。いかに聞く相手が異様であっても、真剣であれば視線は自然と真っ直ぐ見る。そんなマジメの視線を受けて、シキの雰囲気は柔らかく戻った。

 だが、

「知っていたらこんな場所をうろついているわけないですよ。わたしが知りたいくらいです……」

 堪えきれず、耐えきれず、しりすぼみに弱くなった語気に、マジメも黙るほかなかった。

 この世界にいる誰もが悩んでいることだろう。もし方法があったとしても、誰かに話す余裕なんてないはずだ。誰かと行動を共にしているときはまだしも、一人でこの世界にいるときには特に。

 その理由を、身をもって理解した今ならわかる。この世界から去る前に誰かに伝えるなんて悠長なことしていられない。一刻も早くここから抜け出して、二度とこんな悪夢を見ずに眠りたい。

 きっと、どんなお人好しでもそうするはずだ。ちらりとヒイを見てそう感じた。

「今知りたいことはもう思いつかないな。わざわざありがとう」

「いえ、お役に立てず申し訳ありません。……それじゃあわたし、行きますね。体には気をつけてください」

 シキはそう言うと、パーカーの前ポケットから銀色のフレームで作られた眼鏡を取り出した。走るのに邪魔でしまっていたのだろう。理知的な容姿にずいぶんと似合っていて、年齢もマジメよりも上に見える。

「え、あっ! ちょっと!」

 引き止める暇も与えてもらえず、シキは足早に去っていった。妙な緊張感を持ってハギリとシキを見ていたヒイもただ見送るだけだった。

 肝心のハギリといえば、去っていくシキの背中を睨みつけたまま、一歩も動こうとはしなかった。

 思わずため息をこぼしたマジメに、ヒイが不安げな目を向けた。藁にも縋りたい気持ちなのだろうが、それはマジメも同じだ。

 一番厄介な問題がまだ残っている。

「色々話したいことはあるけど、先に移動しよう。こんな場所で黒丸に見つかって追いかけっこなんてしたくない」

「あ、そうだね。どこか隠れることが出来る場所探さないと……」

 ヒイは頷き、ハギリも無言ながらついてくる意思はあるようだ。

 三人はこの開けた密集地域から離れた。

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