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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
オレンジ・パープル
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 黒馬とは比べものにならないほど遅かった。初動は見え見えで、フェイントをかけることも罠を仕掛けることもない。なにより、黒丸は変身したりしない。

 裏拳をかわしたマジメは間髪入れずに黒丸の懐へ飛び込んだ。勢いのまま、残った石を黒丸の右足に叩きつけたがそれは惜しくも届かなかった。

 俊敏な動作でマジメの一撃を避けたが、黒馬ほどではない。

「大丈夫だ。これならなんとか……」

 呟いて、飛び退き距離を取った黒丸を追いかけた。だが、そう簡単に殴らせてくれるほど黒丸は鈍くない。接近してきたマジメに合わせて、黒丸がその巨体を支える足で踏み潰そうと構えた。九十度近い急な切り返しで真横へ飛ぶと、直後に黒丸の足がアスファルトの地面を深々と穿った。

 大股で一歩踏み出したような体勢の黒丸にすぐさま駆け寄ると、マジメはまたしても足目掛けて石を振り抜いた。

 鋭利さはなく、選り好みもしていられなかった石片だが、しっかりと命中すればそれなりの威力にはなる。

 今度こそ避けられることなく黒丸の太腿に直撃して、大穴を空けた。引きちぎることは出来なかったが、まだチャンスはある。

 追撃を試みるマジメを黒丸は残った腕を振り回して追い払い、地面に深く埋没した足を引き抜いた。

 足に付着した瓦礫がぱらぱらと落下し、それを見たマジメが不敵に笑う。

 後方へと距離を取ったマジメが、再び黒丸に走る。それを見た黒丸が身構えるが、マジメは足を止めて腕を振るった。

 石片がマジメの手から離れ、黒丸目掛けて飛んでいく。腕を消し飛ばしたような、威力重視の投擲ではない。胴体目掛けて投げたそれは、あくまでも囮だ。次の行動への布石で、マジメはすでに動いていた。

 向かったのは黒丸が空けた地面の穴だ。瓦礫と化したアスファルトの欠片がごろごろと転がっている。

 一足先に、マジメが投げた石が黒丸の胸部付近に向かったが、それはあっさりと退けられた。迎撃準備の整っていた黒丸に握り潰されたのである。だが、黒丸が防いでくれたおかげで、マジメの目的は果たせる。

 右手には掴めるだけ掴んだ無数の石ころ。左手には一番鋭く尖っているまるでナイフのような石片を持った。

 突然地面にしゃがみ込んだマジメを訝しんだのか、黒丸は近づいてこない。マジメとしてはあえて隙を見せたつもりなのだが、そこまで猪突猛進ではないようだ。

 準備は整った。向こうからこないのならば、こちらから行くまでだ。

 屈めていた身を起こし、マジメは走る。対する黒丸は微動だにしない。よほど警戒しているらしい。

 流石に遠距離からの投石では決定打にはならない。腕を吹っ飛ばすことが出来たのは至近距離から投げたおかげだろう。そのため、接近してから右手の石を使いたかったのだが、黒丸はどうにも動きそうにない。至近距離からの投擲は可能だろうが、なにより反撃が怖い。

 残り数メートルというところでマジメが右腕を振り上げた。これ以上近づくのは無理だと判断したのだ。こうなってしまった以上、右手の石ころは牽制程度にしか使えない。だが、無駄にならないのであればそれで十分だった。

 マジメが腕を上げたことで、黒丸が残った腕を盾のように前に出して防御体勢を取った。巨体と相まって、まるで不壊の城門のようだ。

 マジメはそこに右手の石を全て投げ込んだ。一掴みにしていた石ころの数々はまるで散弾のように飛び散った。コントロールを無視し、力一杯投げたせいで半数ほどはとんでもない方向に飛んでいったが、それも織り込み済みだ。むしろ外れたのがそれだけだったことに安心していた。

 点の攻撃が網のように広がり、点から面へとなった石に黒丸は身を固めて対処した。だが、それは悪手だ。

 右手の石を投げると同時に、マジメは走っていた。

 散弾のように使った石ころは目隠しで、本命は左手の鋭利な石だ。

 全速力で接近したマジメに、黒丸は気づいていなかった。うまい具合に石が働いているようだ。

 両手で握り直した石を、黒丸の無事な足へと叩きつけた。

 力の限り振るった石片は、あっさりと黒丸の足を切断した。目の前で霧散する片足には手応えがなく、勢い余ってバランスを崩すが同時に黒丸も転倒していた。

 片腕片足がなく、残った足にもダメージがあって無事なのは残った腕だけだ。立ち上がろうにも片足では難しく、黒丸はまるで芋虫のようにもがくことしか出来なかった。

 横たわりながらも激しく動き回る黒丸の腕をかわしながら、マジメは石を振り上げた。

 どこに当てれば効果的なのかはわからない。そのため、マジメは一番効果のありそうな頭部目掛けて石を振り下ろした。

 尖った先端が黒丸の頭を貫き、地面にぶつかった。直後、まるで煙が風に流されるように黒丸の全身が拡散していき、消えてなくなった。

 石片がマジメの手から離れ、黒い地面を転がった。

「はぁ……よし、生きてるな。疲れた……」

 緊張の糸が切れ、疲労がどっと押し寄せてきてマジメはその場に座り込んだ。

 思い出したように息を吐き、熱を持つ体を休ませていると、途端にヒイたちが声を上げてマジメの元に集まった。

「小田原くん! 怪我、怪我はありませんか!?」

「この通り、無事だよ」

「信用出来ません! 服を脱いでください!」

 うへ、と奇妙な声がマジメから漏れた。言うと同時に、ヒイがマジメのシャツを捲り上げようとしたのだ。流石に戸惑い、やめさせようとしたが自分を心配しての行動だとわかるので強く出ることが出来なかった。

 困り果てたマジメに詰め寄るヒイを止めたのはハギリだった。

「あーもう。ほら先輩、それセクハラですよまったく」

「せくはっ……ちち、違います! そんなつもりじゃありませんよ! ぜ、絶対に違いますからね小田原くん!」

 ハギリの言葉で我に返ったらしく、ぐいぐいと脱がそうとしていたマジメのシャツを慌てて戻し、頬を赤くした。

 わたわたと手振り身振りをつけて叫び、自身の行動を振り返ったようで耳まで真っ赤に染めながらヒイは急いでマジメから離れた。

 真っ赤っかになりながら、鋭くハギリを睨みつけたが動揺からか瞳が滲んでおり、まったく凄みはなかった。むしろ可愛らしく見えて、ハギリは頬を緩めた。

 まるで効果がない自分の睨みに泣きそうになるヒイだったが、ハギリの言葉にようやく落ち着いた。

「そんなことより、小田原先輩は本当に大丈夫そうですよ。見たところ怪我を隠している様子もないですしね」

「ほ、本当……?」

「いやあの、本人が大丈夫って先に言ったんだけど……」

「まあまあ。ほら、男の子ってよく強がるじゃないですか」

「わからなくもないけど釈然としないよ……」

 マジメの怪我はない報告はまるで信用されていないらしい。そのことに気を落としながらも、マジメも二人の無事な姿を見てようやく安堵した。

 自分が思ってる以上に彼女たちのことを気にしていたようで、気疲れも滲んできてしまった。ここ最近、疲れてばかりだとぼやくが致し方のないことだろう。

 お互いの無事を確認していると、それまで周囲を警戒していたのか、マジメが助けた少女が三人に近づいてきた。

 改めて間近で見ると、目のやり場に困る服装である。サイズが合っておらず、ぶかぶかな白いパーカーがローライズのジーンズを完全に隠してしまっているのだ。今のように、走ったせいでパーカーが捲れ上がっている状態でないと何も履いていないようにしか見えない。

 若干目を逸らしながらも近づいてきた彼女に視線を向けると、少女はおもむろに頭を下げた。

「初めまして、鴨井四季(かもいしき)って言います。助けてくれて、ありがとうございました」

 深々と頭を下げた少女には誠意が感じられた。礼の一言があるだけでなんとなく信用出来るかもしれない、と思ってしまうのは流石に甘すぎるのだろう。少なくとも、ハギリが病院で言ったような人物とは正反対に思える。助けたことを後悔せずに済みそうであった。

「ああ、どこも怪我してないみたいだし、無事でよかったよ」

「うんうん。みんな無事で安心しました」

 微笑んだヒイがそういうと、シキが口の端だけを歪めるように笑った。どうやら感情表現が苦手な様子で、よく見ていないと微笑んでいることにも気づかないほど淡い笑みだった。

 そこでふと、マジメはハギリが黙り込んでいることに気がついた。騒がしい、というほどではないが、ヒイや自分よりも口数の多い方だと認識していたハギリが黙っていることに疑問を感じて、彼女を見た。

 無表情だった。

 感情の色が失せ、凍りついたように動いていなかった。それでいて、ハギリはシキに、身も凍るような敵意を向けていた。

 それを感じたのか、シキはハギリを一瞥して、マジメたちに言った。

「今回はありがとうございました。助けて貰ったお礼といってはおかしい気もしますが、一つだけ忠告しておきます。その子、葉切は敵と繋がっています」

 そう、言ったのだった。

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