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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
ピンク・ホワイト
4/92

03

 ひたすらに白い空間だったが、全てが黒く染まった地獄のような外よりはずっとマシだ。

 それになにより、黒丸たちはやってこない。

 普通に考えて、出会ったばかりの少女に「ここが安全地帯です」と言われても素直に信じられないのだが、彼女には助けてもらった上、実際に黒丸たちは入ってこないので信用出来る。

 動かなくなった二匹を含めたあの四匹の黒丸たちはいうと、入り口付近をうろついているようで、あの丸っこい巨体が見え隠れしている。

 そして、気絶してしまった少女だ。

 真っ白い内装のため見えにくいが、しっかりと受付カウンターやソファは存在していたので、彼女を柔らかいソファに横たえて自分の黒いパーカーを掛けた。

 今のところ外傷は見られないが、中の方に異常がないとは限らない。知識がないため、マジメには無事目が覚めることを祈る他なかった。

 それにしても、白い。

 このビル全体が、まるで外の世界をひっくり返したかのように真っ白だ。いや、実際にそうなのかもしれない。吸い込まれるような色には見覚えがあるし、何より建物以外の物がうっすらとした輪郭くらいしか見えないところがそっくりだ。

 それにしても、とマジメは思う。

 疲れた。

 とんでもなく疲れた。

 すっかりと脱力してしまったマジメは、少女が横たわるソファの対面に座り込んで天井を仰いでいた。

 高い天井だ。この天井の上にまだまだフロアがあることを考えると相当高い。

 今日はもう動ける気がしなかった。

 人生で一番走ったはずだ。速度距離時間と、全てが記録更新だろう。化け物に追いかけ回されて叩き出した数字だと思うと、全く嬉しくなかった。

 未だ目を覚まさない少女をぼんやりと眺めながら、物思いに耽る。

 あの活力が漲った瞳。きっと自分にはないものだ。

 四匹の黒丸が立ちふさがったときには絶望を感じたが、生きたいともがくことはついになかった。

 あの瞳を、眩しいほど生きる意志に溢れた瞳を見てから、体に力が戻った気がする。

 自らの手の平を開閉して、呟いた。

「希望は伝染するってことか?」

 益体もない言葉だった。

「んっ……」

 少女が身じろぎしてマジメは慌てて駆け寄った。しかしまだ目は覚めないようで、布団代わりのパーカーをかけ直した。

 傍らにひざまづいたマジメは、少女の目の下まで伸びた前髪に興味を惹かれ、こっそりとつまんだ。

 このまま持ち上げて御顔を拝見するか否か。わずかな逡巡の末、いたずら心が湧いて持ち上げることに決めたマジメは意を決して髪を持ち上げた。

 その瞬間、少女の目がぱっと開いた。

 硬直と沈黙。

 見つめ合う二人は恋に落ちるわけもなく、ただただ黙り込んだまま、お互いの目を見つめていた。

「その、目、覚めたんですね。良かった。それとごめんなさい」

「はい、おかげさまで。気にしていませんよ」

 静寂。

 もの凄く気まずかった。

 いそいそと対面のソファに戻ったマジメは表情に色濃い気まずさを残しながら、改めて助けてもらったお礼を言った。

 少女は笑顔で気にしないで、と起き上がって、ずり落ちたパーカーに気がついた。

「あれ? このパーカー……。そっか。ありがとうございました」

「あ、いえ。無事で良かったです。本当に」

「でもわたしどうして気を失ってたんだろう……?」

 記憶が曖昧なのか、それとも残っていないのか、不思議そうな顔で首を傾げた少女は、ビルの入り口で二匹の黒丸と対峙したところまでしか覚えていないらしい。

 わざわざ本当のことを話す必要もないだろうと判断したマジメは、自分たちを捕まえようとした二匹が間抜けにもぶつかってずっこけた隙にビルに駆け込んだことにしておいた。少女が気絶したのは黒丸たちがぶつかった衝撃があまりにも凄くて、ということにした。この優しい少女は、マジメが命懸けで助けたと知ったらお礼を言ってくるだろうし、余計な気を使わせたくないマジメのせめてものお礼だった。

 そうやって話しているうち、気まずさも消えた二人は自己紹介から初めて、この世界に来て長いらしい少女から、色々と教えてもらうことにした。

 目元まで前髪を伸ばした少女の名前は郡山秀(こおりやまひい)

 男の子だとよく間違われるんです、とはにかみながら教えてもらった名前は確かに勘違いされそうな名前だった。

 ヒイはこの世界に来てからもう一ヶ月ほど経っているようで、ある程度この世界のことは知っているようだった。しかしあくまでもある程度で、そのほとんどが憶測と推測でヒイ自身が予想したものだという。

「わたしが確実だ、って言えるのは一つだけなんです」

「一つ……それは?」

「はい。黒丸のことです。彼らは人間を見ると見境なく襲いかかってきます。性別も年齢も関係なく、黒丸の目に映った人間を執拗に追い回すこと。建物の、白い建物に入った人間は見えなくなる、ということです」

「見えなくなる? 確かにあいつらはここに逃げ込んだ後もしばらく探し回っていたみたいだけど……そういうことだったのか」

「そうです」

「でもどうして見えなくなったりするんです? こんだけ白かったら目立ちそうなものなのに」

 俺だったら白い建物を真っ先に探している、とマジメは考えたが、どうやら理由があるらしい。

「ここからは憶測ですけど……。黒丸は色で判断しているようなのです」

「色?」

「はい。黒と白は襲わない。それ以外は襲う。そんな習性を持っているんだと考えています」

「もしそうなら、俺はどうして襲われたんですかね。パーカーは黒いのに」

「最初に黒丸に出会ったとき、ジロジロと見られませんでしたか?」

 あのときは混乱していたからなぁ、とあまり鮮明ではない記憶を辿っていくと、確かに全身をジロジロと見られたような気がする。

「きっと、ジャージの色も見ていたんでしょうね」

 なるほど、と手を打ったマジメだったが、今更ながらにどうしてこの服を着ているのか気になった。

 確かに普段着ている服だが、ここに来る前に着替えた記憶はないのだ。ヒイは白いワンピースに桃色カーディガンというお嬢様然とした出で立ちだが、ここに来る前に着替えたのだろうか?

 気になって聞いてみたところ、彼女にも着替えた覚えはないらしく、謎は深まるばかりだった。

 黒丸のことを色々教えてもらったマジメは、本題を聞くことにした。

「それでですね。ここって一体どこなんですか?」

 白と黒しかない世界。明らかに異常で、どうやって来たのかもわからない場所だ。

「それは……。ごめんなさい、わたしにもわからないんです。どうしてここに来たのか、とかどうやってここにきたのか、とか全然わからないんです。もうひと月も経つのに何も……」

 前髪に隠れてよくは見えないが、唇を噛み締めて体を震わせているところを見ると、ヒイ自身不安で仕方ないのだろう。それもそうだ。わけのわからない世界と、わけのわからない化け物。そんな世界でひと月も生きてきた彼女の心境はマジメには推し量ることは出来ない。

「もう、毎晩こんなところに来るのは嫌なんです……」

 今、なんと言った?

 耳を疑ったマジメはソファから身を乗り出してもう一度聞いた。

「今、毎晩って」

「はい。あ、これも話さないといけませんね。この世界は夜眠った後に来てしまうようなんです」

「寝た後……? 夢ってことですか? でも……」

 黒丸に石片をぶつけられたときは確かに痛みを感じた。呼吸もままならなくなったし、走り疲れた今も足が棒のようになっている。これが、こんなにもリアルな感覚が夢の中の出来事だとはとても思えない。

「夢、そうですね。やっぱり、夢と表現するのが一番近いのかもしれません。毎晩、自分の部屋で眠ったと思ったらこんなところで目を覚ましますし。ですが、気をつけてくださいね」

 深刻な面持ちになったヒイはわずかにうつむくと、意を決したようにマジメの眼を見た。

「ここは、夢であって夢じゃ……。あ、あれ、ごめんなさい。もう時間みたいです」

 ふぁ、とあくびをして眠たげにまばたきをしたヒイとほぼ同時に、マジメも吸引されるがごとく、急速に意識がおぼろげになっていった。

 一体急になんだ!? ついさっき眠って、目が覚めたらここだったはずだぞ。

 あまりにも唐突な眠気に激しく混乱しながら、しかしどんなことをしても抗えない睡魔によって意識を飛ばされかけたマジメは、曖昧になった視界で、目の前の少女がこっくりと船を漕いだのを見た。

 彼女もマジメと全く同じ状態に陥っているらしいが、マジメと違って落ち着いているらしく、必死に瞼を開きながら、マジメに言った。

「ふぁぁぁ……。ここはゆめであってゆめではありません。目が覚めれば元の世界に戻れますけど、自分の体の状態をしっかり確認してくださいね。んん……おやすみなさい。また明日」

 一息にそう言うと、そのままソファに横たわってしまったヒイを起こそうと、手を伸ばすが、そこまでだった。

 眠気が限界に達し、伸ばした手もそのまま力を失って、マジメはソファにもたれたまま眠りに落ちた。

 白いビルは今まで誰もいなかったかのごとく静けさを取り戻して、しかしかすかに寝息が響いていた。

 思いのほか、穏やかな寝息であった。

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