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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
オレンジ・パープル
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 幼い頃の夢を見ていた。

 夢の中だということを自覚でき、自由に見ることができる珍しい夢だ。

 そこは、子供たちの笑い声が絶えず響いて、いかにも平和な日常といった光景だ。

 何人もの子供が、性別を問わずに遊び回っているここは児童養護施設だ。

 行き場をなくした子供や、虐待を受けた子供が集まって生活する施設である。

 簡単に言えば彼らは皆、親元から離れて生活する子供たちだ。もちろん保護者代わりの職員がしっかりと存在しているので、貧しい暮らしなどはしていない。

 白く、暖かさを与える施設の壁はあちこち落書きだらけで、それを消そうと職員が苦心している傍からまた新しい落書きが増えて、子供たちは肩を落とした職員に怒られた。

 いつだって明るく、のどかな養護施設は傷ついた子供たちが遊ぶには絶好の環境だった。

 そんな施設にまた一人、うつむきがちな子供が一人やってきた。

 小柄で、いつもうつむいでばかりの彼は、男の子とは思えないほど大人しい。どこか人の顔色を窺うように視線を周囲に向けては怯えていた。

 そんな彼に優しく声を掛けたのは、施設の職員と、数人の子供たちであった。

 一緒に遊ぼうよ!

 その言葉は暖かく、しかしどうすればいいのかわからない彼は戸惑っていた。

 彼と同い年ほどの少年が少々乱暴に腕を取り、強引に引っ張っていく。

 人数が足りないから一緒にサッカーやろーよ!

 その少年の声は、今も耳に焼き付いて離れない。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 



 頬を突かれている、と感じると同時に、マジメの意識は覚醒した。

 暗転していた視界に光が集まるのにあわせて瞼を開くと、身知らぬ少女が自分の顔を覗き込んでいて、マジメは思わず飛び起きた。

「な、なんだ? というか誰だ……?」

 ベッドから飛び降りて警戒するマジメの前で、驚いた表情を浮かべている少女の後ろから声が掛かった。

「あっ! 小田原くんっ目が覚めたんですね! 怪我は大丈夫ですか? 痛むところはありませんか?」

 慌てて駆け寄ってきたヒイの顔色が良くなっているのをみて、ほっと一安心した。

「郡山さんこそ、顔色良くなったみたいだな」

「私のことはどうでもいいんです!」

 表情を険しくして、細い肩を怒らせながらマジメに近づいたヒイは彼の体をぺたぺたと触って確認し始めた。

「ああいや、ほら、俺はこの通り大丈夫ですよ?」

 あまりに真剣なヒイの眼差しに緊張しながら、ぐるぐると腕を回してみたりぴょこぴょこ跳ねてみたりするのだが、彼女にはよっぽど信用されていないのか、むしろおとなしくしろと肩を押さえつけられてしまった。

 一番怪我の度合いが強い肩を鷲掴みにされたせいで、思わず顔をしかめてしまったマジメを目ざとく気づいたヒイは、襟元をぐいと引っ張って彼の肩を露わにした。

 失敗した、と思うと同時にヒイが息を詰めた。

「こんな……酷い……」

「うわわ、これは痛そーですね。大丈夫ですか?」

「別に動かせないわけじゃないからね。それよりも、きみは一体……?」

 すっかり力をなくしたヒイの手を優しくほどくと、マジメはちゃっかり会話に加わっていた少女に目を向けた。

「あー、いやその。あたしよりも先に先輩をなんとかした方がいいんじゃありません?」

 困った表情のハギリが、ヒイを手の平で指した。

 ハギリを警戒していて、ろくにヒイの顔を見ていなかったマジメは驚いた。彼女は未だマジメの肩を見つめていたのである。

 既に服は直してあるが、見透かすようにじっと肩を見つめる表情は固い。それどころか、青ざめているようにも見える。

 何故、怪我を負った本人よりも深刻そうな顔をしているのか疑問に思いながらも、マジメは努めて明るく振る舞った。

「この怪我なら大丈夫ですよ。色こそは派手だけど痛みもそんなにないし、ほら、別に動かないわけじゃないから」

 この通り、と変色した肩を回してみるが彼女は動かないままだった。

「あー……」

 反応のないヒイに困ってしまったマジメは、頬を掻いて思わずハギリに助けを求める視線を向けてしまった。

 流石にマジメ一人では荷が重いとわかってくれたのか、肩を竦めながらも彼女は明るくヒイの肩を叩いた。

「もう先輩、本人が大丈夫って言ってるんですから大丈夫ですよ! 見たところ我慢してるわけでも、動きがぎこちないわけでもないですし。大丈夫ですって、スポーツやってればこれよりも酷い怪我なんていっぱいありますよ!」

「でも……」

「デモもストもありませんよ先輩。ほら、先輩がいつまでもそうだと話が進まないんですって!」

「心配してくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫だから」

 二人掛かりの説得でようやく頷いてくれたヒイはちょっとだけ落ち込んでしまったようで、体を縮こまめてしまった。

 こういうとき、どうすればいいのかわからない。

 気まずい空気を払拭するように、マジメが改めて見知らぬ少女に声を掛けた。

「それで、きみは?」

「あ、そうですね! あたしは葉切っていいます。よろしくお願いしますね先輩!」

「ああ、よろし……ついてくるつもりなのか?」

 思わずハギリの顔を凝視してしまったマジメだが、困っている人を助ける、ということは、つまり行動を共にするということだ。

 この世界を一人で生き抜いていくのは難しい。そのため、この世界に飛ばされてしまった人間に、白黒の世界を説明をするだけではい終わり、というわけにはいかないのである。

 実際にヒイが、ハギリを助けたので今になってマジメは気づいたのだが、ヒイはそれも織り込み済みなのだろう。だが、彼女の性格からして、それを知らなくとも行動を共にすることを勧めそうだ。

 しかしそうなってしまうと、今まで以上に危険がつきまとうはずだ。人数が多くなればなるほど、移動速度は落ち、黒丸にも見つかり易くなってしまう。今はまだ三人だけなので平気だろうが、これが五人、十人といった人数になると、もっと面倒な問題が浮上することになる。

 すなわち人間関係である。

 一瞬の油断が命取りになるこの世界で、喧嘩などしてしまえば途端に注目の的になって黒丸が寄ってくるだろう。

 それらを含めた危険を鑑みると、とてもではないが人助けに勤しむことなど出来なくなる、はたして、ヒイはそこまで思考を到達させているのだろうか。

 とはいえ、三人だけならまだ余裕だ。それどころか、三人寄れば文殊の知恵というように、この世界から脱出する術を見つけることが出来るかもしれない。

 一応、受け入れる姿勢のマジメだったが、ハギリを受け入れること自体には不安が色濃く残っている。

「あの、先輩?」

 唐突に黙り込んでしまったマジメの顔色を窺うようにして待つハギリに、マジメは慌てて口を開いた。

「いや、何でもないよ。俺は小田原だ、これからよろしく」

「あっ、はい! よろしくおねがいします!」

 ぱぁっと表情を明るくするハギリを見ていられず、マジメは目を逸らした。

 打算にまみれた判断を恥ずかしいとは思わない。ヒイを生かすと決めたからにはそれを貫くために利用出来るものは利用するまでだ。しかし、まだまだ未熟なマジメが何も感じないわけではないのである。

 割り切ることが出来るほど、マジメの心は凍てついていない。

 逸らした視線の先にはヒイがいた。

 彼女は、人を助けるという意味を理解しているのだろうか。これもいつかは聞かなければいけない問題だ。それもなるべく早いうちに、出来れば同行者がまた一人増えるよりも先に聞かなければならない。

 そして、理解していないのであれば全てを話すつもりであった。

 なんだかやることが多いな、と独りごちたマジメはため息を吐いた。

「それで先輩方、これからどうするんですか? あたしはここのこと、全然わからないのでお任せしますけど……」

「そういえば確かに、これからどうしようか考えてなかったな。郡山さん、どうしようか? 郡山さんの目的は果たしたわけだし、これからどこに行こうか」

 立ち直りが早いのか切り替えが早いのか、気にしてはいない、というわけではなさそうだが今まで落ち込んでいたヒイは普通に答えてくれた。

「そうですね……んー、どうしましょう?」

 スケッチブックを抱えたヒイが困ったように眉を寄せた。

「もともと具体的に決めていないんですか?」

「ううん、困っている人を助けるって目的は決めていたんですけど、目的地は全然決めていないんですよ。この病院に来たのだって、このスケッチブックを取るためでしたから」

「それはまたアバウトな……でも先輩、それじゃあこの世界から抜け出すっていう目標にはいつまで経っても辿り着かないんじゃないてすか? 方法を探すにしても、もっとこう、ちゃんとした計画性みたいなものが必要だと思います」

 呆れを多分に含んだ後輩からの視線に、思わず目を逸らした二人だったが、確かに彼女の言う通りだ。この世界から抜け出す方法を求めているわりには何も考えていなかった。

「一応、考えてはいるんです。考えてはいるんですけど、やっぱり危なくて……」

 どうやら考えていなかったのはマジメだけのようである。

 内心ショックを受けつつも、しっかりと聞く姿勢を保っている。

 マジメとハギリの二人が沈黙して先を促していることに気づいて、躊躇いながらもヒイは話し出した。

「その……この病院のような白い建物を巡ってみようと思うんです」

「白い建物、ですか? 中にいれば安全っていう場所ですよね?」

「はい。あ、でももう絶対安全ではないんですよね……」

 ちらりと廊下に視線を向けたヒイが、次いでマジメを見た。視線を受けたマジメは、散々手を焼かされた黒馬の姿を思い出して苦い顔をしたまま頷く。

「外よりは安全だけど、気を抜いていい場所ではなくなったよ」

「そうですよね……でも、休める場所はそこしかありません。ですから、私は建物を巡ってみようと考えたんです。少しでも安全な場所ならば、私たちと同じようにこの世界に来た人々が集まっているはずです。なので、情報収集もし易いと思います」

「それはありますね」

「でも一箇所だけでは絶対に足りません。ですので、この世界の建物を巡る必要があるんです」

「なるほど。でも、この世界から抜け出す方法を知っている人がいたらさっさと試すんじゃないか? 他人に教えて回れるほど、この世界は優しくないぞ」

「そうなんですよね。でも、普通の夢を見るにはそれしかありません。この世界に来たときのことはきっと誰も覚えていませんから。いえ、覚えていないというよりも、知らないといった方が正しいですね。なので、ここに来た方法を利用してここから出る、ということは出来ないでしょう」

 つまりは地道に探るしかないということだ。

 皆無といっても過言ではないほど、見当たらない手掛かりを果たして他の人間が持っているのだろうか。その人間を探すためには自ら危険を侵さねばならないうえ、ほとんどしらみつぶしに探すようなものである。そんな不安が尽きないが、いまは出来ることをやるしかない。

「簡単に見つかるとは思えないけど、今はそれしかないかな」

「あたしも手伝いますよ!」

 ハギリが明るく叫んで、ヒイは小さく微笑んだ。

「じゃあ、まずは一番近い建物を探しましょう?」

 こうして、三人の方針が決まった。

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