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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
オレンジ・パープル
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 すっかりと冷め切ってしまった弁当を机に並べて、マジメは深々とため息を漏らした。

 気だるい体を椅子に預け、天井を仰ぎ見る彼の心境は思いのほか清々しいものであった。

 あいつは敵だ。今日初めて言葉を交わして、改めて感じた。

 ただの敵としてのみ、あの男を見れそうにない。だが、むしろそれは好都合だった。もし次に会うことがあったら、言葉を交わすこともないだろう。

 ただ、今日は少し情けなかった。肝心なときに動けないというのは、存外に辛い。

 両足を揉みほぐしながらまたため息をこぼして、ペットボトルのキャップを捻った。

 部屋着へと着替えようと、中身の少ないタンスを開けるとふと思いついた。

 今マジメが着ているのはフード付きの黒いパーカーと赤いジャージだ。中には黒い無地のシャツを着用している。これはいつも着ている服で、また白黒の世界でも着ている服でもある。

 パーカーを脱いだマジメははたと気づいたのである。

 意識すれば夢の世界で着ることになる服を変えられることが出来るのではないだろうか。

 そんな風に思いついたのはいいものの、マジメの中には元からおしゃれ、などという概念なぞ存在していない。パーカーとジャージは動き易く、特に変える必要もないかとあっさり切り捨てたマジメは、試すこともなく部屋着に着替えた。

 そもそも試すには眠って夢の世界に行くしかない。そんな無駄なことをするくらいなら、一刻も早く体を休めたい、というのが彼の本音であった。

 部屋着に替えてすぐベッドに転がって、またため息を漏らした。

 学校を休んでまで疲れを落とそうとしたにもかかわらず、まるで疲労が抜けていない。丸一日眠っていてこれだ。それほど疲れていたのかとため息の一つや二つ吐きたくもなる。

 疲れがとれないのはおそらく、一日に様々なことがありすぎたせいだろう。ぶっ倒れてもおかしくないほどの出来事の数々には、辟易するしかない。

 それに、これで終わりではないことが悩みどころだ。これから先もこのような生活が続くのでは、学校にすらまともに通えなくなってしまう。青痣の残る肩を撫でてうんざりした。

 いくら、死ぬときはどう足掻こうが死ぬと考えているマジメであっても、流石にこうも命の危機が続けば憂鬱になるというものだ。しかし、そんな世界でも、今までヒイは生き残ってきたのである。心に傷を負いながらも、生き続けてきた精神力は容姿には似つかわしくないほど逞しい。

 俺だったら、あっさり諦めてたな。なんて考えて、それでも生きている自分に苦笑した。

 なんだかんだと理由を付けては、中途半端を嫌って結局生きている。他人に理由を求めることは間違っているが、そうでもしなければ初めてヒイに助けられたとき、あっさりと死んでいた。

 相変わらず、生きたいとは思っていないが、ヒイをあの世界に残していくのは嫌だ。多分、それが今の自分が生きている理由なのだろう。

 独りごちて、膝を抱えた。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 流石に寝すぎたのかもしれない。依然として重い体を起こしたマジメは、一向にやってこない眠気に首を傾げていた。

 眠りたいときほど眠くならないのは一種の呪いだろう。寝よう寝ようと考えすぎてしまって逆に意識してしまうのが原因だ。眠れないときはむしろ頭の中を空っぽにしたほうがあっけなく眠れることのほうが多い。

 読書などで時間を潰すこともあるが、これはむしろ目が冴えてしまう。読み進めているうちに脳が活性化して、眠気がどこかへ飛んでしまうのである。ついつい朝まで読んでしまうのは、ご愛嬌というものだろうか。

 マジメは無理に寝ずとも、日付が変わると同時に強制的に眠らされるのだからそう深刻になる必要はないのだが、無理やり寝かされるのと自ら眠るのでは気分が違う。それに、無理やり寝かされたのでは疲れも取れないだろう、と考えてのことだったが、自然に寝入った場合でも疲労が抜けなかったことを鑑みると、おそらく無駄なことだろう。

 幸い、午前零時までには数時間ほど余裕がある。出来る限り体を休めたいマジメは、大人しくベッドに寝転がることにした。眠れなくとも、瞼を閉じることで疲れを癒やそうとしていた。

 しかし彼の狙いがそうやすやすと叶うはずがなかった。思い通りにならないのが人生ではあるが、それとは関係なしに、今になって肩の打撲が痛み出したのだ。

 黒馬の体当たりをまともに喰らった肩だ。痛まないはずはないとは思っていたが、今になって痛み出すとは最悪な置き土産をしてくれたものである。

 断続的な鈍痛に顔をしかめたマジメは、流石にこれでは休むこが出来ないとビニール袋に飲料用の氷を詰めて患部に当てた。

 ひんやりと冷たい氷に熱が緩和され、痛みが引いていく感覚に表情を和らげつつも、変色した肩に冷や汗が止まらなかったのはここだけの話だ。

 そもそも、黒馬の体当たりを受けてこれだけの被害で済んだことが驚きだった。マジメとしてはもっとこう、一晩中うなされるほどの痛みを予想していたのだが、良い意味で拍子抜けである。少なくとも、今のところは肩の稼働に支障は見られない。幸運ではあるが、逆に不気味だ。

 あの白黒の世界は十中八九夢の中だと断言してもいいほどの確証は既に、眠るという過程をもって証明されている。だからこそ、あの世界は紛れもない悪夢だと言えた。あれほどまでに質の悪い悪夢など見たことがない。熱にうなされたときなどとは比較にならないほどの恐ろしさだ。

 その悪夢は果たして、終わりが来るのだろうか。夢であるなら目覚めるだけで夢は終わる。しかしこの悪夢は目覚めてもまた眠る度に、同じ悪夢を見せつけるのだ。じわじわと精神が蝕まれても不思議ではない。

 自信がない。この悪夢から目覚め、二度と見ることのなくなる方法を見つける自信がない。それどころか、生きて明日を迎えることすら危うい。

 そこまで考え込んで、マジメは頭を振った。最近はどうにも難しいことばかりを考えてしまう。こんな状態では休むこともままならない。

 それでもやはり漏れ出るため息は止められそうになかった。

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