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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
オレンジ・パープル
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26

「どっちにしたって今から逃げることは難しいんだ。やるしかない」

「……ああ、そうだな。幸いこっちはコンビであっちはソロ。やりようはいくらでもある」

 不敵に笑ってみせるセガワに、マジメは思わず目を見開いた。

 セガワは損得で動く性質があることマジメは知っている。手ごわい黒馬と戦うことになんらかの得を見いだしているのか、彼は妙に協力的だ。

 かくいうセガワも、マジメが退かないことに少なからず感心していた。マジメとしては、ヒイに危険が及ぶことを避けたいために残っている。だが、だからこそセガワは感心しているのである。

 果たして、そこまであの少女に価値があるのか、という疑問。

 この答えは彼らを見ることでおのずとわかるだろう。

「それで、どうする? やりようはあるんだろ」

 挑発じみた物言いに、セガワは面白いとばかりに笑みを深めると、一足先に駆け出した。

「前後に分かれて交互に入れ替わる! とにかく突進を封殺して攻めるぞ!」

 頷いて、マジメはいつでも走り込めるように身構えた。

 黒馬が警戒しているうちに素早く接近すると、まずはその横っ面に一発叩き込んだ。

 わずかにもやが散るものの効果は薄く、舌打ちしたセガワが一歩下がると紙一重で黒馬の角が通過した。

 黒丸と比べるととんでもないほど俊敏だ。体をずらすと同時に振り上げた鉄パイプを首筋にぶち込むが、これまたわずかにもやが散るだけですぐさま反撃が飛んできた。

 黒馬が嘶きながら後ろ足で立つと、前足に体重を込めて勢い良く踏みつけた。やや面食らったセガワはあわや直撃するというところで真横に身を投げて避けた。素早く起き上がると馬の側面に移動しつつ激しい殴打を繰り返した。

 先ほどの二発とは違い、重さはない。しかしその分だけ回数は増え、黒いもやが散る効率は上昇した。

 だがそれもほんの雀の涙程度のもので、依然として馬は健在であった。

 鈍く光る鉄パイプを縦横無尽に振り回し、黒馬の反撃を軽々とかわしながらめった打ちにする姿に、マジメは息を呑んだ。この光景をヒイが見ていたらいつかの黒丸を消滅させた光景と重なるに違いない。

 相変わらず打撃音はしないが、しっかりと攻撃は命中しているらしく、徐々に黒馬が焦れてきているように感じられる。

 見ているだけでもそんな様子に感じ取れるのだから、戦っているセガワには手応えとして伝わっているのだろう。一層激しくなる攻撃に、黒馬は鬱陶しげに頭を振り回した。

 文字通り暴れ馬だ。角を振るい、蹄を鳴らしてセガワを追い払おうとする黒馬に、さしものセガワも打ち込むことが出来ずに後退した。

「小田原くん、交代出来るか?」

「やってみる」

 セガワの戦闘能力に圧倒されていたマジメだったが、息を乱したセガワが近寄ってくるとすぐに頷いて前に出た。幸い、暴れている馬は交代する隙を見逃したようで、マジメは容易に接近することが出来た。

 近づくことは出来たが、攻撃出来る距離ではない。素人のマジメが、飛んで跳ねる黒馬に近づいてしまえば蹴り殺されてしまうだけだろう。

 近づく素振りを見せて暴れ馬状態を続行させるくらいしか、マジメが打てる手はない。つまりは時間稼ぎだ。

 セガワの息が回復次第また交代するだろう。おそらくセガワもマジメには足止め程度のことしか期待していないはずだ。

 だが、セガワの期待通りに動くのは癪だった。

 どうせならばセガワと交代するまでもなく、このまま黒馬を倒してしまおうという意気込みであった。

 とはいえ、素人のマジメが知性のある生物を仕留めるには少々無理がある。いや、本能で生きる動物ですら、仕留める術を持っていない。

 更に、マジメが得物とした消火器もずいぶんと重い。

 大きく振り回せばかなりの破壊力になるのだが、その分だけ隙が生まれ、振り回した消火器を止めることさえ一苦労だ。

 重量のある消火器ではコンパクトに振るうことが出来ないため、今の状況では手が出せないのである。

 警戒しながらも何もしてこないマジメに、少しずつ動きを鈍らせていく黒馬は、ようやく暴れることを止めた。

 至って平然としている姿を見る限り、体力は消耗していないらしい。そもそも体力という概念があるのかすら疑問である。

 睨み合いの拮抗がしばらく続いて、先にマジメが動いた。

 睨み合いに耐えきれなかったのである。片手で数えるほどしかこんな緊迫感は味わったことがないのだ。急かされるように駆け出して、迫る黒馬に歯を食いしばった。

 重さのある消火器をいちいち振り上げては体力の消耗が激しくなってしまう。そのため、マジメがとった攻撃方法は遠心力を利用することだった。

 上半身を半回転させ、一拍遅れて消火器が追随する横殴りだ。もっとも手軽かつ、素人でも扱い易い振り回し方だ。

 小手調べということで、いつでも回避行動に移れるよう、馬の鼻先目掛けて軽く消火器を振るってみるものの、わずかに首を引くことであっさりと避けられてしまう。牽制の意味で振るったものの、動体視力も優れているようだ。

 そのまま当たらない消火器を振り回していると、流石に鬱陶しくなったのか黒馬が角を振るって消火器を弾き返した。

 慌てて飛び退こうとするが、消化器を持った腕が釣られて頭上まで持ち上がっていた。そのせいで仰け反るように体勢が崩れて身を捩ることすら難しい。

「んなっ……」

 驚きのあまりわずかに初動が遅れたマジメは、突き出される角を見て咄嗟に体の前に消火器を挟んだ。

 

 間一髪、消火器を盾にすることが間に合い、角を防ぐことが出来たものの、勢いまでは殺せず、マジメは後方に弾かれて転がった。

 なんだあの衝撃は。助走なんて出来るほど距離は開いていなかったはずだ。

 混乱しながらも立ち上がろうとするマジメの目に、開いた距離を利用して突進を仕掛ける黒馬が映った。

 前足が床を踏み砕く光景を見て、マジメは遅まきながらに理解した。

 馬の脚力だ。馬鹿みたいに強い後ろ足で跳んだ。そうして体当たりをし掛けてきたのだろう。

 もとより、距離なんて黒馬にとって関係なかったのだ。密着しようが抱きつこうが、簡単に振り払うことが出来る上、突き放すことも容易だ。

 慌てて黒馬の射線から逃れようとするマジメの脇を、セガワが駆け抜けていった。

 真正面から突っ込んでくる馬に、わずかな恐れすら見せないセガワは突進の軌道を読み切り、軽々と回避した。

 半身になって馬の角を流すと同時に、彼は鉄パイプで黒馬の右前足を引っ掛けたのだ。

 転倒させるにはパイプは細く、しかしそれでもバランスを崩すようには仕向けられた。

 セガワの狙い通り、黒馬の体が右へと傾き、廊下の壁に寄りかかるようにしてマジメの真横を通り過ぎていった。

 馬が体勢を立て直すよりも先に再び接近したセガワが、今度は後ろ足に打撃を加える。それを見たマジメも足を重点的に狙うがセガワに襟首を掴まれて後方に投げられた。

 尻餅をついたマジメが見たのは、ほんの一瞬前に自らがいた空間を蹴り上げる馬の後ろ足だった。

 危うくマジメの顔面が黒馬の蹄に潰されるところだったのだ。セガワ自身は馬の背後から素早く離れていたので当たることはなかった。

「気をつけてくれ。このままフォローし続けるのも無理があるから」

「……ごめん」

 素直に謝るマジメに、セガワ意外そうな顔を浮かべた。

 失礼な、迷惑を掛けたら謝るのが当然だろう。侮られているようで憮然としたマジメが立ち上がると同時に、こちらに向き直った黒馬が鼻息を荒くして頭を振った。

 しきりに蹄を打ち鳴らしているのは苛立ちからくるものに違いない。マジメとセガワの攻撃は全て命中しているが、黒馬の攻撃はほとんど当たっていないのだ。

「何か仕掛けてくるかもしれない。オレだったら絶対に仕掛ける。頭に来るし」

「それは……まあわからなくもないけど」

 言いながら、二人は揃って口元を引きつらせた。

 なにやら黒馬の雰囲気が劇変したのだ。脅威にこそ思っていたが、黒馬から意思は感じられなかった。しかし今は違う。視覚化出来そうなほど濃密な殺気が黒馬の周囲に渦巻いているのだ。

 もやを散らす黒馬の丸っこい体が、徐々に大きくなる。丸い胴体をそのまま膨らませるのではなく、まるで余計な肉を削ぎ落とすかのように。体型はマジメがよく知る引き締まった現実の馬そのものに変化しているのだ。

 それだけではなく、特徴的な角もなにやら怪しい黒いもやを纏わせ始めていて、凶悪な代物に変化しつつあった。

「うわ、冗談じゃないぞ……まるで第二形態じゃないか」

「もしかしたら魔王だったのかもな」

 そんな軽口もどこか精彩を欠いている。

 冷や汗を浮かべる二人は、お約束のように変身を待っているほど馬鹿ではない。躊躇いなく馬に殴りかかったが、以前にも増してダメージが通っていないようだ。

 とはいえ、今はこれ以上の攻撃手段を持ち合わせてはいない。ひたすら殴りつけるしかないのだ。

 だが、どこを殴ろうとも黒馬は動じなかった。

 一番効果的であろう鼻先や顔面、引き絞られていく胴体、丸太のごとき太さを増していく足、偶然命中した尻などにも、打撃はまったく効かなかった。

 そうこうしているうちにどんどんと黒馬の形態変化は進んでいく。現実の馬より二回り以上も大きい体躯に、何より禍々しさがいや増した漆黒の角が殺気を纏っている。巨木の幹よりもがっしりしていそうな足は、その巨躯を支えるに相応しい発達具合であった。

 いつもなら動く度にわずかに散るだけの黒いもやも、今では威圧するように常に撒き散らしている。

 ようやく変化が収まった黒馬の姿は、先ほどまでとはまるっきり変わっており、腰が引けるほど圧倒された。

 無意識のうちに一歩下がったマジメだったがそれも致し方ないとセガワは思った。自分も逃げ出そうとする体を押さえつけることで精一杯なのだ。走り出さないことだけでも賞賛に値する。

 黒馬がマジメを追うように一歩踏み出した。それだけで床が深々と割れ、えぐられた。

 もはや打ち込むことすら困難であろうことは、戦闘経験の乏しいマジメでもわかる。変化する前から打撃の効果は薄かったのだ。二回り以上も大きく、がっしりとした体躯に変化した今になって打撃が通用するとは思えない。

「どうしようか小田原くん。勝てるとは思えないんだけど……」

「うん、同感だ」

 呆然とした声にマジメも力ない声で返し、気圧されてまた一歩下がった。

「本当にどうすんだこれ……」

 片手に持つ白い消火器では頼りない。同じようにして、セガワも自分の持つ鉄パイプを眺めて強く握った。

「ま、逃げられないなら戦うしかないよな。さ、小田原くん。第二ラウンドだ」

「あ、ああ……」

 励ますように茶化して言うものの、マジメの表情は曇ったままだ。

 それも仕方ないといえば仕方ないのだが、こんなところで怖気づかれて逃げ出されるのも困る。だからセガワは無根拠に、努めて明るく言い放った。

「大丈夫だって。お馬さんは強いけど、人間だって手綱を引いて乗りこなせるんだ。気分はカウボーイだ小田原くん」

 お気楽な言葉に固まって、セガワを見やったマジメだったが、その表情の中にある恐れは薄まっていて、呆れが全面に出ていた。

「カウボーイ気分も何も、あいつに乗るつもりないけど……でもまあ、やるしかないよな」

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