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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
オレンジ・パープル
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 誰が見てもご機嫌だとわかる足取りで、ヒイが先を歩く。時折振り返ってはマジメを見て、目が合うと微笑んだりするものだから、ついついマジメは呆れたように笑ってしまった。

 何はともあれ、笑顔になってくれて良かった。

 鼻歌さえ漏らしそうなヒイがナースステーションを通り過ぎ、また振り返って笑った。

「どうしたのさ。良い事があったとは思えないけど……」

「んー、えへへ。良い事というか、嬉しくって」

 ヒイが自らの過去を語ったときの、苦しげな雰囲気はどこへやら、まるで別人のように楽しそうであった。

 胸にはしっかりとスケッチブックを抱きしめて、ワンピースの裾を揺らした。

「そういえば、どうしてそのスケッチブックは色があるんだろう……」

 半ば独り言だったのだが、白い病棟の廊下は思ったよりも響いて、ヒイが振り返った。

「わたしにも詳しいことはわかりません。どうしてか、このスケッチブックはわたしがこの世界に来たときから手元にあったんです」

「手元にあった? つまり現実から持ってきたってことなのか?」

 訝しげに眉を寄せたが、あり得ないわけではない。夢の中で受けた傷が現実に反映されるのだから、物がこちらに来てもおかしくはない。マジメはそう考えたのだが、ヒイは首を振った。

「それが、現実の世界でも同じスケッチブックがあるんです。しかもこの世界で見た未来が現実のスケッチブックにも描かれていたんです」

「二つに分裂した? 流石にそんなことは考えられないな……。元々、現実から物を持ち込むことは出来たの?」

「いいえ。わたしも試してみたんですけど全然だめで……。眠るとき、手に持っていただけなんですけど、それじゃあだめだったのかなぁ」

「枕の下に入れておけばその夢を見れるってことは聞いたことあるかな。ってそうじゃないな。意識しても持ってこれないのか……」

 わずかに顔を伏せて考え込むマジメに、ヒイは思い出したように声を弾ませた。

「そういえば瀬川さんも鉄パイプを持ってましたよ!」

 セガワの名前が出た瞬間に、苦虫を飲み込んだような顔になったマジメは、嫌々ながらも思い出してみると確かに、セガワは鈍色の鉄パイプを握っていた。

「瀬川さんに聞いて……聞いてみれば……わたし、あの人苦手です……」

「俺もだよ」

 あれだけ散々に言われたのだから苦手意識を覚えるのも無理はないだろう。とは思いつつ、内心では罵倒された相手を許すほどの考えなしではなかったことに心底安堵していた。

 とはいえ、ヒイと同じように色のついた物を持っていた事実があるため、何か知っている可能性は高い。もう一度セガワに会って話を聞けば、有益な知識を得ることが出来るかもしれない。理性ではそう判断しているのだが、なにぶん感情が大反対していてマジメ自身もそれに従ってしまっている。

 それほどまでにマジメはセガワが嫌いなのである。また一度顔を合わせたら今度こそ殴り飛ばすかもしれない、とげんなりした顔で言うマジメに、ヒイは苦笑した。

 そうやって話してるうちに二階へ下りた二人だったが、ふとある問題にぶち当たった。

 ヒイの持ち物を予定通り取り戻したため、目的を失ってしまったのである。それと同時に行き先もまたなくなってしまったのだが、とりあえず当初の目的通りまた人探しをするため適当に町を回るということでまとまった。

 マジメとしても、この世界に放り出されて困っている人間に手を貸すことに異存はない。しかし、セガワのようにそりが合わない人間と出会ってしまうことを危惧してもいた。もしそりが合わなければマジメはきっと反発してしまうだろう。そのため無用な軋轢を生み出しかねないのである。

 そんな不安を押し隠し、長椅子に並んで座るヒイにばれないよう、溜め息をこぼした。

 二階は、三階とほぼ変わらないフロア構成をしているが、流石に病室も同じ数とはいかないようで、ナースステーションもまた違う位置に存在していた。

 やはり人気はなく、耳が痛いほどの静寂で満ちている。だが、一階ロビーと比べるとそこまで怖気を感じることはない。そのおかげで、こうやってのんびりと二人並んで座っていられる。あまりにゆったりとのどかなので、この世界が危険で溢れていることを忘れてしまいそうだった。

 会話の隙間、そのふとした瞬間に二人は共に口を閉ざした。決して嫌な沈黙ではなかった。話が途切れ、慌てて話題を提供するような関係ではないことを無意識ながらに理解していたマジメは真っ白い天井を見上げた。

 相変わらず白い天井だ。シミも模様も、何一つとしてわからなくなってしまう白さは、ある意味汚れなき白さというものなのだろう。益体もない思考だ、と思いながら、この世界の不思議について考えずにはいられなかった。

 そんなときだった。

 かつん、かつんと革靴が床を打ち鳴らす音が聞こえた。その音は静かな廊下の隅々にまで響いて、マジメとヒイは顔を見合わせて立ち上がった。何者かが近づいてくる、いやもしかしたら何かかもしれない。

 耳を澄ましてみると、革靴よりももっと硬質なもので廊下を叩いているのではないか、と疑問を持った。というのも、入院生活の長いヒイが言うには、いくら静かだからといってこれほど響く靴はそうそうないらしい。確かに靴というよりも、石を落としているような音だ。

 音の正体はよくわからないが、今ならまだ逃げることは可能のはずだ。無用な危険は回避すべきだ、と小声で逃げることを提案すると、ヒイはわずかに迷う様子を見せたが、すぐに頷いた。

 もしかしたら人間かもしれない。そう思って迷ったのだろう。もし人間だったら、と考えると確かに足が止まってしまう。だが、どちらにせよ病棟の廊下なんて狭い場所では危ないのだ。仮に人間と話すにしても、もっと開けた場所でないと安心出来ない。用心が過ぎるとは思うが、これも身のためだ。

 二人は足音を立てないように静かに移動を始めた。

 とりあえず、開けた空間の多い一階に下りるつもりだ。

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