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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
ピンク・ホワイト
2/92

01

 風に煽られて緩やかに移動する積乱雲を眺めている少年の肩に、細く白い手が置かれた。

「また世を儚んでいるのかい? ハジメくん」

「違う、俺はマジメだ」

「君がマジメな性格だというのは知っているよ、ハジメくん」

「だから違うって。俺の名前はハジメじゃなくてマジメ。いい加減間違えるなよ」

「ああ失敬。珍しい名前だからどうしても間違えてしまうんだよ」

 気を悪くしないでくれよ、と、およそ十五、十六歳の少女には似つかわしくない口調で白々しく言うと、マジメの肩に置いた手をそのまま上に持っていき、頭を撫でた。

「授業内容は絶対に忘れない癖によく言うよ」

 少女のしたいがままにされているマジメは、名前の通り真面目腐った顔で言うと、ようやく振り返った。

 セミロングの茶髪が窓から吹き込む風に靡いた。切れ長の瞳は髪と同色で、彼女によれば外国人の血液が流れているらしい。そのためか、顔立ちはすっきりと整っているし、喋り方とあいまって知的な雰囲気だ。

 実際その印象に間違いはなく、彼女、常磐彩(ときわあや)は学校一の天才だった。テストでは全教科満点は当たり前、運動神経も抜群で入学以来毎日運動部に勧誘されているくらいだ。その上容姿も大変良く、近寄り難い雰囲気を乗り越えて仲良くなればユニークな言動の数々にくすりとくることもあるはずだ。

 完全に完璧超人である。

 ただ一つ、意味のないことが大好きな点を除けば友達としても恋人としても優良物件だろう。

 そんな彼女に気に入られたのか、小田原真面目(おだわらまじめ)はよく彼女に付きまとわれていたりする。

「今日はあっちのお友達と一緒にいなくていいのか?」

 教室の出入り口付近で数人集まって談笑しているアヤの友人たちを顎で示してみせると、彼女は肩をすくめて首を振った。

「ああ。彼女たちには事前に断っておいたからね。心配しなくていいよ」

「心配はしてないけどさ、俺と話してる時間があるならあっち行った方がいいんじゃないの?」

「ここだけ話だけど、彼女たちと一緒にいるのは楽しいけど、面白くはないんだよ。その点君と話すのは面白いからね。愛想はないし仏頂面だけどね」

 うるせえよ、未だに頭を撫で続けるアヤの手を払うと背を向けて窓の外を見た。

「まったく、君がそんなんだからみんな怖がって話しかけてこないんじゃないか」

「別にいいよ」

「はぁ……本当に無愛想だねぇ君。ちょっとは笑ってみたらどうだい?」

「面白くもないのに笑えないよ」

「まるで中学生だな……」

 呆れて溜め息を漏らしたアヤに見えないよう、マジメは密かに口を尖らせた。

 そんなマジメを簡単に想像出来たアヤは忍び笑いを漏らして呟いた。

「だから君は面白いんだよ」



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎


 常磐彩。

 彼女の言う通り、無愛想でろくに笑うことの出来ない自分に、何故常磐ほどの女子が話しかけてくるのかさっぱりわからない。彼女が言うように、もしかしたら自分は面白いのかもしれないが、あくまでもそれは常磐の主観だ。クラスメイトの過半数は、いや常磐を除いたクラスメイトはきっと、俺と話していてもつまらないというだろう。

 愛想も何もないからな。

「やっぱ、常磐が話しかけてくる理由がわからないな」

 そうひとりごちて、マジメは寝返りを打った。

 入学からもうすぐで一ヶ月ほど経つのだが、今だにアヤが自分に話しかけてくる理由がわからずにいた。毎晩のように考えても、一向に答えは出てきそうにない。

 だが、理由がわからずともアヤが優しい人間だということはマジメでもわかる。

 普通、興味がない人間には話しかけたりしないもんなぁ。

 もしかしたら委員長気質なのかも、と思いかけたが、アヤはあらゆる分野で天才だ。きっと人付き合いの才能も相当なものなのだろう。

 そう思わざるを得ないのもまた事実である。彼女は成績優秀運動抜群容姿端麗と、わかりづらい漢字がつらつらと並ぶほど、人に妬まれないわけがない人間だ。なのに彼女を批判する声は一切聞こえない。それどころか、褒め称える言葉が常に飛び交っているような状態だ。これを人付き合いの天才といわずになんという。

 マジメは人との付き合いが上手は人間に憧れていたりする。

 人付き合いも上手い常磐のことだ。自分なんかよりもっとユニークで一緒にいるだけでも楽しめる友人なんてのはいくらでもいそうなものなのに、何故自分なのか。

 いつまでも答えは出ない。

 そうやって思案に暮れているうちに、いつの間にかマジメは眠っていた。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 目が覚めると何も見えなかった。

 寝る直前に電気を消した覚えはないのだが、もしかして停電でもしたのだろうか、とマジメは眠気の取れない頭で考えて布団をたぐり寄せた。しかし体に布団はかかっておらず、蹴飛ばしたかと思って辺りに手を伸ばすがそれらしい感触がないどころか、カーペットが妙に固いではないか。

 何故かゴツゴツしているし、肌触りも悪い。まるでアスファルトの上で寝転がっているかのような感触だ。

 いつから外で寝ていたんだ、と記憶を探ったが、学校が終わってから寄り道をした覚えはない。

 そこまで考えてようやく、マジメは飛び起きた。

「なんだ、これ……」

 よく見れば暗くはなかった。暗くはないのだが、黒い。

 空や地面、何から何までまで黒く染まって、その姿形さえもなくしていた。

 狐につままれたように立ち尽くすしかないマジメは、ふと遠くに真っ白い何かを見つけた。

 目を凝らすとそれはビルのような形と高さで、この黒一色の世界に唯一見える他の色だった。よくよく見渡してみればそこら中に真っ白い何かが立っているではないか。だがそのどれもがうっすらとした輪郭しかわからない。

 それは黒い場所も同じで、地面の凹凸などはほとんど見えなかった。

 それにしてもここは一体どこなんだ?

 いや、何なんだ、と聞いた方が良いのかもしれない。しかしここにはマジメ以外の人間は見当たらない。

 とにかく、現状を把握して、出来ることなら家に帰りたい。そのためにはまず確かめる必要がある。

 上体だけを起こした体勢で、下半身が触れる地面らしき黒に触ったみた。

 やはり岩肌のようにゴツゴツとしていた、滑らかとは言い難い感触だ。アスファルトなのだろうか? 確証は持てないが地面は黒いだけで特に何かあるわけではないらしい。

 立ち上がってズボンを払うとはたと気づいた。

 服が制服から変わっているのだ。もちろん寝巻きでもなかった。

 黒いパーカーと赤いジャージの組み合わせだ。確かにこれはよく着る服だが、着た覚えがない。

「どうなってるんだよ……」

 なんにせよ、ここがどこなのかを知る必要があるだろう。

 ここは全く見覚えのない、異常な場所なのだから。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 まるで焦げついたように真っ黒なフェンスに背中を預け、マジメは深々と息を吐いた。

 周囲を慎重に散策した結果、今いる場所がコインパーキングであることが判明したのだが、相変わらずどこのコインパーキングなのかはわからないでいる。

 恐らく、白黒の色しかないせいで地理を把握出来ないのだろう。こうも色がないと、どこがどこだかわからない。

 調べれば調べるほどわからないことが増えていく様はまるでメビウスリングに閉じ込められてしまったかのようだ。

 何もわからない以上、あまり動き回りたくはないのだが、こうも黒一色しか傍にないと目がおかしくなってしまうそうだ。

 それにあの真っ白い建物も気になっている上、幸いにもあまり距離も遠くはない。五階建てくらいの高さはあるだろうか? あそこの屋上から見下ろせば一帯の様子は見ることが出来るはずだ。

 周囲を警戒しながらコインパーキングを出ると、黒い道路を踏みしめて建物に向かった。

 おかしい。

 やはりおかしい。

 人一人としていないのは、いや全くの無音というのはおかしい。

 おかしいのだが、こんなモノクロな場所だ。そんなこともあるかもしれない。

 早くも順応してきたマジメは自動車と思われる物体に身を隠しながら辺りを窺い、何もないことを確認すると足音を立てないように歩いた。

 身を隠す障害物は山ほどあるが、かなり神経を使う。コインパーキングからそう離れていないのだが、もう疲労が溜まってきているのがわかる。

 体力的には問題ない。だが、こんな異常な環境の中で焦燥感を感じない人間はそうそういないだろう。本人は気づいていないが額には汗が滲んでいるし、息も荒くなり始めている。

 第六感とでもいうのだろうか? さきほどから幾度となく感じる、首が締まるような感覚に悪態をつきかけたマジメは体力の無駄だとかろうじてこらえた。

 それにしても、およそ民家と呼ばれる類の建物がさっぱり見当たらない。この白黒の世界でやけに黒ばかりが目立つのは、住宅というものが存在していないからだと気づいて、マジメは改めて見回した。

 点在する背の高い建物はビルのようなものだろうか。そういえば一定の高さ以下の白い建物は存在していないように見える。

 何故だ。わからないことか増える一方である。

「……げて」

「え?」

 ふと声が聞こえた気がして、マジメは振り返った。だが、広がるのはただただ黒い世界だけだ。

「気のせいか?」

 空耳にしてはやけに鮮明な声だったが、ただの幻聴か?

「逃げて!」

 またしても聞こえた声にもう一度振り返って辺りを見回すが、やはり誰もいない。背後には黒い壁しかなかった。

 あまりに一人が寂しくて風の音を勘違いしたのかもしれない、と一人苦笑したマジメは、そびえ立つ黒い壁を見て動きを止めた。

 壁? 壁なんてものが今まであったか? 建物は例外なく真っ白いようだし、今まで壁のようなものなんて……。

 恐る恐る見上げて、息を呑んだ。

「なんだこれ……」

 頭と胴体が直接くっついた丸っこい人間、とでもいえばいいだろうか? 三メートルほどの背丈の生き物が、何も嵌っていない眼窩でマジメを見下ろしていた。

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