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誰かが夢見るシロクロシティ  作者: 水島緑
ブルー・ブルー
14/92

13

 マジメとアヤ、二人の戦いは未だに終わる気配をみせなかった。

 激化する昼食戦争は彼らの足を止め、しかし二人も負けずに周囲を牽制して先に進ませない泥試合を繰り広げていた。

 だがいつまでもこうして睨み合っているわけにもいかない理由がある。

 それは、在庫だ。

 東地高校の購買はパンという食材を扱っているため、基本的に在庫が少ない。そのため、どうしても食いあぶれる生徒が出てるのだ。それはマジメとアヤの二人も例外ではない。

 周囲の生徒も心なしか汗をかいているように見える。いや、この熱気の中なのでマジメも額に汗を浮かべているが、暑さからくる汗ではない。

 その正体は焦りだ。

 いつパンがなくなるか、彼らはそれに焦っているのだ。

 昼休みに突入してからしばらく経っているが、彼らはマジメたち同様、未だ昼食を手に入れることが出来ずにいるのだろう。その上、背後からはもの凄い勢いで追い上げていくマジメたちがいるのだから、その焦りはいつ在庫が切れるかだけを気にしているアヤの比ではない。

 だが、こうして睨み合っていても何も始まらない。そう思っているのはマジメも一緒で、彼は目の前の生徒たちが動く前に一気にケリをつけようと考えていた。

 もはや強行突破しかあるまい。

 わずかに腰を落としたマジメに、眼前の生徒たちは敏感に反応して踏ん張ろうとした次の瞬間。

 マジメの強烈な踏み込みによって彼の体はぐんと前に加速した。背中にしがみついているアヤは振り落とされまいとして強くきつく抱きつく腕に力を込めた。

 背中に感じる柔らかい肢体にどきりと心臓を跳ねさせたマジメは一瞬だけ硬直してしまった。しかしそれも束の間のこと。右肩を突き出した前傾体勢、つまり体当たりの姿勢で突っ込んだマジメに驚いた生徒数人が飛び退いて道を開けてくれた。

 このまま行けると確信したマジメは、踏み込みを強めて真っ直ぐに進み、わずかな隙間をこじ開けてぐんぐんと最前列に近づいていたのだが、ふとその歩みが止まった。

 上機嫌に鼻歌まで歌いながらマジメの背中にくっついていたアヤは、彼の凄まじい進撃が止まったことに眉を寄せ背中から顔を出した。

 マジメの前には一人の教師がたちはだかっていた。

「きょ、教頭……」

「悪いがここを通すわけには行かないのだよ。私も昼食をとっていないのでね……」

 生徒ならば誰だって気後れしてしまう教師のうちの一人、教頭だった。

 無理やり押し通るのは少しまずい気がする。もし怪我でもさせたら、と今更そんな心配をしてしまうのは退学という文字が目の前で踊っているからか。

 どうにも躊躇ってしまうマジメは、助けを求めるようにアヤを見た。彼女は合点だ、と言わんばかりに頷くと、マジメの背中から離れた。

 アヤが背中から離れてほっとしたのは内緒だ。

 彼女はおもむろに教頭に近づくと、顔をじっと見上げた。

「な、なにかな常磐くん」

 流石に天才だけあって教師にはアヤの名前は知られているようだ。しかし彼女は教頭の声を無視すると、辛うじてマジメが聞き取れるほど小さい声で呟いた。

「カツラ、ズレてますよ」

 教頭ははっとした顔で頭に手をやると、いそいそとマジメに道を譲って立ち去っていった。

 教頭の毛根が弱く、常にカツラをつけていることは周知の事実なのだが、それに気づかないのは本人だけで、未だバレていないと思っているらしい。

 そりゃ、教頭に真正面からカツラですよね、なんて言える人間は校長くらいしかいないだろう。しかもその校長もカツラだ。

 それをあっさりと覆したアヤはなんてことのないような顔でマジメの背中に戻っていった。

 気を取り直して進むことにしたが、多少脱力した感覚は否めない。

 それでも生徒の壁をマジメがぶち破り、教師のハードルをアヤが蹴飛ばし、二人はようやく最前列一歩手前というところまできた。

 ここが一番の激戦区で、前は道を譲るまいとする会計待ちの獣、後ろは噛みついてでも前に出ようとする飢えた獣で挟まれていた。

 その激しさはほんの少し前の、教頭と会った場所とは比べものにならないほどで、集中して踏ん張らなければ弾き飛ばされてしまう苛烈さであった。

 今まで順調に進んでいた分、余計に焦りも生まれてしまうのだが、ちらりと振り返ってみれば、アヤはマジメの背中に抱きついたまま急に振り返ったマジメに首を傾げていた。もちろん在庫がなくなる不安はあるだろうが、それを表に出さないアヤにマジメの心は落ち着いていく。

 そうだ、せっかくここまで来たんだ。ここで焦って全部を台無しにするわけにはいかない。

 マジメたちの背後から割り込もうとする生徒を振り払い、マジメはいよいよ最前列に手をかけた。

 いつものように、肩を前列の隙間に割り込ませて前に進もうとしたマジメは、不意に突き飛ばされた。

 いや、突き飛ばされた、というよりも押し込まれたといった方が正しい。

 焦れた後ろの生徒が彼らを突き飛ばしたらしく、マジメは不意の強い衝撃に耐えることが出来ず、バランスを崩して前方に倒れ込んだ。

 だが、マジメもただ倒れるわけにはいかないのである。がむしゃらに手を伸ばしたマジメは、何か硬質なものに触れた。それを支えにして前に倒れた体を立ち直らせると、見慣れぬ中年女性の顔が見えた。

 あれ? とマジメが首を傾げるよりも早く、アヤが挙手しながら叫んだ。

「イチゴオレンジブルーベリージャム入りハチミツクリームメロンパン二つください!」

「はいよ」

 こうして、二人の戦いはよくわからない間に終わっていたのである。

 目的のものを手に入れた以上、この熱気に包まれた場所に用はなく、二人はメロンパンが潰れてしまわないように守りながら購買を出た。

 廊下に出てすぐの壁にもたれたマジメは疲労の色が濃く、そのまま座り込んでしまうのを辛うじて耐えている、という風体であった。

 それにしても、何故あっさりと最前列に行けたのか、とマジメは疑問に思った。

「ん? ああ、簡単なことだよ。釘を突き立てて金鎚で叩くと釘は打ち込まれるだろう? それと同じさ。ハジメくんが釘で、金鎚が親切(あせった)な生徒」

 だからあんなに簡単に、と納得したマジメは大きく息を吐いた。丸一日分の疲れが一気にきたような、そんな感覚だ。少なくとも、二度と体験したくない。

 肩を揉みほぐすマジメの目の前に、突然白い物体が突きつけられた。よく見ればそれは二人で獲得した戦利品で、焼きたての甘い香りが漂ってきた。

「さ、せっかくだから今日は一緒に食べよう。教室に戻ってお弁当を取ってこなくちゃね」

「あれ、お前弁当忘れたんじゃ」

 彼女の口から直接聞いたわけではないが、購買に行くということはてっきり昼食を忘れたのだとマジメは思っていた。

 きょとんとした顔でマジメを見たアヤは違う違うとメロンパンの入ったビニール袋を振った。

「お弁当はちゃんと持ってきてあるよ。これはデザートさ」

 確かに弁当を忘れたとは一言もいっていないが、マジメはお腹を空かせた友人のために体を張った、という意識だった。なんともやるせない気分になったマジメは微妙に口を尖らせながらメロンパンを受け取るのだった。



◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「ああ、今日は先約があるんだよ。……それに、キミたちは私が悩んでいたときに声をかけてくれなかったしね」

 どこかいじけたようにこぼしたアヤは、謝罪する自らの友人たちを振り切ってマジメの元に戻ってきた。

 というのも、弁当を取りに教室へ戻ったことが発端であった。

 アヤの友人たちは、購買からアヤが戻ってくるのを待っていたらしく、弁当を取りに戻ったアヤを取り囲んだ。

 教室の外からそれを眺めていたマジメは、別段気にすることもないかと傍観していた。特に険悪な雰囲気でもなかったし、友人(アヤ)の友人といってもその繋がりは存在していない。そのため、争いが起きない限り介入するつもりはなかった。

 彼女たちが揃って弁当を持っているところを見る限り、アヤを待っていたのだろうが、肝心のアヤは友人たちに囲まれながらも、マジメがやったように彼女たちの隙間をするりと抜け自分の席まで歩いた。その間、友人たちは絶えず話しかけていたのだが、そのすべてアヤは無視していた。

 社交的なアヤにしては珍しい態度だ。意外そうにマジメが眺める先で、アヤに無視された友人たちは互いに顔を見合わせて慌て出した。

 友人のいないマジメでも、彼女たちの気持ちは多少わかる。愛想も良く、仲良くしていた友人に突然そんな態度を取られたら誰だってそうなるはずだ。だがマジメはアヤがあんな風に厳しい態度を取る理由が少しだけわかっていた。実際に、彼女が愚痴っていたではないか。

「何故か友人たちが話しかけてくれない」

 確かにそう言っていたのを思い出した。

 要するに、アヤはすねているのだろう。なんとも子供っぽい奴だ、と思いながらも、アヤの友人を名乗る割には薄情だな、とも思う。

 そうして友人たちを無視し、弁当を取ってくるとアヤは足早に教室から出た。

「いいのか?」

 まるで見捨てられた子犬のように悲しそうな目で友人たちはアヤを見ていたが、当の本人はまったく気にしていない様子である。

「ああ、いいんだよ。仮にも私の友人を名乗るのだから、打算的な関係はいらないよ。それに助け合うのが友人というものではないかな。私が助けてばかりだと割に合わないし、お灸も据えてやらないと」

「常磐がいいなら俺は何も言わないよ」

 結局、口を挟むような関係でもないわけだし。

「さ、行こうか」

 どこで食べようか? 等と会話をしながら先に歩いたアヤを追いかけていく。

 喧騒が広がる廊下を進み、二人は並んで階段を下りた。

 二人の手には弁当が入った袋を持っており、誰の目から見ても一緒に昼食をとることは明白であった。とはいえ、彼らがどんな関係か、までは流石にわかるまい。そんなときだった。

「んなっ……! き、キミたちはそんな関係だったのか!?」

 いつぞやの白衣の男が、二人の背後で目を見開いていた。

 勘違い全開である。


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