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 涼を空港まで車で送った園山は、手荷物検査場のゲート前まで見送りについてきていた。


 ドライな性格の園山にしては珍しくずっとついてくるな、と涼は思っていた。


 車に乗っている間、はじめはいつものように軽口を叩き合っていたけれど、気づけばお互い黙りこんでいた。


 かなり急ぎだったにもかかわらず、北海道に帰る飛行機は「餞別だ」と園山が用意してくれた。


 チェックインを終え、そろそろゲートの向こうにいかなくてはならない、という時。


 園山が、「なぁ」と重い口を開いた。


 ゲートに足を進めていた涼が振り返る。


「……お前は、これで良かったか?」


 いつものパンツスーツに羽織った、ロングコートのポケットに両手をつっこんだ園山が尋ねる。眼鏡のレンズの奥の目は、まっすぐ涼を見ている。


「結果的に、お前につらい思いをさせたんじゃないかって、反省してたんだ。この学園に、こんな形で呼んだのは、あたしだからな……」


 いつも我が道を行く園山が、そんなことを気にしていたなんて。涼は目を見張る。


 でも涼はすぐに、ふっと表情を崩した。


「そんなこと考えてたのかよ」


 涼は口元をほほえませ、はっきりと言った。


「俺はこの学園に来られてよかったと思ってるよ。ありがとう、みこと姉ちゃん」


 その呼び方は、杉浦学園に来てからの、担任と生徒としてのそれではなく。


 故郷での、いとこのお姉ちゃんと弟としてのそれだった。


「戻ってきた時は、また出迎えよろしくな」


 そう言って、自分とよく似た顔でよく似た風に笑う涼を見て、園山は、いつまでも子どもだと思っていた彼の成長を、強く感じた。


 何となく腹が立ったのでとりあえず一発だけ彼の頭を殴って、「とっとと行け!」と送り出した。












 涼が北海道の空港についた時。故郷の豪雪っぷりをすっかり忘れていたな、と思わされた。窓の外が一面真っ白。たぶん建物があるんだろうけれど、なんとなくしか分からない。


 吹き付けるような横殴りの雪。飛行機がよく着陸できたなと思う。


 到着ロビーに出て、辺りを見回す。三年ぶりに降り立った空港。ふるさと。


 目を慣らすようにしながら、迎えにきてくれているはずの人物を探す。


 その時。


「涼」


 自分の名を呼ぶ声に、振り返る。


「父さん……」


 そこに居たのは、涼の父だった。


 文化祭の時に会った母はともかく、涼が父親と再会するのは、この空港で見送られて別れて以来、実に三年ぶりだった。


 懐かしい父の姿。おしゃべりが苦手で、電話でもほとんど話すことはなかった。


 職人のような無骨さがあり、言葉の少ない、男らしい男。


 でも、そんな父から一番はじめに出た言葉は。


「おかえり。よく頑張ったな」


 懐かしいその声は、涼を決して責めようとはしない。一気に子供時代に戻ったかのような感覚がする、優しい声だった。


「……ただいま」


 返事をする声が、意図せず涙腺の震えを伴う。


 本当は、この時期に帰ってくる予定ではなかった。何かがあったということは、きっと園山から聞いているのだろう。


「父さん、ごめん……。俺……」


 説明しようとする言葉がつかえて止まる。これ以上話したら、なぜか涙がこぼれてしまそうで。


 無理しなくていい、とでも言うように、涼の父はその太い腕から伸びる大きな掌で、涼の頭をポンポンとたたく。


 久しぶりに見る父の顔。記憶の中の、強くて優しい父のまま。


 でも、並んで駐車場に歩き出したとき。父親が少しだけ小さくなったように感じた。


 窓ガラスに映る自分たちを見て涼は理解した。


(俺が、デカくなったのか……)






 父親の運転する車で実家に向う。空港から二時間以上はかかる。


 ただひたすらまっすぐに、真っ白い世界を切り進む。


 三年ぶりの景色。


 しかし、それらを楽しく眺める気分には到底なれなかった。


 ここを離れる時は、泣き出してしまわないように口を真一文字に結んでいた。泣いたらもう、出発できないと思った。流れていく景色を、絶対に忘れるものかと目に焼き付けようとしていた。早く三年間が終わり、すぐここに戻ってきたいと思っていた。


 予定より早く帰ってきた自分は、ここに戻れた事実に歓喜してはいない。


 ドアに肘をつき、どこを見るでもなく車に揺られていた。


「体調はどうだ」


 運転をする父親が、端的に問いかける。


 二人の見つめる先に車は一台もない、ただ広く、先の見えない道。


「元気だよ。あっちにいる間も、ほとんど体調崩したりしなかった」


 涼が返事をすると、少し間が空いた。


 どうして早く帰ってきたのか、その詳細を園山あたりから少しは聞いているのかもしれない。でも、自分の口からもちゃんと話さなければならない。


 どう切り出そうか、長いこと迷っていると。


「……母さんとみことちゃんから、少しは話を聞いてる。でも、涼。自分の口で話せるな?」


 父が助け舟をだしてくれた。 


 自分ではどれだけ一人前になっているつもりでも、やはり父の前では子どもでしかないんだな、と感じる。でも、それはけして悔しい意味でだけでじゃなくて、嬉しく思う気持ちもあった。


 涼はうなずいて、真剣に話す。


「父さん。俺は自分から早期退学を申し出たんだ。それは、あのまま学園にいたら得られないものがあったから。父さんや母さんにかける迷惑を分かってたつもりだけど、それは譲れなかったんだ。本当に、ごめん」


 そして、一番大事なことを告げる。


「俺は、絶対に学園に戻る。今度はちゃんと、男子生徒として。待たせてるやつがいるんだ」


 父がどういう反応を返すのか予想がつかなくて、涼は緊張して待つ。


 すると。


「女の子か?」


「……へ?」


 硬派な自分の父の口から飛び出すとは思えなかった単語に、涼は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「同室だった女の子か? お前のことを待ってるやつって」


「な、どうしてそれを……」


 目を白黒させる勢いで動揺している涼に、父は淡々と事実を話す。


「母さんが言ってた。文化祭の時に、ずっと涼の隣に女の子がいたって」


 どうしてそんなことばかり伝達してしまうかな、と涼は自分の母のおしゃべりっぷりを恨む。


「……それじゃあ、頑張らなきゃな」


 こんな話を聞いて、きっと迷惑だってかかったと思うのに、背中を押してくれる父。涼は、心の底からありがたいと思う。


「ああ。頑張る。自分の努力次第で手に入る可能性のあるものなんて、なんてたやすいんだと思うぜ」


 本当は不安だけれど、強がるようにそう言い放ってみる。


 窓の外は雪の勢いを増している。涼の父は淡々と車を進めているが、雪道に慣れた者でなければとても運転などできない状況だ。


 涼は思う。


 ここは、麻穂がいるところからどのくらい離れてるんだろう。


 午前に抱きしめていたはずの人から、たった半日で、何千キロ離れたんだろう。


(やっぱ、遠いな……)


 気持ちが繋がっていると分かっていても。電話やメールがあっても。


 それなのに何故なんだろう。


 こんなに、バカみたいに会いたいと思うのは。

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