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 ひとしきり会話した後。涼が窓からさっさと帰っていこうとすると、僕も久々に夜歩きしたいから、と祐真が勝手についてきた。


 ドアの鍵をかけ、寝ているように見えるよう電気を落とし、無断外出用に部屋に隠し持っているスニーカーを手際よく引っ張り出す。


 まるで誰かのように用意周到だな、と涼は苦笑するしかない。


 傍から見ると、夜道を二人きりで歩く私服姿の男の子と制服姿の女の子。


 涼のすらりと高い身長に長い髪は、後姿からでも美人を思わせる。祐真の見た目の整い方は、学年中の女子の支持を得ている、と言うだけで十分だろう。


 まるで青春を思わせるようなワンシーン。


 だが、ここで歩いているのは、実際は“男二人”だ。


 しかし、そんなことを誰が想像するだろうか。


 そして。そんなことを思いもしなかった連中が、二人の前に現れる。


「ちょっとお二人さん、夜道で何イチャついちゃってんの?」


 絵にかいたような、夜道を練り歩く不良。


 祐真と涼は同時に「はぁー」と深いため息をついた。“面倒くさい”からである。


「高時、お前の知り合い? ロクな知り合いがいねえな。」


 パキパキと手の関節を鳴らす涼の視線の先には、いつか彼が返り討ちにした奴の姿があった。


 涼に言われるまでもなくその存在に気づいていた祐真は、冷たいほほえみを浮かべた。


 わざとらしい口調で涼に言う。


「片岡さん、『女の子』は逃げた方がいいんじゃないかな。こういう荒っぽいのは『男の子』の仕事だからさ」


 ふざけている祐真に、涼は鼻で笑ってみせた。


「ハッ、冗談」


 祐真の隣に立ったまま、涼は不良たちと対峙した。


「高時……俺たちのメンツを潰したお前だけは、絶対に許さない」


「え? 僕がいつ、君たちの何を潰したって?」


 まるで心当たりがないというような演技をして、祐真が相手を挑発する。


 そして涼も、威勢のいい声を上げる。


「おいてめえら、俺のことを忘れたのか?」


「……お前は、あの時の!」


「次に会ったらあんなもんじゃ済まさねえって、言ったよな?」


 長い髪を邪魔そうに後ろにやって、涼はにやりと笑った。


「二度と僕の前に姿を現すな」


 祐真がボソッとそう言ったのが、合図だった。








 結果として勝ったのはもちろん涼と祐真だったのだが、この話には後日談がある。


 翌日、英語教官室にて。


「よりによって住宅街で喧嘩すんなこのウルトラバカどもがァ!!」


 英語科教師であり、涼たちの担任である園山から、どえらい説教を食らうはめになっていた。


 実はあの後学校に、夜に喧嘩をしている生徒たちがいると苦情が入ったらしいのだ。なぜ杉浦の生徒だと思われたかというと、言わずもがな、制服姿の涼がいたからである。


 電話をしてきた人も、「遠目からだったから自信はないんですけれど、お宅の“女子”制服に見えたんですよね……まさかと思うんですけど……」と、戸惑っていた。


 校風から、杉浦学園は基本的には素行の良い女子生徒ばかりだ。まさか夜道で喧嘩するような女の子などいるわけない。朝の職員朝礼でその旨を報告した教師も首をかしげていた。


 ただ、そこで一人ピンときていたのは園山である。どこのバカが、女子制服姿でバカをやらかしたのか、すぐに分かった。


 園山から直接、氷の笑顔で内密の呼び出しを食らった涼が、「待て待て、共犯がいる!」と、身の危険を察して差し出したのが高時だった。


「高時ィ! あんたは生徒会長だろう。あたししか気づいてないからまだ良かったものの、会長が暴力沙汰はだめだって。んで、アホ片岡! お前はどーしてこんな短期間に二回も喧嘩するんだ!」


 こんな風にして誰かと怒られるなんて新鮮だな、と心の中で冷静に思いながらも、表面上は反省しているような深刻な顔をして見せている祐真。


 隣に立つ涼は、なぜ自分にだけ「アホ」がつくのか不満げな表情で口をとがらせる。


「相手もこっちも大した怪我してないんだからいいだろ。つーか正当防衛だし」


 反省の色のない涼に、園山が拳を握ってアピールする。


「お前、今からそれ以上の怪我させてやろうか」


 涼は「スミマセンデシタ」と、とりあえず口だけは謝る。


「ったく。んで、何で二人して、門限も過ぎたあんな時間に外をほっつき歩いてたのよ?」


「言えません」


「言うかバカ担任」


 二人が答えたその瞬間、涼の頭の上にだけ食らわされる鉄拳。


 頭を抱えてうめき声を上げる涼。


「うぉぉ……。ぼ、暴力教師……」


 園山はあくまで冷静に、淡々と正当性を主張する。


「違うから。これは教師としての鉄拳制裁じゃないから。いとこのお姉さんとしてのやつだからセーフ」


 「いてえ……」と涙目で頭をさする涼。


 そんな二人のやりとりを横目に、昨日の喧嘩なんかよりもよっぽど激しいじゃないか、と祐真も内心で思っていた。


 と、園山が少し目を離したその時。


「……逃げるぞ高時」


 頭をさすっていたはずの涼がサッと動きだし、英語教官室から飛び出す。「別に自分は逃げる必要なんて無いのでは?」と思っていた祐真も、せっかく誘われたのでここはついていくことに。


 こんな体験はじめてだな、と何度も心の中で思いながら。


 園山が「あっ!」と気づいた時には、開け放たれたドアが見えるばかり。


 園山はため息をつくしかない。


「ったく……。あいつら、いつからあんな仲良くなったんだァ?」


 涼にとても近い存在の園山も、首をかしげるばかりである。










 新学期がはじまって、すぐ。


 日曜のお休みを利用して、麻穂は杉浦学園に転入してから初めて実家に帰った。


 帰ったと言っても、泊まるわけでなく日帰りなのだけれど。


 自分のために、涼のために。麻穂はあることを決意していた。


 緊張しながら家のチャイムを鳴らす。


 待ちきれなかったかのように迎えてくれた、久々に会う父と母。


 麻穂は笑顔を見せた。


「ただいま。お父さんお母さん、久しぶり。あのね、ちょっと大事なお話があるの――」


 迷惑かどうかは相手が決める。それに、大切な人の真剣な話を聞くことは迷惑なんかじゃないと、雪乃が教えてくれた。


 たどたどしくてもいいから、自分の思っていることを伝える努力をしようと思う。


 麻穂は初めて、父と母に婚約に関しての自分の胸の内を明かした。


 祖父が決めた婚約話。


 学園に転入して、相手の男の子に会って、ちゃんと話もした上で、お断りしたいということ。


 向こうもそれに合意してくれているということ。


 自分の家が普通の家とは少し違うことも、両親は同じく婚約の末に結婚していることも分かっている。


 それでも自分は両親とは違う道を歩きたいということ。


 


 全ての思いを両親に伝えた麻穂は、思いもよらないことを知ることになる。

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