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 その日、涼は一人で街中にいた。


 新しい年に向けて色めく街は、つい最近だったはずのクリスマスの時とすっかり装いを変えている。


 女の姿をあまり人目に晒したくないと、自分からは滅多に外出しない涼。


 そんな彼が今日、珍しく女子制服姿で駅前を訪れていたのには理由がある。


(結局、何を買うか決められないまま来ちまったな……)


 麻穂からもらったクリスマスプレゼントのお返しを買うためにやってきたのだ。


 祐真に言われたから、というわけではけして無い。彼に言われる前から、クリスマスにもらったプレゼントのお返しをしたいとは涼も考えていた。


 彼女にはプレゼントを買いに行くことを悟られないよう、所用で学校に行ってくると言ってある。


 本当なら、お返しという形でなく、クリスマスにお互いプレゼントを渡し合うというのが一番スマートな形だったのだろう。


 しかし涼は、これまでそういったことなど経験したことも、想像したことすらない。


 男女がクリスマスに出かけるときは何かを用意してくる可能性がある、とか、贈り物をあげたら喜ぶ、だなんてこれまでの人生で考えたこともなかった。


 麻穂がくれたシルバーのイヤーカフを、制服のポケットにつっこんだ手の中でもてあそぶ。


 クールで男らしいそのデザインは、ロングヘアにスカート姿の今の涼がつけたなら浮いてしまうだろう。


 耳にはつけられないけれど、なんとなく身に着けておきたくて、制服のポケットにいつも入れてある。


 麻穂が選んでくれたこれは、どう見ても男の姿の自分のことを考えて選んでくれたものだろう。


 涼はそれが嬉しかった。


 長い髪に女子の格好をしていても、麻穂は自分の本当の姿としての自分をちゃんと分かってくれている。見てくれている。


 そして、あくまで祐真から言われただけの話だが、麻穂は自分のことを好いてくれているかもしれないらしい。


 祐真の言ったことを鵜呑みにするつもりはないが、あの状況の彼がまったくの嘘をつく訳は無いともいとも思っている。


 涼は、麻穂に対する自分の特別な気持ちを自覚している。


 たくさんいる友達の一人や、ルームメイトとしてでなく、たった一人の特別な異性としてそばに居たいと思っている。彼女と一緒にいるとわけもなく楽しいし、安心する。何か出来事があったとき、一番に話したいと思う。自分でも知らない自分の一面が垣間見られたりもする。彼女のことは見た目だけでなく内面もとてもかわいらしいと思うし、何かあれば近くにいて助けてやりたいと思う。


 でも。


 それらがとても難しい願いだというのは、よく分かっている。


 中等部が終われば男に戻り、故郷の北海道に帰る。


 理事長から女子の格好をして密偵をする依頼をされているのは中等部まで。


 もし万が一、高等部までの依頼だったとしても、これからはとても見た目をごまかしきれそうにない。


 今だってかなり苦労しているのだ。女子らしからぬ首筋を隠すためにどんな猛暑でも体育でも滅多に髪をまとめないし、腕なども必要以上に露出しないようにしている。最近では意識しないと低い声が出てしまうので、人前では高めに喋るように意識している。


 それに今は学費や寮費などすべてを学校側が負担してくれているが、これがもしすべて自分の負担だとしたら。涼の実家の経済力ではとてもできるわけがない。


 そんな、もうここから居なくなることが確定している自分の気持ちを麻穂に告げたら、きっとこれからの麻穂の負担になる。


 それに麻穂は、仮にも婚約者が決められているような家なのだ。この先麻穂に何があるかなんて分からない。


 麻穂のこれからのことを思うからこそ、涼は自分の気持ちに良い意味で蓋をすることに決めた。


 もちろん、彼女を好きな気持ちに嘘はつかない。諦めない。好きだという気持ちを曲げることはできないと、これまでのことで思い知らされた。


 でも、彼女には言わない。


 中等部が終わったら、切なくても、寂しくても、二人笑って別れられるように。


 二人の道が別れた後のことなど、何も不安に思わなくて済むように。


 麻穂が高等部に進んだら、きっと良い出会いもたくさんあって、二度と会えなくなるであろう自分への思いなど薄れていくだろう。


 彼女が一歩新しい道を踏み出せて、自分の胸だけが痛むならそれでいい。


 だけど。


 自分が麻穂のそばにいたという思い出を一つくらい残してもいいだろう、とは思っていた。


 基本的に写真の類はすべて断っているし、卒業アルバムや文集に自分の写真や文章は載らない。卒業生名簿にも入らない。架空の女子生徒として、記録上は居なかったことにしなければならないからだ。


 杉浦学園から居なくなったことにされたあとも、麻穂には自分がそばにいたことを覚えていてほしい。


 そういう意味も込めて、涼は麻穂に最初で最後の贈り物をしようと考えていた。


 麻穂はぬいぐるみが好きだとずっと言っていたので、ぬいぐるみを買ってあげたらいいかなとも思ったが、店頭をながめてもあまりピンと来ない。


 先日、祐真のクラスメイトで彼女持ちの村木と話す機会があったので、恋人にどんなプレゼントをしたことがあるかさりげなく訊いてみたのだが。


「プレゼントってー、ドタキャンとかの埋め合わせする謝罪用~? それともサプライズしてポイント稼ぐ時用~?」


 というような、とても参考にならない選択をさせられそうになったので、そこで聞くのをやめておいた。


 悩みながら涼がぼんやりと歩いていると、ふと目に入ってきたものがあった。


 それは、向こうから楽しそうに歩いてくる女子高生たちの姿。杉浦学園高等部の制服を着ている。


 高等部では、今のブレザータイプのものとはまったく違う制服になる。男子はシンプルな黒の詰襟、女子は濃紺に赤いラインのセーラー。


 すれ違う杉浦の女子高生たちを横目に見ながら、涼は麻穂にあげたいものを思いついた。






 買い物を終えて、涼が寮に戻った時。


 玄関すぐのところにあるロビーで、女子たちがテレビを見ながらにぎやかに談笑していた。


 冬休みがはじまり、早速実家に帰る者たちが大半である一方で、部活動や学業の都合などでまだ数日は寮に留まる者もちらほらいる。


 ロビーのにぎわいは、にぎやか、というより、騒がしい、と言い表したほうがふさわしいだろう。


 顔ぶれを見てみると、どうやら自分の知っている者たちが中心にいる。寮にいる人数が少なくなったので、三年生の女子たちがクラスの垣根を越えてみんなで集まって喋っているようだ。


「じゃあ次は、三年でカッコイイと思う男の子のランキングしちゃお!」


「高時くん抜きでねっ」


「みんなが同じ答えじゃつまんないもんね」


「あはは、何言ってるの~」


 どうやらこの異常なテンションは、色恋の話をしているかららしい。


 涼は女子たちの間でこういう話が始まったとき、どうしていたらいいのか本気で分からない。いつも適当に流したり、その場を外したりする。


 だから、今回も気づかれないようにこっそり自室に戻るつもりだったのだが。


「あっ、涼!! 帰ったのね!」


 女子生徒の一人にすぐに見つけられて、輪の中に連行される。


 そして、ニヤニヤしながらこう言われた。


「ねえねえ、聞いてよ。吉瀬さんったら、『好きなタイプは?』っ訊いたら『涼みたいな人』だって言うのよ~」


 そこにはあわあわと彼女のセリフを止めようとして、両手をバタバタさせている真っ赤な顔の麻穂がいた。


「な……」


 涼は反射的に照れと狼狽が顔に浮かんだが、それは涼と麻穂が異性同士だと分かっている者だからこその反応なわけで。


 女子生徒たちは麻穂にぐいと迫る。


「吉瀬さん! たしかに涼は美人だし、中身はチョー男前だけど……レズはダメよ! もったいないわ! 吉瀬さん十分かわいいんだから!」


 苦笑いを浮かべ、胸の前でと手を振るしかない麻穂。


「女子寮で女の子ばかりに囲まれて暮らしてると分からなくなるかもしれないけど、男の子と恋愛するっていいものよ……」


 美しい星空を眺めるが如く、手を組んでうっとりそう言う女子生徒だが、彼女は彼氏がいたことはないらしい。想像で喋っているようだ。


 麻穂は困ったように、「あ、え、うん……はぁ……」と否定とも肯定ともつかない相槌をなんとか返している。


「涼も! たしかに涼をもらってくれるような変わった男の人はなかなかいないかもしれないけどね、でも同性に手を出しちゃダメよ。お互いのためにもね!」


 涼には言ってやりたいことが山ほどあったが、ぐっとそれらを飲み込んで、


「おう……」


 と、頬を引きつらせながらもかろうじて肯定の相づちをひねり出した。


 麻穂のほうを盗み見ると、同じく涼を横目に見ていた彼女と視線がかち合う。


 麻穂は涼に向けて、「冗談だからね」とでも言いたげな苦笑を必死で浮かべた。


 涼の脳裏に、あの日の祐真の言葉が頭をよぎる。


――『麻穂ちゃんも君が好きなんだよ。麻穂ちゃんは君が自分を恋愛対象として見てくれていないと思って、一途に心の中だけで想い続けているようだけどね』


 すべて分かった上でも、涼は彼女に弱くほほえみを返すことしか出来なかった。

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