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 祐真が一人で公園の門を抜ける。


 少し歩いたところで目の前に涼が現れても、彼は驚くことはなかった。「来ると思っていたよ」とばかりに、余裕のある表情だった。


 対する涼は、無表情のまま彼を睨みつけていた。


 睨んでるつもりはなかったのかもしれない。しかし元々目つきのきつい涼が本気になると、どうしてもそう思われてしまうのだ。


 何か話そうと口を開いた涼の言葉をさえぎって、祐真はわざとらしいまでの芝居じみた口調で喋りだした。


挿絵(By みてみん)


「あーあ。僕、ふられちゃったよ。初めての本気の恋だったのになぁ。この僕がふられたなんて、学校のみんなに話してもきっと信じてもらえないよね。麻穂ちゃん、ほかの女の子から恨まれちゃうかも」


 おかしげにすらすらと話してみせる祐真。


 彼の出方が分からず、涼は口を真一文字に結ぶ。


 そんな涼に、祐真はふいに悲しげに語りかけた。


「……でもね、僕がもし麻穂ちゃんだったら、僕は僕なんかを選ばないと思うんだ」


 そしてひと呼吸おいたあと、言葉を継ぐ。


「意思も希望もない、喜怒哀楽が乏しい、こんなにつまらない人間が何故いるんだろうね……。僕が、君だったらよかったのに」


 それを聞いて、対峙する涼はきっぱりと言い放つ。


「……俺は、どんな状況にあっても、俺じゃなかったら良かったとは思わない」


 男の一人称で話しかけてくる涼。


 祐真の目に力が入る。男として向き合ってくる彼に驚いた。


 涼は“自分が男である”と明言はしていない。

 しかしその本性を隠さない振る舞い、口調、態度から分かっていた。彼は今、男として向き合っていると。


「俺は、お前が変わった人間だなんて全く思わねえよ。俺は俺だし、お前はお前だ。感情が乏しい? 笑わせんな。麻穂が襲われそうになったあの日、寮であんなにうなだれてたじゃねえか。今だって、麻穂にフラれてそんなに打ちひしがれてる。麻穂が好きだっていう強い“意思”と、あいつが欲しいっていう“希望”に突き動かされてたじゃねえか。……俺から見たら、“お前も”普通の男だよ」


 涼はそう勢いよくまくしたてた。


 それを聞いた祐真は、しばらく彼と視線を交えた後、あろうことか突然「ぷっ」と吹き出して笑い出した。


「な、なっ、なんだよてめえっ! 人がせっかく、ちゃんと話してやってんのに!」


 祐真のまさかの反応に涼は顔をほのかに赤くして、指先を向けて非難する。


 それでも祐真は腹を抱えて、ひとしきり笑い切るまで収まらなかった。こんなに爆笑する祐真を、誰が見たことがあるだろう。


 「だからなんでそんなに笑うんだよ……俺、変なこと言ったか?」と、涼は困ったように後頭部を掻くしかない。


「はあ、おかしいなぁ」


「何が!」


 涼がつっこみを入れると、祐真はぐっと涼と距離を詰めた。びっくりして背筋を反らした涼に、祐真は語りかける。


「こーんなに男の子丸出しなのに、どうしてみんな君の正体に気がつかないんだろうね。それから、君が麻穂ちゃんのことが大好きだってこと、僕を含めたみーんなが気づいているのに、どうして麻穂ちゃんだけは君の気持ちに気づかないんだろうね」


 自分が麻穂のことを好きだという気持ち、その図星を突かれて思わず言葉が返せない涼。

 「う、うるせえよ」と恥ずかしそうに顔を歪めている。


「二人してウブで、不器用で、本当に見てられないよ。君の気持ちを麻穂ちゃんが気づいていないように、麻穂ちゃんの気持ちにも君は気づいてないよね?」


「……は?」


 祐真の言葉が理解出来ず、涼は顔をしかめる。


 呆れて大げさにため息をついてから、祐真は「しょうがないなあ」と丁寧に説明してやることにした。


「だから、麻穂ちゃんも君が好きなんだよ。麻穂ちゃんは君が自分を恋愛対象として見てくれていないと思って、一途に心の中だけで想い続けているようだけどね」


 祐真の言葉がスッと自分の中に入ってこず、涼はすぐには何の反応も出来なかった。


 文字通り固まってしまった彼を見て、祐真は肩をすくめるしかない。


「まったく……君は他のことへ洞察力は優れてるのに、恋愛偏差値が小学生以下だよねえ。嘘だと思うなら、彼女のもとに行って確かめてごらん」


 祐真はいたずらっ子のように笑ってみせる。


「麻穂ちゃんはきっと、君を見つけたとき、何より一番嬉しそうな笑顔を浮かべるよ」


 そう自信を持って言い切ったあと、すれ違いざまに涼の背中をぐいっと押して、祐真は男子寮の方へ去っていった。


 涼はその去りゆく背中にかける言葉もなかったし、追いかけることも呼び止めることもしなかった。


 祐真はこのあと、きっと生まれて初めての種類の涙を流すのだろうと、分かっていた。

 好きな人に想いを受け止めてもらえない悲しさに。好きな気持ちを封印し、風化させなくてはならない辛さに。


 街灯の光の届かない闇に消えていく祐真。涼はしばらくその姿を見送ったあと、公園へと足を踏み入れた。


 公園の門をすぎてすぐ、涼は麻穂を見つけることができた。彼女は寒空の下で、街灯に照らされて立っていた。


 麻穂は、現れたまさかの相手に目を丸くする。


「涼?! どうしてここに……」


 そう尋ねられて、涼は困ったように指先で頬を掻く。


 まさか「心配なので、寮からずっとつけてました。さっきのやりとりも全部聞いてました」などと本当のことを言うわけにはいかない。


「えーと……それは、麻穂を探してたらなんとなくだ!」


 自分でもバカだと思うくらい嘘丸出しの理由を、勢いだけで言い切る。我ながら頭の悪そうな言い訳だ、と内心自分に呆れていた。


 らしくない彼の振る舞いにぽかんと不思議そうにしている彼女の顔を見ると、頬に涙のあとが光っていた。


 「どうしたんだ?」とか、「何があった?」とか、知っていることを知らないふりしてわざと尋ねることもできた。


 でも今それをすることは、無粋のように思えた。


 涼は、

「帰ろう」

 と言って片方の口角をあげた。


 涼が微笑む時のいつもの癖。


 それを見つけて安心したのか、麻穂は「うん」と返事をして微笑んだ。


(“何より一番嬉しそうな笑顔”、か……)


 隣を歩く麻穂をちらりと横目でうかがい、祐真の言葉を思い出す。


 祐真の言葉を全て信じるわけではない。


 しかし彼女にふられ、それでもなお自分に残した言葉が悪意ある嘘だとは思えなかった。


 今までに見たことのなかった雰囲気の祐真。去り際に押された背中。きっと彼女のことを託されたのだと涼は思った。


(思ったとおり、高時は俺の正体に気づいてたんだな)


 やはり自分から正体を明かすことはできなかったが、二人きりで会話したあの時は、確かに男同士として向き合っていた。


 しかし不思議と、ヒヤリとするような気持ちはなかった。


 あの祐真のこと、彼の言うとおり本気になればいつだって正体を暴けただろう。それでも今までそれをしてこなかった。


 そしてこれからも、麻穂にふられた逆恨みや腹いせでそんなことをしてくるような下衆な男ではないと、不本意ながら涼にはよく分かっていた。


 月の明るい夜道を二人で歩きながら、涼は不思議な気持ちを感じていた。


 麻穂がもしかしたら自分のことが好きなのかもしれないということを知れたと、バカ正直に単純に喜ぶような嬉しさはない。


 祐真に正体がバレただとか、彼の前で男として振舞ってしまったというあせりもない。


 かといってニュートラルな気持ちではない。ふわふわと無重力の中を歩いているような、重くも軽くもない気持ち。


 いつもより無口な自分を、時折麻穂が心配そうに見上げてくる。


 そんな彼女を見つめ返し、できる限り優しく笑いかける。彼女への気持ちを微笑みに乗せるように。


 彼に穏やかな表情を向けられて麻穂は恥ずかしくなってしまい、思わず足を止めてしまう。


 でも彼から目を逸らすことは、彼の優しい笑顔と気持ちを受け止めないことのように思えた。


 麻穂ははにかんだまま頑張って笑ってみせる。


「あの……いつも私を迎えに来てくれて、ありがとう」


 小さな花が開くような、可愛らしい笑顔。


 彼女にこう言われたら、どう返したら自分の気持ちが伝わるのだろうと涼は考えた。


 涼の恋愛偏差値が小学生以下であるとこき下ろしてきた祐真だったら、なんというか。


(高時の野郎だったらきっと……「どういたしまして、僕のお姫様」とか言うよな……)


 自分でそう考えておきながら、全身に鳥肌が立つのを感じた。


(き、気持ちわりぃ……! なしなし、俺は俺の言葉で行く!)


 涼は意を決して言葉を発した。


「当たり前だろ。どこに居ても、俺はお前を迎えにいくぜ」


 涼の言葉に、麻穂はぱちくりとまばたきをした。


 彼らしくない、少し気取ったような、くさい台詞。まるで祐真がうつったかのようだった。


 慣れない言葉に「俺、外したか?」と心の中で冷や汗をかいている涼。


 麻穂は「ぷっ」と嬉しそうに笑い出した。


「な、なんで笑うんだよ!」


 あははは、と声を上げて笑う麻穂が先に歩いて行ってしまう。


 幸せそうに笑う麻穂を、涼は追いかける。


 自分の真剣な発言のあとに大笑いされるのは、本日二回目だった。


 彼女との距離が確かに近づいていくのを感じる。涼は胸が高鳴るのを感じていた。

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