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 放課後になっても勢いを失わない涼の大活躍の話題は、一組と二組だけでなく、他クラスにも伝播していた。

 おかげで色んな人が教室に涼を見に来る騒ぎだった。


「あの人が噂の片岡さんよ。いやーん、美人さん。スタイルいいー」


「アイツが男子バスケ部の部長を負かしたって女か……只者じゃないな」


「片岡さん! 是非、高等部からは我が女子バスケ部に!」


 すっかり精神的に疲れきった涼は、自分の机に突っ伏していた。


「人がいなくなってから帰るべきなのか、とっとと帰るべきなのか、それが問題だ……」


 涼がため息まじりに、ハムレットのような悩みを口にしている。

 するとそこにまたクラスの男子生徒が呼びかけた。


「片岡ぁ。また人が呼んでるよ」


「いないって言ってくれ」


「いや、お前がこてんぱんにのした一組のバスケ部の部長がきてる」


「は?」


 涼が立ち上がって教室の入口を見ると、確かにその男子生徒が立っていた。

 涼より高い、高すぎるといっていい身長。制服を着ていてもバスケをしているスポーツマン体形であるのが分かる。


 廊下へ出ていく涼を追って、麻穂もあとに続いた。

 話題の決戦のリーダー二人が再び顔を合わせたということで、教室もにわかにざわめき立つ。みんなも野次馬でぞろぞろとついていく結果になる。


 男子生徒は「昼間に一組代表で試合に出た、男子バスケ部部長の広瀬だ」と名乗った。


「片岡さん、今日の試合はすごくためになった。俺は少し天狗になっていたところがあると思う。それに気づかせてくれたことに感謝を伝えたいんだ」


 涼は「お、おう」と返答に困っているようだった。


「片岡さんは『女』だけど、こんなデカい男の俺相手でも臆することなく試合に挑んでいた。そして『女』だというのにキャプテンを務め、優れたリーダーシップでチームを引っ張っていた。『女』とは思えない体力、跳躍力、反射神経。素晴らしい身体能力だ」


 広瀬に女、女と連呼され、うしろにいる麻穂が笑いをこらえているのを涼は背中で感じていた。


「そりゃどうも……」


 相変わらず返事に困る涼は、後頭部を掻きつつ曖昧に答える。


「試合が終わってからずっと片岡さんのことが頭から離れなかったんだ。俺が敗北したことだけじゃない。強気で、気高くて、美しくて、すらりと整ったたたずまい。俺は片岡さんが気になって仕方ない。こんな気持ちになったのは初めてだったんだ」


 正体を知る麻穂とその言葉を目の前で言われている涼が、同時に青ざめた瞬間だった。


「片岡さんが好きだ。付き合ってほしい」


 広瀬は涼を抱き寄せた。

 思考停止した涼が、再起動して彼を突き飛ばすのに時間がかかった。

 麻穂はびっくりしすぎて本日二度目の目が点状態だった。

 そしてその間に廊下中にみんなの悲鳴、歓声、絶叫。興奮から様々な感情が飛び交う。


「うっわあああああ! 広瀬! てめえ、な、何するんだ!」


 涼が彼を振りほどくのに手間取ったのは、何も思考が停止してしまったからだけではない。本当に彼の力が強かったのだ。


「いきなりごめん」


 ごめんじゃねえよ、と全身鳥肌まみれの涼が内心で悲鳴をあげる。

 うしろの麻穂は相変わらず目が点のままフリーズしている。


「ちゃんと話したことない片岡さんに、俺の本気を分かってもらうにはどうしたらいいか悩んで……。俺、今まで女子に告白なんてしたことないから」


 絶句して返事をする言葉も見つからない涼。

 広瀬はというと少し恥ずかしそうにしているものの、自分の気持ちを伝えようと真摯な態度で涼の目を見つめていた。どこまでも純朴な男だった。


「どうしたのみんな、こんなに盛り上がって?」


 一組二組だけの大騒ぎにとどまらず三年の廊下全体にほとばしる衝撃に、三組からあの生徒が現れた。


挿絵(By みてみん)


「麻穂ちゃん、これはなんの騒ぎ?」


「高時くん……」


 麻穂の肩を叩いたのは祐真だった。テスト勉強期間で生徒会活動が停止しているためまっすぐ帰路につこうとしていた彼も、騒ぎを聞きつけて廊下に出てきたのだ。


「実は、あの、その、えっと……」


 尋ねられたので説明しようとするも、自分の中でも整理がついていない事柄を説明できるほど麻穂は達者ではない。


「ふふ、全然わからない」


 祐真がその様子を楽しそうに眺めていると、誰かがぽそっとつぶやいた。


「あれ……? 涼って高時くんのこと好きなんじゃなかったっけ? その逆で高時くんが涼を好きなんだっけ? 確か二人って付き合ってたんだっけ?」


 そこからまた一気に話題が広がる。

 麻穂が転入してすぐの頃。麻穂への態度に激怒した涼が祐真を呼び出したせいで、涼が祐真を好きなのではという話題が広がったことがあった。それは女子寮の食堂のおばちゃんたちまでが知ることとなった大規模な噂。そして祐真が更にあることないことデマを言うものだからなかなか収拾が付かず、最近になってようやく忘れ去られてきたというのに。


「あぁ。僕、なんとなく流れが読めたかもしれない」


 麻穂の説明を待つより早く、周りの反応と広瀬の視線から全てを察知した祐真。流石に勘が鋭い。

 祐真も巻き込んだ妙な三角関係を、観衆たちが見守っている。


「生徒会長兼、男子寮寮長、三年三組の高時祐真か。あんたも片岡さんが好きなのか?」


 広瀬が真剣な眼差しで祐真に尋ねた。

 祐真は返事をする前にちらりと麻穂を見た。「僕はどうしたらいいかな?」と聞くような視線だった。

 麻穂は口をパクパクさせて「涼を助けて!」と伝える。


 いずれも、次に繰り出されかねない広瀬の抱擁攻撃に備え、二人に背を向けている涼には見えていないことだった。

 麻穂の懇願するような眼差しに祐真が応えないわけがなかった。


「うーん、そう簡単に片岡さんを広瀬くんに渡すわけにはいかないなぁ」


「は?!」


 そこでようやく振り返った涼。


「わかった。何において負かしたら、片岡さんを渡してくれるんだ」


「渡すとか渡さないとかじゃねえだろ! おい高時!」


 祐真につかみかかりかねない勢いの涼を麻穂が全身で止めにかかる。


「落ち着いて涼!」


「落ち着いてられるか!」


 麻穂相手に本気で振りほどけない涼を横目に祐真は話を進める。


「何であっても負ける気はしないから、君の得意なもので構わないよ」


 わざと相手を挑発するようなその台詞は恐らく祐真の本音だろう。しかし相手は馬鹿にされたように感じるに違いない。


「おい、当人を部外者にして話を進めんな! 渡すとか渡さないとか、気色悪い話をしてんじゃねえよ! 対決すんならあたしも混ぜろ、二人ともぶっ倒してやる!」


 更にギャアギャアわめく涼を横目に、二人は話を進める。


「確か君はずっと生徒会……ということは三年間運動部所属経験なし。しかしテストだけは毎回圧倒的な点差で学年トップだったな。でも、勉強対決なんてしみったれたテーマにはしないぞ。それでもいいのか?」


「勉強しかできない奴だと思われていたのなら心外だなぁ。君の得意なもので構わないよって、言ったよね」


 二人が静かに火花を散らす。


「明日、柔道場に来い。逃げるなよ」


 広瀬がそう言うと、祐真は「まさか」と余裕の笑みで応えた。

 気に食わないのかむすっとした広瀬、いつもの調子でいる祐真、自分ことだというのに話を聞いてもらえない涼。


 三人のありえない三角関係は、半日のうちに学年中が知るところとなった。

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