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 このシーンの舞台の切り替えはかなり大掛かりだったが、それ以上に麻穂の着替えが大変だった。


 広いダンスフロアでベルと野獣が二人きりでダンスをするシーン。今までの寂しい衣装から一変、一国の王女と見まごうような豪華なドレスを身にまとう。そしてそれに合わせて髪型もアップにする。


 ドレスは今までの衣装の上からそのまま着られるように、衣装製作班が改造してくれていた。髪型は暗闇の中、10秒もかからずヘアメイク担当の生徒がアレンジしてくれた。


 麻穂は彼女たちに「ありがとう」と早口で告げると、再び舞台に出る。


 舞台上で麻穂の登場を待つ、野獣役の涼。彼の服も少しではあるが華やかに変化していた。


 男役である涼が彼女をエスコートする形でダンスは始まったが、実際はダンス経験者の麻穂の方が技術は上である。練習の際も、周りに分からないようにではあるが、何度も麻穂に動きを修正されていた。


 音楽は明るく楽しげな曲から、だんだんと雰囲気のあるものへ。


 本番に至るまでに何度も練習した二人。麻穂が特に気をつけなくても、涼とのダンスは十分見られるものになっていた。彼は本当に何をやらせても飲み込みが早かった。



『しかし二人がお互いの気持ちを確かめ合う前に、野獣の持つ魔法の手鏡によってベルは自分の父親が入院中であることを知りました。父親を心配するベルを引き止めることはできず、野獣は彼女を村へ帰しました』



 再び田舎のセットにするため、舞台が暗転する。その間に涼と麻穂は衣装を最初の姿に戻した。


 胸元にさしたスカーフを抜きながら、涼は長いため息をついた。


「はぁー、超緊張した」


「ええっ、緊張してたの? すっごく堂々としてたから、余裕なのかと思ってたよ」


 麻穂は目を丸くしてしまう。


「緊張してたに決まってるだろ。人前でこんなちゃんとしたダンスなんてしたことないし、更に言うならこの三年間舞台で声を出したことなんてないからな」


 そう言う彼の顔は、疲れの中にも一仕事終えたようなすっきりした表情をにじませていた。ダンスシーンはそれだけ彼にとってプレッシャーだったのだろう。


 頑張った彼をいたわりたくて、麻穂は彼に笑いかけた。


「でも、未経験とは思えないくらいすごく上手だった。涼が練習頑張ってたのもあるけど、やっぱり運動神経がいいからかな」


 麻穂に褒められて、満更でもないように涼はニッと笑った。


「まあな。麻穂はあともう一回ダンスシーンあるよな、頑張れよ」


 この劇のラストシーンは、麻穂が王子役の祐真とダンスをして終わることになっている。


 開演前も懸念していたことだったが、祐真とはほとんど練習の時間がとれなかった。文化祭は実行委員以上に生徒会も大忙しで、中等部生徒会長である祐真はほとんどクラスの劇練習に顔を出せなかった。


 よく考えれば、そんな彼が劇に出演すること自体が無謀だったのではないかと皆が思った。それでも祐真は「大丈夫」と笑ってみせていた。


「高時くんとは全然練習できてないから、ちょっと心配。涼とだってすごく練習したでしょ」


「心配しなくても大丈夫だよ」


 その時、祐真が二人の会話に割って入ってきた。出番が近づいてきたので袖にきたようだ。


「言ってなかったけど、僕の両親の趣味が社交ダンスなんだよ」


「そうだったの」


「なんだよ。だったら最初っから全部てめえがやればよかったじゃねーか」


 感心する麻穂と、悪態をつく涼。


 その時涼はふと、自分を見つめる祐真の意味深長な視線に気がついた。祐真はいつも通り余裕たっぷりに微笑んでいるものの、目が笑っていなかった。それはまるで涼を見定めるような眼差しだった。


 不気味に思って涼が睨み返すと、祐真は何かを切り替えたかのように笑った。


「ほらほら、麻穂ちゃん。次のシーンはじまるよ。スタンバイしなきゃ」


「あ、うん……」


 一瞬止まった空気に違和感を覚えながら、麻穂は祐真に背を押されて舞台へ。



『町に戻ったベルは驚きました。父親はガストンの策略により、病院に無理矢理閉じ込められていたのです。ガストンは父親に、ベルに自分との結婚を認めさせるよう迫っていました』


「ガストン、あなたはなんということを!」


「お前の父親は頭がおかしくなってしまったのだ、だから俺は病院に入れてやった。こいつは『ベルが野獣に囚えられているから、みんな助けてくれ』などと狂ったことを言っていた。野獣だなんて馬鹿な話だ!」


「お父様の言っていたことは本当よ。この魔法の手鏡を見なさい」


『ベルは城を去る時に野獣からもらった、なんでも映し出す魔法の手鏡をガストンに見せました。野獣が実在することをみんなに証明しようとしたのです。そこに写ったのは、ベルを失った寂しさに咆哮する野獣の姿でした』


「まあ、なんてこと……すぐに会いに行ってあげたい……」


「今、なんと言った? お前はこの醜い野獣を愛しているというのか!?」


「彼はとても心の清い、優しい人よ。あなたのような傲慢な人間とは違うわ」


「その手鏡をよこせ!」


「やめて! きゃっ!」



 ガストン役の大柄な男子生徒が、麻穂から無理矢理手鏡を奪い取る演技をする。


 本人に意図はなかったのだろう。しかし予想以上の体格差と麻穂の持ち前の運動音痴のせいで、予定より派手なアクションになる。


 麻穂は演技でなく本当に転倒した。観客以外、傍で見守る全員がそれに気がついていた。


「あの野郎っ、麻穂に何しやがる」


 舞台袖で出番を待つ涼が舌打ちする。


 拳を作る彼を背後からじっと見つめて、祐真は思う。


 あの時男子寮に忍び込んだ麻穂を迎えにきた男はこの人だ、と。


 そしてその彼の眼差しは、女性を見つめるそれであると本能的に分かっていた。祐真も麻穂が好きだからこそ分かるのだ。


「ずいぶん優しい野獣だね」


 祐真が話しかけると、気配に気づいていなかった涼は驚いて振り返った。


挿絵(By みてみん)


「うるせえな。お前も出番近いだろ、準備しとけよ」


 突き放すように涼が言う。元々彼が嫌いということもあるが、男装している今はあまり近くで顔を見られたくなかった。


 そんなことはお構いなしに祐真は彼に近づく、クラスメイトの男女が近づける距離よりはるかに近い。


 ぎょっとして身を引く涼にはお構いなしに、祐真はすらすらと述べてみせる。


「最後のシーンさ、ベルの愛の言葉と口づけで野獣が元の人間の姿に戻るってロマンチックなシーンだよね。僕、どさくさにまぎれて麻穂ちゃんに本当にキスしちゃおっかな」


「はぁ!?」


 舞台のすぐそばということもあり声をひそめているものの、涼は驚いて声を上げた。こいつは何を言っているのだ、と。


 舞台からの明かりでうっすらと照らされた二人の輪郭が向かい合う。


「ははは」


 祐真はその発言が冗談とも本当ともとれる、棒読みのような作り笑いをするのみだった。


「おい、否定しろよ」


 胸ぐらにつかみかからん勢いで、涼が祐真に迫った。他の生徒が近くにいないため緊迫した二人の空気に気づく者はいなかったが、傍から見ればきっと喧嘩寸前に見えただろう。


「どうして?」


 祐真はさらっと聞き返した。涼の凄みに全く動揺を見せず、それどころかいつもとは違う冷ややかな笑みを見せている。


「お前に麻穂は渡さない」


 涼は眉根を寄せ、祐真に言い放った。そんなことを言うつもりなどなかったのに、自然と口から飛び出していた。


「へぇ、怖い怖い。まるで本当の男みたいだね、片岡さん」


 その言い方はあまりにシニカルで、祐真が挑発していることは明白だった。


 涼は熱くなった自分を押さえようとするが、一度かかってしまったエンジンはなかなか静まらない。


「だったらどうなんだよ」


「そうだとしたら、君と僕は恋のライバルだ」


 やけくそ気味に問い返した涼に、祐真はまさかの宣戦布告をした。


 祐真はいつものように笑ってはいなかった。いつも涼しげに笑っている彼が真顔になる、それは彼が本気であることを物語っていた。


 涼は目を丸くした。自分が女装して学園生活をしていることも何もかも忘れ、素のままに聞き返していた。


「お前、麻穂のことを本気で好きなのか……? 無理矢理させられた婚約を嫌がってるんじゃなかったのか?」


「最初は嫌だったよ。見ず知らずの人と、親の都合で未来を決められるだなんて。でも僕の目の前に現れたフィアンセさんが、すごく純粋で可愛かったからね。好きになちゃった」


 あっけらかんと言ってみせる祐真。彼の表情は再び余裕ある微笑みを取り戻していた。


 涼は祐真の発言意図をはかりかねていた。どうしてそんなことを自分に言ってくるのか。最近の麻穂の意味深長な行動。あの日麻穂は何をしに、何のために男子寮に忍び込んだのだろう。そして演劇開始前に祐真と麻穂がついた謎の嘘。


「……麻穂はきっと、お前を選んだりしないぞ」


 そう絞り出した言葉に、自信は全く伴っていなかった。自分に言い聞かせたいだけだった。


「どうかな。僕、今度麻穂ちゃんとデートするんだ」


 祐真がにこっと笑って、わざとらしいまでに楽しみそうに言う。


「は?!」


「片岡さんはそれ、知ってた?」


 麻穂は自分にそんなことは言っていなかった。きっと祐真の妄言に違いない、そう一笑に付したかったのに。


「その反応からすると、知らないんだね」


 薄く笑う祐真。


 涼は彼の発言の真意を探ろうと彼の目を見つめていたが、やがて耐えられなくなって逸らしてしまった。まるで敗北を認めさせられたかのような惨めな気持ちがした。


「どうして麻穂ちゃんは、君に言わなかったんだと思う?」


 祐真の言葉に、涼は何も返すことができなかった。

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