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「片岡ぁ! てめえはまた台詞覚えてこなかったな!」


 普通の教室より少し広い特別教室で、2組の担任・園山の激が飛ぶ。


 舞台に見立てた教室の黒板側で、涼が何も言えないまま立ち止まっている。


「『ならば引き換えにお前が牢屋に入れ』ですわよ」


「おお、寮長サンキュ」


 ナレーター役として唯一台本を持つことを許されている雪乃の助け船で、涼は立て直す。


「ならば引き換えにお前が牢屋に入れ! もう一生ここを出ることは許さん!」


 その言葉は、目の前で足を崩した麻穂に向けられていた。


 そして今度は麻穂の台詞。


「ど、どうかお許しください」


 麻穂のあまりの大根役者っぷりに、舞台を見守る一同は言葉を失ってしまう。


「あー……吉瀬、もうちょっと感情ってもんを込められないか?」


 監督を務める園山が、流石に麻穂にはきつく言いづらいようで、なるべく優しく注意をする。


「すみません」


 麻穂がしゅんとなったのを見て、すぐに涼が彼女をかばう。


「園山ぁ。麻穂はちゃんと台詞覚えてきてるんだし、今はこれで充分だろ。感情なんて何回かやってくうちにこもるって」


「いいよ、涼。私は主役なんだから、頑張らなきゃ」


 気丈にそう言う麻穂に、一同は胸を撫で下ろす。麻穂が打たれ弱い女の子でなくてよかったと思うのであった。


 練習が一時休憩になると、麻穂はすぐに台本と向き合った。忘れやすい台詞をマークしているようだ。 園山から言われたしゃべり方のアドバイスも細かくメモしている。


 そんな彼女をまじめだなあと横目に見つつ、涼は教室を出て自動販売機に向かった。


 涼が教室を出てすぐ、入れ替わるように教室に入ってきた者がいた。


「やあ、麻穂ちゃん」


「高時くん……!」


 麻穂は久々の祐真の出現に、背筋がピンと伸びてしまうのを感じた。


 この劇は2組は3組との合同発表という形を取っているため、2組の麻穂と3組の祐真が練習で一緒になることは必然だった。


「みんな、練習ははかどってる?」


「わ、私に訊かないでよ」


 まっすぐ向けられる彼の微笑みに、麻穂は赤面しそうになってしまう。それを隠そうと自分の顔を台本で隠した。


挿絵(By みてみん)


「だって君はヒロインだろう?」


「ヒロインでもわかんないことはあるのよ!」


 祐真が麻穂をからかって遊んでいると、3組の男子生徒が祐真に声をかける。


「高時。生徒会の仕事終わったのか?」


 背が高くて無愛想な男子生徒だった。


「ああ、早めに切り上げてきた。一応主役をやらせてもらってるし、こっちも見に来ないとね」


 祐真のちょっかいから解放され息をつく麻穂だったが、男子生徒はこちらにも話をふってきた。


「高時、その子と知り合い?」


「そうだよ。ね、麻穂ちゃん」


 いつものことながら馴れ馴れしい祐真の態度に、麻穂は少しためらってから、


「一応そうだけど」


 と小さく言った。


「俺、3組の吉田。野球部。よろしく」


「う、うん……私は吉瀬麻穂」


 予想に反してきちんと自己紹介をされたので、麻穂もおずおずと名乗った。


「麻穂ちゃん、友達が増えて良かったねぇ」


 どうするべきか分からず困った表情をしている麻穂のことなど露知らず、能天気なことを言っている祐真。


「この子、高時の今のお気に入りなわけ?」


「今の、なんて言い方は失礼じゃないかい?」


 祐真がやわらかな言い方で指摘する。


 三人が話しているのを見て、また新たに男子生徒が話に加わってくる。


「何してんのー。わぁ、吉瀬さんまで居るじゃん」


 いかにもお調子者そうな男子生徒。麻穂が普段見ない顔なので、彼も恐らく3組の人間だろう。


「俺、村木って言うんだ」


「よろしく、吉瀬麻穂です」


 麻穂が背の高い彼らを上目遣い見つめ、遠慮がちに発言する。


 その時だった、教室に戻ってきた涼が、一目散に麻穂の元へ向かってきた。


「おい、てめえら。何女子に寄ってたかって困らせてんだよ」


 涼の両手には缶ジュースがそれぞれ一個ずつ握られていた。恐らく自分のものと、あと一本は麻穂のために買ってきたのだろう。


 涼はするりと体を滑り込ませて麻穂を背に立った。背の高い涼は、男子三人と対等な高さで渡り合っている。


 そしてその中に高時の姿を発見すると、わざとらしいまでの舌打ちをお見舞いした。


「高時、てめえか」


「や、お久しぶり」


 睨みつける涼の視線などもろともせずに、祐真は笑顔をたたえている。


「高時、この子とも知り合い?」


 吉田が祐真に尋ねる。「そうだ」というと、今度は村木が先に口を開いた。


「2組の有名人、片岡さんだろー。俺初めて会話するよ。よろしくー」


「村木、あんまりなれなれしくすると、片岡さんに殴られるよ」


 祐真がにこやかにそう忠告する。


 それを聞いた涼が、祐真をキッと睨みつける。余計なことを言うな、という視線だろう。


「涼、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど、人見知りとかじゃないから」


 麻穂が涼にそう告げる。


「そうか、それならいいんだけど」


 そう言って麻穂にジュースを渡す。麻穂はお礼を言って受け取った。代金を払おうとしたが、涼がそれはいらないと断ったので、今度の機会に何かをおごるということで落ち着いた。


「村木くん。涼って有名人なの?」


 麻穂は気になっていたことを村木に尋ねた。


「有名人だよー。女の子にしては背が高いし、頭いいし、運動神経いいし、美人だし」


「あたしは美人じゃねえよ、気持ちわりいなあ」


 涼が男だということを知っている麻穂だけはその気持ちが理解出来たが、他の人たちはそうではない。


「遠慮しなくていいよー、片岡さんのこと皆綺麗だねって言ってるよ」


 村木が褒める言葉を続ける度、涼はどんどんうんざりとした表情になっていく。


 それをおかしげに祐真が見つめていた。


「でもそんな美人さんが、なんでまた野獣の役を?」


 今まで黙っていた吉田が涼に尋ねる。


「麻穂と担任に推薦されたんだよ」


「背もそのへんの男子より高いし、何より男より男らしいんだから適役かもしれないね」


 祐真が口を挟むと、涼はまた余計なことを言うなと冷たい視線を向けた。祐真はきっと自分に殴りかかったことを思い出してそう言っているのだ。


「女の子に向かってあいつは失礼だな」


 涼はわざとらしく女の子ぶった発言をしてみる。


「彼氏居ないの?」


 遠慮のない村木が言葉を続ける。


 涼は彼を一瞥すると、


「いねえよ、そんなもん」


 と一蹴した。


 今度は、苦笑する麻穂に矛先が向かう。


「吉瀬さんは彼氏……」


「麻穂もいねえよ。失礼なこと聞いてんじゃねえ」


 村木の言葉を涼がさえぎる。


「彼氏はいないよ」


 ジュースを少しずつ飲みながら麻穂が改めてそう言うと、村木はまた言葉を続けた。


「じゃあ、高時のこと好き?」


 一瞬にして赤面し、麻穂はジュースをこぼしそうになった。


 そんな様子を見て、涼は目を細めて舌打ちをした。祐真の話になると、涼は無性に不機嫌になる。


 そんな二人に、吉田が尋ねる。


「あれ? 高時は片岡さんと付き合ってるって噂流れなかった?」


「断じてねえよ」


 涼はすばやく否定する。


 祐真がにこにこ笑っている中で、麻穂は取り乱したり涼はいらついたり。忙しい二人だった。


「てめえら、練習再開だ!」


 勢いよく扉をあけて教室に入ってきたのは、園山だった。


 涼はジュースを一気に飲み干した。


「麻穂、行くぞ」


「うん」


 麻穂は飲みかけのジュースをそのまま机に置いて、稽古に戻った。


 二人がいなくなってしまうと、この場面で役目のない祐真たち三人は教室の後ろに下がった。


 二人は先程のシーンからやり直している。相変わらず台詞を棒読みの麻穂は、台詞を言う度に場の空気を凍らせている。


 そんな様子を見て、祐真がおかしそうに笑った。


「高時、あの子のこと本気なわけ?」


 村木が祐真の顔を覗き込んだ。


 祐真は麻穂たちの練習を見つめながら「どうかな」と答えた。


「今まで高時の傍に居た子たちとは、ちょっと違う気がする」


 同じく練習風景から目を逸らさず吉田が言う。


 祐真はにこっと笑った。


「そうだね。そういうところとかも、すごく面白いんだけど」


「だけど?」


 村木が問いかけると、祐真は目を細めた。


「麻穂ちゃんには、どうやら王子様が僕一人じゃないみたいなんだよね」


「は? どういうこと?」


「片岡さんのことか」


 きょとんとする村木に、吉田がはっきりと言い切った。


 納得いかず村木は眉をひそめた。


「何言ってんだよ、片岡さんは女の子じゃん」


「さて、どうかな。片岡さんはお姫様ってより、王子様って感じじゃない?」


 祐真の言葉に、二人が考え込む。


「片岡さんが反対したって関係なくね? 二人のことなんだから。つーか正直、吉瀬さんは高時のこと好きだぜ、あれは」


 村木が唇をとがらす。


「そうだね……片岡さんが普通の女の子だったら、それでいいんだけど」


 意味深長な笑みを浮かべて、祐真は麻穂たちを見つめていた。

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