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 麻穂が祐真に送られて寮に帰ってきたのは、陽がくれてしばらく経ってからのことだった。


 寮の女子のほとんどが部屋着に着替え、くつろいでいる時間帯だった。


「ただいまー」


 麻穂が部屋の扉をあけると、寝転んでいた涼はすぐに床から立ちあがった。


「どうだった?」


 その反応から、涼は心配で気が気でなかったのだろうと察せられる。


 麻穂は鞄を自分の机に置いて、荷物を整理しながら答えた。


「だめだった。やっぱり私たちが反対したくらいじゃだめみたいね」


 残念な結果とは裏腹にさほど落ち込んだ様子を見せていない麻穂に、涼は違和感を覚えた。


「麻穂、あんまへこんでねぇな」


「いちいちへこんでたらきりがないもの。これから頑張る」


 麻穂がいつになく前向きな様子を見て、いよいよ涼は何かあったかと勘繰りだす。


「お前、高時となんかあったか?」


 麻穂はぎくっと肩を震わす。


「な、なんにもないよ」


「疑わしい……」


「着替えるから!」


 涼の追及を逃れるように、麻穂は自分の制服に手をかけた。


 そうなるともう涼は彼女の傍を離れるしかない。しぶしぶトイレの個室に向かった。 着替えない方がトイレの個室にこもるのが、男女が同じ部屋で暮らすこの特殊な部屋の暗黙の取り決めの一つだった。


 麻穂は部屋着に着替えると、椅子に腰かけた。窓から月が見える。


 祐真の言葉一つでこんなに安心してしまうなんて、どうかしている。


 麻穂は心の中で今日のことを思い出していた。


「おい、まだか?」


 トイレから声がする。待ちくたびれた涼のものだた。


「あっ、ごめん! もう着替え終わってるよ!」


 慌てて麻穂が返事をすると、涼はようやく部屋に戻ることが出来た。


「終わったなら言えよ」


 ぶすっと機嫌を損ねたような涼に、麻穂は「ごめんね」と謝罪した。


「麻穂は浮かれてんなー。俺はお前のこと結構心配してやってるっつーのに」


 麻穂の背後にある自分の椅子に腰かけて、涼は不満を口にした。


「ごめん……」


 申し訳なく思ったまじめな麻穂は、しゅんと沈んでしまう。


「まあ、元気なのはいいことだけどよ。なんだか麻穂、上の空でまるで恋でもしてるみたいだぜ」


「恋?」


 麻穂は思いがけない言葉に目を見開いた。


「いや、なんかドラマとか漫画とかで見るような、恋してる奴みたいに見えるからさ」


 涼は麻穂が真に受けている様子を見て、不思議そうに彼女を観察する。


「恋なわけ、ないじゃない……うん、違うよ」


 まるで自分に言い聞かすように、頷きつつつぶやく麻穂。


 涼は自分の勘が妙に鋭いことに嫌気がさしつつ、口に出した。


「もしかして、高時との縁談、まんざらでもないって思ってない?」


「そんなこと思ってないよ!」


 顔を真っ赤にして反論する麻穂。


 涼は祐真のモテっぷりに苦笑いするしかない。


「まあ、俺はどっちだっていいけどさ。麻穂が誰にどう惹かれるかはお前の自由だし」


「ち、違うって言ってるでしょ!」


 涼は椅子をくるりと回転させ彼女に背を向けると、「さ、勉強しよー」と参考書を開き始めた。


「ちょっ、誤解しないで!」


 椅子から立ち上がって涼の背中にしがみつく麻穂。必死の形相だ。


「くっつくなって」


 それを邪魔そうに振り払う涼。


「違うんだってばぁ……。あっ、そういえば」


 麻穂はふと、大事なことを思い出した。


「高時くんが、涼の恋人疑惑訂正してくれるって」


「マジか、やったな」


 と、振り返ったのもつかの間。涼は再び背を向けた。


「“高時くん”……ねぇ。仲良しだこと」


「じゃあどう呼べばいいのよ」


「別にー」


 そう言ってまた勉強に戻ってしまう涼。


 麻穂は唇を尖らせた。そしてしぶしぶ自分も勉強することにした。




 ある日の午後。


 ホームルームの時間を使って、クラスの話し合いが行われていた。


「うちのクラスの課題劇は、『美女と野獣』です。3組と合同企画になります」

 黒板の前で、学級委員の女子・橘が声を張る。


 麻穂は小首を傾げた。麻穂の隣の席の女子が居ないのをいいことに、その空席に勝手に座っていた涼が説明してやる。


「この学校では、中等部は毎年劇をやるんだよ。クラスごとに課題の劇が割り振られるんだ。あたしは去年は白雪姫だったっけな。いつも裏方だからよく覚えてねーけど」


 そうなんだ、と麻穂が前に向き直ると、学級委員が役名を次々と黒板に書いていた。


「美女と野獣なんて話、よくしらねえなあ」


「簡単に言うと、呪いで野獣になった男が、美女と恋に落ちて真の愛を知って、呪いがとけて人間に戻るって話だよ」


「ふうん」


 涼は髪を邪魔そうに後ろにやってから、腕を組んで黒板を見据えた。


「美女と野獣はダンスのシーンがありますので、主役はダンスが出来る人がいいんですけど」


 学級委員は役を決めるにあたってそう前置きした。


「このクラスにダンスできるやつなんているのか?」


 涼が大声を出して学級委員に訊く。


「うーん」


 結局皆がうなり声を上げただけで、何も解決されなかった。


 次第にクラス全体がざわざわとうるさくなり、どの役になりたいだの、大道具にまわりたいだの、私語を始めた。


 涼は麻穂が居心地悪そうにきょろきょろしていることに気がついた。探るように尋ねてみる。


「麻穂はなんかやりたい役あるのか?」


「いや、私は人前に出るのは苦手だから、裏方にまわりたいな……」


 遠慮がちにそういう麻穂が何か隠しているような気がして、涼はストレートに疑問を投げかけた。


「麻穂ってもしかして、ダンス出来る?」


「え?!」


 麻穂は背筋をピンと伸ばし、びくっと反応した。涼がじいっと彼女に視線を送っていると、


「ちょ、ちょっとだけね」


 と、いつものことなが涼に嘘や隠し事はできないようで、麻穂は小声で答えた。


 それを聞いて一瞬ニヤリとした涼は、麻穂の手首を握って立ち上がらせた。涼の力は強く、麻穂は抗えなかった。


「なあ皆、麻穂がダンス出来るってさ!」


「ちょっ、涼ってば」


 恥ずかしさに慌てた麻穂が手を振り解こうとするが、涼に力で勝てるわけがない。


「転校してきた女子がヒロイン、っていうのもいいんじゃねえか?」


 教室全体に言い放った涼がにんまり微笑むと、クラスのどこからか「いいね!」「そうしよう!」と賛同の声が沸き、それは全員の意見となった


 たじろぐ麻穂を横目に涼が、


「決定だな」


 と微笑んだ。


 麻穂は涼を見上げて「もう~涼~」と半泣きだった。


「じゃあ、片岡よ」


 そこで担任の園山が、閉ざしていた口を開く。


 教室がシンと静かになってから、彼女は言葉を続けた。


「吉瀬をヒロインに持ち上げたお前が、責任を取ってヒーローやれよ」


「はぁ?!」


挿絵(By みてみん)


 涼は麻穂の手をパッと離して、園山に食って掛かった。


「あたしは女だぞ! それにこの長い髪を見てみろ、男の役なんて無理だっつーの!」


 それをきいた橘が、にこやかに提案する。


「髪ならウィッグにたくし込んじゃえば男に見えると思うよ」


 涼が「げっ」と頬を引きつらせているのを見て、麻穂はそっと耳打ちする。


「引き受けちゃえば?」


「アホか! 男装なんてしたら、男だってばれるだろ!」


 涼は麻穂に小声で怒鳴り返す。自分をヒロインにしておいて勝手な話だなぁ、と麻穂は内心で苦笑いをする。


「片岡なら吉瀬と身長差もあるし、何より男より男っぽいからなァ」


 園山の言葉に、クラスの男子も女子も「そうだそうだ」と声を上げた。


 園山は全てを分かった上で面白がって言っている、涼と麻穂はそれが分かっていた。


 盛り上がっていくクラスの空気。


「やってくれる?」


 橘が恐る恐る、何も言葉を発しない涼に尋ねる。


「ったく。やればいいんだろ、やれば」


 この状況では断れないだろう、と机を叩いた。


 思わぬ配役にクラス全体が一斉に盛り上がった。


 みんなからすれば男装の麗人になるのだろうか、涼は本当に男性だ。


「で、ヒーローはなんの役なんだ?」


「野獣だよ」


 橘が言うと、涼は勢いよく項垂れた。


「お前ら、普通女の子に野獣の役をやらせるか?」


 涼が頬を引きつらせてつぶやく。


「だって片岡は女の子って感じじゃないじゃん」


「涼はかっこいいから大丈夫だよ」


 クラスメイトが口々にフォローする。園山はただにんまり笑っていた。


 そこに麻穂がフォローを挟んだ。


「最後に野獣は青年に戻るんだけど、青年はカッコいいんだよ!」


「そうなのか?」


 その言葉をきいて、涼が嬉しそうに麻穂の方を振り返る。しかしそこに橘が情報を付け足した。


「あ、そのカッコいい青年役は、3組で別に立ててもらうことにしてるんだよね」


 橘の言葉に、二人はがくっと肩を落とす。


「なんでだよ!」


「野獣からの変化が欲しいじゃない?」


「知るか!」


 すっかり機嫌を損ねた様子の涼。しかし、彼の機嫌が悪いのは何も自分が野獣にされたからだけではなかったようだった。


「それに多分……」


 涼がある可能性を予想して、ぼそっと呟く。


「多分?」


 わずかに言葉尻を聞き取った麻穂が聞き返すと、涼は「なんでもねえよ」とそっぽを向いた。


 主役の二人が決まってしまうと、あとは他の役がどんどん決まっていく。推薦よりは立候補の方が多いようだった。


 お互いの推薦で主役が決まってしまった涼と麻穂。その様子を見て、園山は満足げに笑うのであった。

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