2. 涙のわけ
「ヒヒーン!」
「馬鹿野郎! 死にてえのか!」
「あっ! す、すみません」
あ、あぶねー。
泣きながら走っていたから、周囲の確認ができていなかったようだ。危なく、目の前を横切った荷馬車に轢かれるところだった。
実は、俺の前世の記憶は、田舎の学校にチャリで通学中、見通しの良い田んぼ道で、出合頭に車と衝突したのを最後に途絶えている。つまり、その時そのまま亡くなってしまったのだろう。
特定の彼女こそいなかったが、女子も交えてみんなで遊びに行ったりと、楽しい学生生活を送っていたので、非常に残念でならない。
家族に会えなくなって寂しくないかって? 家族仲が特に悪いわけではなかったが、学生時代なんて家族より、友達優先だろ。特に小煩い姉が大学進学で上京し、別に暮らすようになってからは、家族の間の会話はほとんどなかったから特に寂しいことはなかったな。
まあ、そんなこともあり、日頃から交通事故には気をつけていたのだが、魔法がないと聞かされて、よほど気が動転していたのだろう。
落ち着いて考えてみれば、そもそも魔法がないからって泣くほどのことか?
ドバー!
目から大量の涙が溢れ落ちた。
どうやら泣くほどのことだったらしい。
危険なので泣きながら走るのはやめ、その場に立ち止まって、なぜここまで泣けてくるのか自己分析してみることにする。
俺は異世界に転生した時に、せっかく異世界に転生したのだから、魔法を使ってみたいと思った。
いや、違うな。正確には、異世界に転生してしまったのだから、《《せめて》》魔法くらいは、使ってみたいと思っていたんだ。
俺には、前世である別世界の記憶がある。そこで俺はオタクとまでは言われなかったが、それなりにマンガやアニメを見ていた。その中には異世界転生を扱ったものもたくさんあった。そして、それらに登場する主人公は、女神に会い、チート能力を授かり、勇者として大活躍していた。
それなのに、俺はどうだ。転生したのに、女神にも会っていないし、チート能力も授かっていない。もちろん勇者でもない。それなら、せめて魔法ぐらい使ってみたいと思うだろう。異世界なのだから、当然、魔法はあるのだろうから。
そう、前世の記憶のせいで、異世界なら、《《当然》》、魔法があるだろうと思い込んでいたのだ。
それなのに、この世界には魔法がないなんて、これは泣くしかないだろう!
いや待て、まだ、この世界に魔法がないと決めつけるのは早いだろう。ただ、世間一般に知られていないだけかもしれない。
実際、魔法ではないが、俺は転生している。こんなの普通はありえないし、世間一般に知られてもいない。だから魔法だって、きっとあるはずだ。
俺は涙を拭うと空を見上げた。
そこには輝く太陽ではなく、土星のような輪を持った、巨大なガス惑星「サンタナ」が、空の大半を占めていた。その光景は、正に、ここが地球ではない、異世界で有ることを如実に示すものであった。
俺は涙を拭うと、しっかりとした足取りで家への道を歩き始めた。




