エリュ様は敵わない!
エリュ様の部屋は、一言で表せばファンシーな内装をしていた。
薄紫色のベールのかかったベッドには、自作の小さなぬいぐるみが並んでいる。向かい側にある机には、被服や手芸関連の資料が揃えられていた。
部屋を見渡す中で、ふと抱き枕が目についた。
そんな僕に、エリュ様が声をかけた。
「座って」
と、桃色の丸いクッションを用意して。
ふわふわとした感触に、香水の甘い匂いが鼻腔を擽った。
クッションに腰を下ろす僕と、ベッドに飛び乗るマンモラゴラ。
エリュ様はベッドに腰かけ、気まずそうに目線を泳がせる。
どう聞くべきか逡巡しているように見えた。
そんな不安をかき消すように、今の彼女には少し小さく、すっかり色褪せた紫の抱き枕を手に持つ。
——それはかつて、魔王様が作った抱き枕だった。紫色の丸いクッションに目玉と、その背中には小さな黒い羽根を付けたもの。
初めての裁縫とあって、苦労していたのを僕は知っている。
「こういうのは手作りに限る!」と言い張り、自ら苦難の海に飛び込んで。
目玉も羽も左右非対称になってしまって、それでもエリュ様は喜んでいたのを思い出す。
「エリィ」だったか。そう名付けたエリュ様は、「にぃに、だいすき。ありがと」と言っていた。
……果たしてエリュ様は、どこまで覚えているのだろう。
エリィぬいを抱きしめ、エリュ様はおずおずと口を開く。
「その……二人は、どう?」
「うーん、しょんぼりしてましたよ」
そう答えると、俯いてしまったエリュ様。
顔を伏せたために目元が髪に隠れるが、後悔に淀んでいるのが容易に分かった。
エリュ様の腕を、マンモラゴラがすりすりと擦っているが、もしや慰めているのだろうか。
「……こんなつもりじゃ無かったの。ただ、兄様には『魔王』らしくしてほしかっただけ」
淡々と、だけど声音は弱々しい。
両足の先をこすり合わせるエリュ様。
「悔し……」
ふと、彼女が唇を噛んでいるのに気付いた。
「町の人は、兄様の強さを知らない。『魔王』の本当の力を知らないから、大したことないって」
抱き枕の上で、指に向かって皺が寄る。
「だから、ハウトに協力を仰いだんだね」
聞くととエリュ様はこくりと頷いた。
マンモラゴラを優しく撫でながら、エリュ様は言う。
「兄様が『勇者』に勝てば、皆『魔王』を見直してくれるって」
眼差しは真摯。紫色の水晶のような瞳は、穢れなく煌めいている。
…………妹に構ってほしい。
そんな理由で、部下を集めて勇者を倒そうとしたどこぞの魔王様を思い出した。
つくづく、似た者同士の兄妹だと思う。
エリィぬいに頬を付けるエリュ様。
そんなエリィぬいの目玉には、付け直された跡があって。
口では冷たいけれど、本当はエリュ様も……。
「ホントカッコ悪い。『魔王』なのに、威厳とか全然無いし」
「魔王らしくないですからね、あの方」
「そう。もっと魔王っぽくしてほしい」
そう言いつつも、本当はどうだろうか。
エリュ様の憧れは「魔王」らしい魔王様。だけど、彼女が望んでいるのは、きっとそれだけじゃない。
「ハウトもナンパばっかりで……それに、兄様と仲良しになってて、意味分かんない」
言いながら、エリュ様は頬を膨らませていた。
だけど正直分かる。冷静に考えたら、魔王と勇者が同じ場所でワインを酌み交わすのは相当おかしい。
それはさておき、
「僕からもお伝えしたいことがありましてね」
僕は腰を上げ、エリュ様の手を取る。
「二人のところに、行きませんか」
おずおずと手を解こうとするエリュ様だが、そうはいかない。
力を入れて、しっかりと手を握る。
「大丈夫ですよ、あの二人なら。なんたって、エリュ様が大好きなんですから」
エリュ様は尚戸惑っていたが、やがて諦めたように首肯した。
「では、向かいましょうか」
エリュ様の手を引いて、目的地は大広間。
後ろにエリュ様とマンモラゴラを控え、扉の前で息を整えた。
「いきますよ、エリュ様」
取っ手を強く握り、扉をゆっくり開いて。
僕の目に飛び込んできたのは――
「いやぁ、やりすぎましたねぇ……」
カーペットを引き裂いて、張り巡らせる無数の巨根。
「今年はマンモラゴラが豊作……と。商人が言っていたのはこういうことだったのだな」
「それってつまり、親元のマンドラゴラも豊作ってことですからねぇ」
太いツタが縦横無尽に駆け回り、シャンデリアを次々と破壊していく。
広間を包んでいた光は砕け、ガラス片が雨のように降り注いだ。
魔王様もソレを見上げ、息を漏らす。
大きく見開かれた瞳は、まるで点と点が結び合って腑に落ちたかのよう。
「召喚に、まさかマンドラゴラが引き寄せられるとは……」
「何したんだよアンタら?!?!」
広間を牛耳っていたのは、魔法陣から顔を出した巨大マンドラゴラだった!




