エリュ様には敵わない!②
「「はぁあああああああああ」」
エリュ様が立ち去った部屋は、それはもうどんよりと沈んでいた。
「どうしようモルダ……キライなんて言われたことなかったのに。しかも大キライって」
弱々しく零す魔王様。
グラスからワインを零し、シーツを濡らしているのにも気づいていない様子だ。
目には薄っすら涙が浮かび、魔王とは思えぬ情けない姿。今なら人間がぶん殴っても吹っ飛びそうなほどに、か弱い雰囲気を帯びていた。
「俺も、もう話してもらえないかも」
ハウトも弱気になっている。
ベッドに指先を押し付けて、意味もなく動かしている。
マンモラゴラが首を傾げ、二人を見上げていた。
が、そんな小さな魔物に構っている余裕は無いようで。二人はマンモラゴラに目を向けず、枯れた花のように項垂れていた。
エリュ様のたった一言。
だけどそれが、二人の心をへし折った。
鬱屈とした魔王と勇者。
見ているこっちがむしゃくしゃしてくる。
「しっかりしてください! そんなんで魔王と勇者が務まりませんよ!」
「「放っておいて……」」
弱々しい声で突き放されたのが、癪に障った。
萎びた魔王様、見ていると嫌気が差してくる。
気持ちを落ち着けたくて、自分の髪を搔き回し。それでも頭の中は荒ぶり続けていて。だからいっそ、このままつけてやろうと思った。
「こんなんじゃエリュ様に愛想つかされたままです!」
ローブ越しに魔王様の両肩を掴んだ。
「決めた!! 挽回しましょう!」
「ふぇ……?」
徐ろに顔を上げ、僕を見上げる魔王様は、涙や鼻水塗れ。その頬を手のひらで押さえこむ。ぐしょぐしょの顔をさらに歪めて、強引に目を合わせた。
「何す?!」
「エリュ様を見返すんです」
呆気にとられている魔王様の顔から手を離し、真っ赤な絨毯に片膝をついて。
あの日から変わらない――堕ちた僕を拾ってくれた、ただ一人の主に進言する。
「空回りだなんて言わせません。貴方の行動が意味あることだって……証明してみませんか」
そのままの勢いで、僕は続けた。
「魔王様の凄いところ、見せつけてやるんです。するとどうなると思います?」
「ど、どうなるのだ……?」
魔王様の問いに、咳払いをしてから答える。
「エリュ様が魔王様のこと、見直してくれるんですよ。『兄様カッコイイ、一生大好き』って」
「そそ、それは……また一緒にお風呂に入っても、添い寝も可ということだな……!?」
魔王様は、蕩け落ちそうな自分の頬を両手で押さえている。エリュちゃんとの時間に思いを馳せて、威厳を捨ててデレデレだ。
こっちの方が、魔王様らしい。
……混浴は、やめてあげていただきたいが。
「ハウトも、協力してくれるな?」
「……拒否権無いですよね」
「もちろん」
「まぁ、断る理由も無いんですけど。利害の一致ってヤツです」
顔を上げるハウトは、微かに微笑んでいた。
「で、具体的に何をすれば良いのだ?」
おずおずと、魔王様が尋ねる。
「それは二人で考えてください」
「お前が切り出したんじゃないか……」
「エリュ様の兄と恋人なら、僕なんかよりも良い案が出ると思いますので」
「そ、それもそうだな……ふむ」
腕を組んで考え込む魔王様。
その傍らで、同胡坐を掻いた脚に肘をつくハウト。
妙案を捻り出さんとする二人に背を向け、僕を扉を開けた。
次に向かう場所は、決まっている。
————
城の階段を上り、廊下を進んだ先。
固く閉ざされた扉の前で、僕は足を止めた。
僕の隣には、いつの間にかついてきたマンモラゴラが並んでいる。
この部屋が、気になるのだろうか。
「兄様とハウト、入室禁止」と可愛らしい丸い文字で書かれた看板が掛かっている――エリュ様の部屋。
「エリュ様、いらっしゃいますか」
ドアをノックし、返事を待っていると、エリュ様の声が返ってきた。
「……モルダ?」
淡々とした調子だが、普段より声が小さいような……?
「僕です、モルダです。少し、エリュ様とお話したいことがありまして」
暫くすると、徐にドアノブが回った。
「……ん」
ドアを開け、エリュ様が手招きをし。
「ちょうどアタシも……聞きたいことがあったから」
たどたどしくエリュ様は言い、部屋の中に通してくれた。




