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エリュ様には敵わない!①

 前回のあらすじ。エリュ様ファンクラブが結成された。

 僕は頭が痛いモルダ。


 ベッドの上では、ハウトはワインをもう一口嗜んでいる。

 グラスに映った自分の姿を眺め、しみじみと語った。

 

「エリュちゃんが僕に近づいたのは、『勇者』を利用するため。所詮『魔王』と戦わせるための駒らけど……それで良いんれすぅ」


 つまりエリュ様は、勇者ハウトと魔王様を戦わせたいと。

 ハウトに力を与えるのは、魔王様と互角に戦わせるためか……。


「しかし、何故アンタと魔王様を戦わせたがってるんだ?」

「さぁ。あ、まおーしゃんもう一杯ぃ〜」

「おおっ、まだ飲むか。なかなかやるなぁ」


 おいアンタら。

 ここは宴会場じゃないんですよ。何ぐびぐびワイン飲んでんだ。


「このまま朝までいくぞ!」

「いぇ〜い!」


 いくな、やめろ。


「モルダしゃんもっとおしゃけぇ、つおいの~」


 呑んべぇ勇者は顔を紅潮させ、ベッドを叩いて催促してくる。早くも酔いが酷いことになっていた。


「コイツもっぺん黙らせたいんですが」

「まぁまぁモルダ、怒ってばかりだとお肌に良くないぞ?」

「老けましゅよ?」


 だ・れ・の・せいだと思ってるんですか。

 拳を握ってわなわなと震わせる僕を他所に、2人の談義は止まらない。


「そうだハウト、見せたいものがあるのだ」

「ほぇ? 何れしゅ?」


 次の瞬間、手元に現れたのは円柱の結晶だった。紫色のこの魔石は、過去の出来事を記録、保存する代物だ。角度を変えるたび、結晶の中で虹が過る。


「うふふ、オレが集めた『エリュの思い出秘蔵コレクション♡』だぞ♪」

「おおっ!」


 魔王様が両手をかざすと、壁に映像が投写された。


「わぁ〜エリュちゃんだぁ」


 画面にいるのは、仰向けでおもちゃに手を伸ばすエリュ様。

 ベッドの上に広がる髪は、今よりも少し短い。

 薄桃色をした赤子服を纏い、赤い涎掛けにはミルクの跡が付いている。


 指先が丸まったまま腕を伸ばし、時折喃語が漏れ出ているのが可愛らしい。


「生まれて半年のエリュだな。このおててとあんよ、そしてもちもちほっぺ……もう一度ぷにぷにしたいなぁっ!」


 次に映し出されたのは、ハイハイしているエリュ様の映像だ。


「エリュ様~、こっちですよ」

「今の声はモルダだな」

「その解説はいりませんって」


 甘えたように高い声は、恥ずかしながら僕のもの。

 画面端に映っている両手も、僕のもの。

 このエリュ様は目の前の僕に向かって、小さな手を懸命に動かしているのだ。

 その姿は、過去のものであっても心が揺さぶられる。目を奪われ、魂を射抜かれ、釘付けになってしまう。


「もぅら、もぅら」

「モルダしゃんの名前呼んでるじゃないれすか〜」

「一番最初に呼ばれたのはオレだからな!! 『にぃ』って言ったのだぞ!!」


 何を競っているのやら。


「にいさ……」

「さっ、次に行くぞ〜!」


 映像が切り替わる。次の場面では、少しだけ大きくなったエリュ様が、ベッドの上で兄を模した小さなぬいぐるみに抱きついていた。


「にいに」

「「きゃわあああああああああああああ!!!!」」


 二人とも、両目をハートにして歓喜していた。

 こんなのエリュ様が見てしまったらと思うと……


 …………あ。


 刹那、全身が粟立つ。

 僕は気づいてしまった。

 扉を半開きにして、こちらを覗く彼女の存在に。


「ま、魔王様。一旦止めましょうそれ、というか今すぐ止めろ切実に!」


 投影機を指さして懇願するも、バカ兄貴にはまるで伝わらなかった。


「いいや、ここからも可愛いエリュが詰まっているのだ! 止めるわけにはいかん!!」

「しゃっすが魔王様~、分かってりゅぅ」

「……僕は止めたんで。どうなっても知りません」

「よく分からんがつれない奴だ。今のシーン、もう一回見るとしようぞ」

「アンコ~リュ」


 だらしなく破顔した魔王様が、指先をスクリーンに向ける。

 左に人差し指を曲げると、映像が巻き戻っていった。


「にいに」

「「ぎゃんかわああああああああああ!!!!」」


 もう一回。


「にいに」

「「ふぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」」


 もう一回。


「にいさん…………」

「「おかわわわわああああああああ…………あ?」」


 お気づきのようだ。最後だけ、さっきまでと違うことに。


「今、『にいさん』って呼ばれ…………」


 現実逃避とばかりに天使の寝顔から顔を動かそうとしなかった二人。

 それでも凍てつく沈黙に耐えかねて、恐る恐る振り向くも……。


「「あ"」」


 色々ともう遅い。

 ベッドの傍――魔王様とハウトの後ろには、この世のあらゆる闇を煮詰めたようなオーラを纏った妹様の姿があった。


「かっこわる」


 部屋を凍りつかせる、絶対零度の無表情。

 深く沈んだ声に、悪寒が背筋を這いずる。


「大キライ」


 二人の胸の奥の柔いものが、パキリと音を立てて割れたような気がした。

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