勇者は敵わない!①
翌朝、勇者を打倒するべく作戦会議が行われる。
だというのに、僕は見事に朝寝坊。
資料を片手に持ち、もう片方の手で手櫛で髪を整えながら、早足で廊下を進む。
「目覚ましになるって言ってたじゃないか!」
足元を跳ねるマンモラゴラを睨みつける。
朝の日が差し込む時間……眠る僕の横で、おしゃぶりを外したマンモラゴラ。だが、奏でたのはアラームではなく子守唄だったのだ。
おかげでぐっすり二度寝をして、気づけば約束の時間ギリギリ。
「話が違うんだけど?!」
ついてくるマンモラゴラは、僕のクレームにしかめっ面。
お互いににらめっこ。そして早歩きの勢いのまま、会議室の扉を開けた。
会議用スペースなのに、なぜか中央にボードゲーム用の台が用意されている……なんなら壁沿いにソファとベッドまで置いてある、会議をする気のない会議室。
ベッドの上には、魔王様が腰かけている。
城下町で買った冊子を再び読んでいる姿は、真剣そのものだ。
「来たか、待ちくたびれたぞ」
「すみません魔王様」
「使用中」の札を、通路側扉の取っ手に取り付ける。
いくら魔王軍でも、部屋に入って打倒勇者の話を聞かれると厄介だ。
僕が卓上に資料を設え終えたところで、会議が始まる。
「冊子によると、ハウトの主な活動は山賊魔族を撃破したり、泥棒を退治したりといった治安維持活動ですね。ここ最近、急激に実力をつけたとか」
続いて僕が並べたのは武器の絵だ。
先ほどハウトが構えていた剣について、僕はあの模擬線で得た情報を語り連ねていった。
「武器は勇者らしく剣。光魔術が得意……弱点は掴めませんでした」
闘技場を出た後、魔王様と別行動で聞き込みをしたが、それらしい情報は得られなかった。
しかしそんな僕とは違い、魔王様はさらっと言ってのけた。
「女性が弱点だな。しかも、年上が好み」
「確かに、あの後の聞き込みでも女性好きとの声は多かったですね。何度かトラブルになったことがあるとも」
闘技場での模擬戦が始まるまで、手がかりを探していたわけだが。なかなか香ばしい話を聞いてしまった僕らである。
ハウトの年齢で年上好きともなると、既に伴侶がいる場合も多く……おおよそ、そこで問題になったのだろう。
閉じた冊子を片手に、魔王様は立ち上がって続ける。
「ヤツには色仕掛けが効く。女装でもいけるぞ」
「は、はぁ」
「不意打ちにも弱いな」
「そうなんですか」
「ああ。おまけに、同族である人間には手を出せん」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんなに詳しいんです」
僕が知らないうちに、どこでここまでの情報を仕入れたというんだ。
「なんでってそりゃ……」
不敵に口元を吊り上げる魔王様。
盛り上がった毛布の端に手を掛け、朗らかに言ってのけるのだった。
「本人から仕入れた実話だからな!!」
「…………へぁ?」
盛大に毛布を捲り上げると、そこには拘束された勇者ハウト。
「ん゙ー!!」
身をよじらせるハウトを背に、魔王様は上機嫌にピースサインを作った。
「続きは、本人から事情聴取だ!!」
「待て待て待て待てぇ!!」
「どうしたモルダ」
「どうしたも何も、突飛すぎますって」
まさか勇者を攫ってくるとは、夢にも思わなかった。
「町中で大乱闘なんて、してないですよね?」
「しとらんしとらん! ハウトだって、血の一滴も流していないぞ」
言われて、ベッドに寝かしつけられているハウトを見下ろしてみる。
目が合うと睨みつけてくる勇者は、確かに怪我一つ見られなかった。
魔力の織り込まれた黒い縄で手首足首を縛られ、口にも縄を噛まされているものの、身体には傷も出血の跡もない。
「んゔー!」
魔王様お手製の縄に囚われ、呻き声をあげるだけの無力な勇者。
藻掻くだけでそれ以上の抵抗もできず、マンモラゴラに葉先で突かれ放題の状態だった。……マンモラゴラの攻撃、全然効いていないが。
「だったら、どうやってここまで連れてきたんです!? 魔王様と言えど、相手は勇者です。そう簡単には……」
「女性になったら簡単だったぞ?」
「は?」
何とも言えない沈黙が、会議室を覆う。
「詳しく聞かせていただけます?」
「夜明け前の路地裏で、口説いていた女性の連れに殴られそうになっていてな。女性に変身したオレが、間一髪で助けてやった」
「なんで勇者が魔王に助けられてんですか」
「それで言い寄られたんだが、普通に気持ち悪かったから眠らせて今に至る……という訳だ。あまりの見境の無さに引いているが、結果オーライだな!」
頭痛くなってきた。
「本当なのか、今の話」
「⋯⋯ん」
ハウトに尋ねてみると、無念そうに小さく首を縦に振った。
魔王も勇者も、気が緩みすぎではなかろうか。
さっき挙げていた弱点が本当だと分かって、なんというか拍子抜けだ。
「何はともあれ、本人が居るのだ。逃す手はない」
魔王様はハウトを抱き起こし、壁に背を付けて座らせる。
続いて指を鳴らすと、ハウトの口を塞いでいた縄が解ける。
「さっ、本当の作戦会議だ!」
高らかに告げる魔王様、警戒心露わのハウト。
そして僕は、早くも先が思いやられていた。




