マンモラゴラには敵わない!
「ここに来るのも、久しぶりだな」
一人で城下町に繰り出した僕は、石畳の坂道を下る。
理由はもちろん、勇者の情報収集だ。
空は晴れ渡り、日は燦々と照りつける。
城での暮らしに慣れると、外の明るさに面食らってしまう。日差しを遮るように、外套のフードを被り直した。
街道には老若男女、様々な人間や妖精が闊歩しているが……勇者と思しき者は見当たらない。
煉瓦造りの家々が並び、頭上には街道を跨ぐようにして、無数の旗が風に靡いていた。はためくそれらは一枚も焼け焦げておらず、町の平穏と安寧を告げているようだった。
手をつなぐ親子に、挨拶を交わす老人たち、それから立ち話をする女性たち。皆穏やかな顔をしていて。
百七十年前まで戦地だったとは思えないほどに、平和な光景だ。
懐かしんでいる間に、噴水のある広場に辿り着いた。ここを右に曲がると、所謂商店街がある。色とりどりのテントの群れ……その屋根の下で、商人たちが声を張っていた。
昼過ぎともなると、賑わっている。
「近頃よく採れる、特産マンモラゴラですぞ〜!」
「異国の工芸品だよ!」
「情報誌、買ってかない?」
足を止めず、商人たちをあしらい進んでいく。
優先すべきは勇者の調査。
こんなものにかまけている時間はない。
もしも魔王様がついてきたなら、いちいち余計な道草を食いそうだが、幸い今は僕一人。さっさと目的を達成して……。
「見ろモルダ!! マンモラゴラがたくさん!」
「何故いるんです」
振り向くと、マンモラゴラなる魔物に目を輝かせる魔王様の姿があった。
「エリュを誑かす勇者を、一刻も早く葬らねばならんだろう」
角を仕舞って帽子を被り、外出用の羽織を纏い。
人間に擬態した魔王様は、短い足を生やした野菜に目を輝かせていた。
「……飼いませんよ」
「毎日ご飯あげるから」
「嘘つけ、絶対三日で飽きるでしょうが!!」
これまで、何度魔物の世話を押し付けられたことか……。
「ケチ」
良い歳して子どもみたいに口を尖らせる魔王様。
かと思えば、ちらちらと伺うように目線を向けてくる。
事もあろうか魔王様、僕の目を盗んでがま口財布からお金を出そうとしているじゃないか!
「没収です」
「ああっ……!」
財布を奪われ、悲哀漂うお顔の魔王様。
「モルダの鬼! 魔王!!」
「どの口が言ってんですか!」
傍を通りかかった少女が、「ママ、あのおにーさん何?」って、無邪気な顔でお母さんに聞いてる。
このおにーさん、魔王なんだ。
「モルダも見よ、このつぶらな瞳を! この子はきっと、俺たちのお迎えを待っているのだ!!」
そう言って、手のひらに乗せたマンモラゴラを、僕の前に差し出した。
大元であるマンドラゴラは、狂気的な絶叫で生物を脅かし、魔族を食らう有害な植物。干からびた人間みたいな悍ましい顔だったが、その端くれであるマンモラゴラは違うらしい。
見透かしたように、商人が言う。
「マンドラゴラと違って戦いはできませんが、その分無害で安心安全! 原因は分かりませんが、ここ最近収穫量が跳ね上がりましてな。そいつも、ひと月前に採れたんですぞ〜」
だから、こんなにも表皮がツヤツヤなのか。
黒くつぶらな瞳は人形のよう。「きゅるん」と擬音をつけたくなる、僕を見つめる儚い生き物。おしゃぶりまで付けて、庇護欲を掻き立てる意匠だ。
「ゔ」
何だよ、可愛いな。不覚にも心が動いてしまう。
「だっ、ダメです! 可愛いからって何の役にも立たな……」
「朝の目覚ましとしてなら、活躍しますぞ〜」
「一匹ください」
即座にオープン・ザ・財布。
寝起きの味方は僕の味方だ。
「ちょ、それオレのお金……」
「可愛がってあげるのですぞ〜」
カゴにちょこんと収まったマンモラゴラを受け取る。しっかり働くんだぞ。
マンモラゴラの飼い方が書かれた冊子を熟読する僕に、魔王様がおずおずと尋ねた。
「なぁモルダ。何をする気だ?」
「マンモラゴラの家と遊具を買いに行くんですよ、あとは水を入れる皿もいるかな。折角だから、良品を揃えたいな」
「そこまで凝らんでも……」
「こういうのは、本格的にやってこそなんですよ。今日中に、セッティングまで終わらせたいですね」
湧き出る計画を語る僕と引き換えに、魔王様とマンモラゴラは飽き飽きな様子だ。
「スイッチが入ってしまったか……はぁ、勇者を調べるはずだったのに……」
魔王様が、深い溜息とともに零した言葉。
それに、
「アンタたち、勇者を探しているのかい?」
情報誌売りの男が反応した。
「勇者なら、競技場にいると思うぉ。……もっと知りたいなら、ここにオススメがあるんだがなぁ?」
冊子を片手に、ほくそ笑んで。




