魔王様は敵わない!!
大広間の騒動から数日が経った。
マンドラゴラの残骸は肥料として再利用され、魔王城には再び穏やかな時が流れていた。
エリュ様は、城下町へ買い物に行くそう。マンモラゴラのカゴを可愛くアレンジするべく、材料を調達するとのことだ。
カゴにマンモラゴラを入れ、コートのポケットにお小遣いをしまい。
鼻歌を歌いながら、城の廊下を歩いている。
「あー今日もエリュは可愛いなぁ♡」
「ですねぇ」
そして廊下の角から、今日もエリュ様をストーキ……見守る魔王と勇者。
だがその姿は両者異様だった。
魔王様は漆黒の帽子や羽織りで身を包み、首には別のローブを巻いて口元を隠している。
ハウトも黒いローブで顔全体を覆っている。だが布で前が見ないらしく、甲斐甲斐しく目の辺りを両手で開いていた。
黒づくめの男たちが並ぶと、存在感が凄まじい。
紅と青の目が怪しく輝く様は、男の僕でさえ本能的な恐怖を感じる。
「……何故そんな格好をしているんです」
「ふっふっふ、闇に身を潜めているのだよ」
胸を張って答える闇の支配者。
続いてハウトが、ドヤ顔で言ってのける。
「そうですモルダさん。こうやって闇と一つになり、エリュちゃんを見守っているんです」
勇者が闇と一つになっちゃ駄目だろ。
「オレたちはまだエリュからの『だいすき』を聞いていないのだ!」
「それを聞くまでっ、尾行をっ、やめない!!」
これもう不審者。
……とは言え、調子が戻ったのは良かった。
一時の落ち込みようを考えると、こんななりでもマシだと思えてくる。
「滑らかな脚で魔王城を歩く姿は、まさに氷上の女神!!」
いや、魔族。
「幼さと色気を孕んだ美貌は、まさに俺たちを迎えに来た天使!」
魔族ですって。
「メイクも頑張ったのだな! よくできているぞ!!」
「あどけない感じの動きも、庇護欲をそそりますねぇ〜」
「分かるぅ〜〜〜♡」
続いて魔王様。晴れやかな表情で指を鳴らす。
「奇跡のひとシーンを撮っておこう!」
残念なところで抜かりのない魔王様。
すかさず「エリュの思い出秘蔵コレクション♡」なる円柱の結晶を取り出し、エリュ様の後ろ姿を収めてしまったのだ。
またエリュ様に嫌われても知りませんよ。
魔王様は興奮冷めやらず。
荒い鼻息が煩い。
というか鼻血まで出てる! ローブの隙間から滴っているじゃないか!
「あーもう魔王様、洗濯しますよ」
「ちょ、自分でやるからっ。折角の変装が!」
「知ったこっちゃないです、剥ぎます」
ローブを解き、鼻血塗れのお顔を露わにする。
だが魔王様は手強い。両手で顔を覆い、頑なに動かそうとしない。
「魔王様、手が邪魔です」
「公共の場で脱がすなど恥ずかしい……!」
「乙女か! いいから手を退けてください」
手持ちの小さなタオルを片手に、もう片方の手で魔王様の手首を握る。
「ふははモルダ、動かせんだろう! これぞ魔王の力!!」
「ふんぬ!」
「あっ、ちょっモルダ強すぎぃ……」
魔王様の手を強引に剥がし。
「魔王様が危険な目に遭わぬよう、日々の鍛錬は欠かせませんから」
「たった今危険な目に遭っているぞモルダ?! 痛い痛い、優しくしてぇ?!」
タオルで魔王様の顔を拭いていると、ハウトが控えめに片手を挙げた。
「では魔王さん。ちょっと用事があるので、俺はこれで」
爽やかな笑顔で切り出すハウトに、痛みに悶えていた魔王様は眉を吊り上げた。
「むむ、ナンパか? エリュを愛する者として、浮気はいただけんな」
「ナンパとは人聞きの悪い。町の人たちとの交流ですよ。……女の子限定のね!」
「今後エリュに近づくことを禁ずる」
「そこをなんとかっ。俺は一日十人の可愛い女の子に会わないと心が満たされないんだ……!」
近頃の勇者はひん曲がっている!
「この不埒が! 魔王として、エリュの兄として、この変態の性根を叩き直してやろうぞ!!」
叫ぶや否や、魔王様の足元に魔法陣が現れた。
瞳の色と同じ紅色の紋様からは、棘の形をした結晶が轟音とともに生えてくる。棘のうち、砕けた欠片が宙に舞っては煌めいていた。
纏うのは熱気。焔を身体に這わせた魔王様は、勇者を荘厳な眼差しで睨めつけた。
揺らめく装束と合わせて、恐ろしくもどこか神秘を感じてしまう。
ここに至る経緯がしょーもないことこの上ないが。
「お仕置きの時間だ」
口元は歪み、牙が垣間見える。
爪の先が鉱石へと変わり、漆黒のオーラを帯びていた。
「お待ちください魔王様! こんなところで最大火力なんて出されたら……城が保もちません!」
こうなったら僕が、ぶん殴ってでも止め……
「勝負とあらば、受けて立ちましょう」
「うわぁああアンタも乗ってんじゃねぇ!!」
鞘から引き抜かれた聖剣が、煌々と輝いていた。
その絢爛な輝きに、思わず目を細くしてしまう。
魔族にとっては猛毒の光源は、凍てつくほどに冷たい。皮膚を突き刺し、臓器の中まで侵されてしまいそうだ。
聖剣を構えるハウトは、真っ直ぐ宿敵を見つめる。飄々とした表情の内には、「勇者」としての自負が見て取れた。
「魔王を倒す……それが勇者の宿命!」
アンタもしょーもないな経緯が!
「ふぁっ?!」
剣から溢れて連なる青白い光の束が、あっという間に天井をぶち抜いてしまった。
「バッ……! 城が壊れる!!」
聞いちゃいない!
絶えない地響き、揺らぐ魔王城を諸共せず、魔王様とハウトは向かい合っている。
「降参するなら今のうちですよ、魔王さん?」
「戯言を。そっくりそのまま返してやろう!」
魔王が爪を立て、勇者が剣を向ける。
ピリついた空気が、かつての戦いの記憶を呼び起こす。百七十年時を経て、魔王と勇者の戦いが再び勃発してしまうのか。
「鬱陶し。マンモラゴラ、やっちゃって」
屈むエリュ様。
マンモラゴラのおしゃぶりを外すと、マンモラゴラが咳ばらいをして。
「エリュ様、まさかっ」
咄嗟に耳を塞いだ僕とエリュ様の前で、突如始まるリサイタル。マンモラゴラの愛くるしい歌が廊下に響き渡るのだった。
「こんなことで、『魔王』らしさと『勇者』らしさを出さないで」
地鳴りも緊迫感も、一瞬にして治まった。
一触即発の空気を、一匹の魔物が鎮めたのだ。
マンモラゴラの子守歌で、魔王も勇者も夢の中。
だらしなく廊下に寝そべり、鼻提灯を出していた。
「魔王様……なんでマンモラゴラの歌が効いてるんですか」
マンドラゴラの奇声には平然としていたのに。
しゃがみ込んで寝顔を覗く僕に、
「エリュの……指揮したもの……つまり、エリュの想い……兄として受け止め……すやぁ」
寝ながら返答された。
その想い、ただ煩わしい……みたいなものだと思いますよ。
「行こ、マンモラゴラ」
小さな魔物を抱えて、廊下を歩いていくエリュ様。
「やれやれ……」
エリュ様を見送った城の廊下で、肩をすくめる。
この二人、いつ起こそうか。
「すぴ~、エリュちゃぁん待ってぇ……」
「エリュは夢の中でも可愛いなぁ~……ぐぅ」
穏やかな寝言が耳朶を打つ。
勇者も魔王も、呑気なことだ。
それに、と天井を見上げた。
「修理費、どれぐらいかかるだろうか……」
先日の騒動で破損した大広間の補修もしなければならないというのに。
ハウトの聖剣がやらかしたせいで、魔王軍の先が思いやられる。
穴の開いた天井から見える空は、平和そのものの快晴だった。町一帯に広がる青の色と、降り注ぐ陽の光が、魔族の身には眩しく痛いぐらい。
勇者と魔王の戦いが終わって、百七十年。
——魔王様には敵わない。
そんな常識も、今となっては過去のものだ。
堂々完結です!
ここまで読んでくださりありがとうございます!!




