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星の庭のプリンセス

作者: Tom Eny

星の庭のプリンセス


導入:孤独と運命の選定


満月が煌々と夜空を照らし、いくつもの流れ星が瞬く、神秘的な夜。リナは公園の片隅のブランコに、一人、深く腰掛けていた。13歳の彼女にとって、世界はいつも灰色で、自分の居場所なんてどこにもないと思っていた。きしむブランコの音だけが、沈み込んだ心を静かに揺らしている。


その日の夕暮れからずっと心が沈んでいたリナは、いつしかブランコを立ち漕ぎしていた。夜空に手が届くほど高く、もっと高く。その時、満月といくつもの流れ星が重なり、眩いばかりの光を放った。その強烈な光に包まれ、リナの意識は遠のいていった。


次に意識を取り戻すと、ひんやりとした金属の感触がした。どうやら公園の滑り台の上にいるようだ。何かが鼻の上でむずむずと動き、くすぐったさに思わず目を開けた。


自分の体に目をやると、見慣れない豪華な衣装がまとわれている。夜空の星を縫い合わせたような、きらめく**「星見の衣」**だ。「なにこれ…私の服、なんでこんなに…?」リナが戸惑いながらもその布地を触っていると、目の前にはふわふわとした白い塊がちょこんと座っていた。月のように真っ白な毛並み、ピンと立った耳を持つ小さなウサギだ。手のひらにすっぽり収まるほどのサイズで、きょとんとした瞳がリナを見上げていた。


「大変だ!大変だ!このままでは…月が遅刻してしまう!」


信じられないことに、古風な言葉で話しかけてきたウサギは、小さな懐中時計をひらひらと振っていた。リナは目を瞬かせた。「え…ウサギが喋った?」


「む!失礼なプリンセスめ!わしはポロ、ルナリアの月の最高位の賢者『じい』の化身じゃ!この杵と臼を模した杖こそ、わしの知恵と月の力を示す証し!」


ポロと名乗ったウサギは、小さな体をぴょこっと跳ねさせ、得意げに鼻をヒクヒクさせた。彼の小さな手には、確かにミニチュアの杵と臼のような形をした杖が握られていた。しかし、その体はどこかぐったりとしているように見えた。リナはくすぐったさに身をよじりながらも、その様子に気づき、慌てて抱き上げた。ポロはかすかに震え、小さな懐中時計をかろうじて握りしめていた。


「お腹、空いてるの?」リナがそっと声をかけると、ポロの小さなお腹が「きゅるる」と鳴った。リナはちょうど持っていた月見団子を思い出し、包みを開けて小さな串をポロの前に差し出した。ポロはきょとんとした後、小さな口で団子をむしゃむしゃと頬張り始めた。団子が口の端についた姿はどこか滑稽だったが、あっという間に平らげて、満足げに一つ頷いた。


リナの手から温かい光が流れ込んだような気がした。その光がポロの小さな体を包み込んだ瞬間、彼の瞳に強い輝きが戻り、ぐっと身を起こした。


「我が月の王には子が無く、月の未来を託す養子を探すため、わしはこの地球に遣わされたのじゃ!そして、そなたのその心優しい光こそ、まさしくシンデレラの魔法使いが探し求めたような、月のプリンセスにふさわしい資質!満月の輝きと流れ星の導きを得て、お腹をすかせて倒れていたわしを助け、さらにはその優しさで月見団子を与えてくれた…このポロが保証する!そなたこそが、ルナリアの月を救う真のプリンセスじゃ!」


ポロはそう熱弁すると、一度、小さな体をぴしりと正した。その瞳は真剣そのものだった。「そして、その衣はプリンセスとして目覚めたそなたに贈られたものじゃ。月と星の光が紡ぎ出した、真のプリンセスの証となる**『星見の衣』**だ!」ポロは誇らしげにリナの衣装を指した。「だが、月のプリンセスとなるには、一つ、重き誓約を交わさねばならぬ。そなたが真のプリンセスであることを、地球の誰かに知られてはならぬ。もしその正体が公になった時、そなたの姿は、このポロのように、小さな月のウサギへと変わるだろう。それでも、この重き使命を受け入れるか、リナよ?」


リナは息を呑んだ。ポロのような可愛らしい姿ではあるものの、それはもう元の自分には戻れないということだ。しかし、彼女の心には、月に希望をもたらしたいという強い光が灯っていた。リナは迷いながらも、ポロの真剣な瞳に応えるように、ゆっくりと頷いた。これが、プリンセスとしての**「月の誓約」**だった。


ポロは満足げに頷くと、リナの肩にひょいと飛び乗り、そのまま髪の毛の中に潜り込み、居心地よさそうに身を落ち着けた。リナはくすぐったさに身をよじったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


ポロは、ルナリアの月が**「虚無の影」に蝕まれていること、そしてリナこそがその月を救う「心の光」**を持つ真のプリンセスであることを熱弁した。半信半疑ながらも、ポロの真剣な瞳に、どこか希望のようなものを感じたリナは、月の危機を救うという途方もない話に引き込まれていく。


秘密の修行と公園の変貌


その日から、リナの放課後は公園での秘密の修行に変わった。ポロの指導はユニークだった。


ブランコは、心の光を一点に集中させる訓練に使われた。「さあ、プリンセス!風を感じるのじゃ!前後に揺れる中で、『心の光』を一点に集中させるのだ!」リナは、ポロの指示に従い、ブランコに乗りながら目を閉じた。風を切る音を聞きながら、体の中にぼんやりと感じる光を、意識して手のひらに集めようとする。最初はうまくいかず、ブランコが大きく揺れるたびに光も散漫になるが、何度も繰り返すうちに、わずかに光が手のひらに留まる感覚を掴み始めた。


鉄棒は、まるで空を飛ぶ魔女のほうきそのものだ。「もっと体を軽くするのじゃ!その鉄棒を跨ぎ、空中に浮かぶイメージを持つ!重力に逆らうのだ!」ポロのゲキに応え、リナは鉄棒に足をかけ、まるで魔女がほうきに跨るように体を浮かそうと試みる。最初は足が離れるだけで終わるが、集中するうちに、ほんの数センチ、体がふわっと浮き上がるような感覚を覚える。しかし、バランスを崩して鉄棒にぶつかることもしばしばだった。


ジャングルジムは、立体的な空間把握と魔力移動の練習場だ。「ジャングルジムの網目一つ一つを、魔力で辿ってみるのじゃ!まるでクモの糸を渡るように、自由自在に光を操るのだ!」リナは、複雑に絡み合うジャングルジムの棒を、一つ一つ意識して光を通そうとする。最初は光が途中で途切れてしまうが、集中力を高めるにつれて、光が途切れることなく棒の先まで届くようになった。時には、光の道を辿りながら、ジャングルジムの頂上まで駆け上がってみることもあった。


滑り台は、急降下の訓練場だ。「スピードに乗った状態でこそ、魔力は研ぎ澄まされる!落ちる速さに負けずに、『心の光』を全身に巡らせるのじゃ!」リナは滑り台の上に立ち、目を瞑った。意を決して滑り降りる。風圧を受けながら、体の中の光をコントロールしようとするが、勢いに翻弄され、なかなかうまくいかない。「もっと意識を集中するのじゃ、プリンセス!風を味方につけるのだ!」ポロの声が響く。


シーソーは、不安定な足場でのバランス感覚と魔力制御の訓練だ。「片方が上がれば、もう片方が下がる。その揺れの中で、常に『心の光』を安定させるのだ!」リナはシーソーに乗り、ポロが反対側に座る。シーソーがギッコンバッコンと揺れる中、リナは体勢を保ちながら、手のひらの光を揺らさないように意識する。バランスを崩して落ちそうになる度に、ポロに「しっかりするのじゃ!」と叱咤される。


砂場は、魔法陣を描く練習場だ。「指先に『心の光』を集中させ、砂の上に正確な魔法陣を描くのだ!線の一つ一つに意味がある!」ポロの指導を受けながら、リナは砂の上に指で線を引いていく。最初は歪んだ線ばかりだったが、何度も描き直すうちに、少しずつ正確な形を描けるようになってきた。砂に微かに光が宿るのを感じると、小さな達成感に心が満たされた。


リナは不器用で、修行はいつもドジばかりだった。光が思うように集まらず、ため息をついたり、ポロの指示をうっかり忘れてへまをしたり。「おい、プリンセス!何をやっとるんだ!このままでは月は時間切れじゃぞ!」ある日のこと、リナが鉄棒から落ちて砂だらけになっていると、ポロは口いっぱいに月見団子を頬張りながら、小さなため息と共に厳しくも愛のある説教を浴びせた。もっちりとした団子が口の端についていて、その姿はどこか滑稽だった。


修行が進むにつれて、リナが修行を行う花壇の奥、ポロがひそかに掘り進めていた**「月のウサギ穴」**が、月の光が強まる夕暮れ時にだけ、奇妙に輝き始めた。普段は地味な草花が虹色に光り、普段は聞こえないような微かな鈴の音が響く。まるで、そこだけがルナリアの月へと続く「不思議の国」の入り口のように、非現実的な気配を帯びていく。リナは、自分がただの公園にいるのではない、と直感し始める。その穴こそが、ポロの故郷であるルナリアの月へと直接通じていることを、リナはまだ知らなかった。


新たな出会いと深まる絆


そんな修行の日々の中で、リナは公園で一人の少年と出会った。夕陽を背にした彼の姿は、どこか憂いを帯びていた。ハルトと名乗る少年は、リナがプリンセスであることを知っているようだった。「僕の故郷の星も、虚無の影に侵されている。君の『心の光』が、僕たちの希望なんだ。だが、希望とは常に絶望の裏にあるもの。理解できるかい、プリンセス?」ハルトはクールな表情でそう言ったが、リナには彼の声に深い悲しみが宿っているように感じられた。彼は月の王の息子で、跡取りとしての大きなプレッシャーを抱えているという。彼は時折、格好つけようとして少し的外れなことを言ったり、間の悪いジョークを言ってリナを呆れさせたりしたが、それでもリナを見守る彼の眼差しは常に優しく、彼女の心の支えとなっていった。リナの抱える孤独と、ハルトが抱える重圧は、異なる形をしていても、互いを深く理解し合う絆へと繋がっていった。


月の危機が迫る中、リナは学校でのいじめにも直面していた。主犯格のカレンは、強い言葉でリナを傷つけた。カレンは、リナが周りのみんなから自然と気にかけられ、慕われていることが羨ましかった。自分にはない**「心の光」**の輝きを持つリナに対し、深い嫉妬と劣等感を抱いていたのだ。その満たされない思いが、彼女の心に「影」を落とし、いじめへと駆り立てていた。しかし、リナは修行を通じて、自分の中に小さな光が灯り始めているのを感じていた。友人であるヒカリとユウキは、リナの異変に気づき、そっと寄り添ってくれた。彼らの温かさが、リナの心を少しずつ癒していった。


覚醒と決戦:満月の夜


そして、満月の夜が訪れた。ルナリアの月は、黒い**「虚無の影」に大きく覆われ、その輝きを失いつつあった。同時に、地球ではカレンの心の「影」**が暴走し、彼女の心を暗く染め上げようとしていた。


リナは公園の花壇の奥、隠された月のウサギ穴の前で、月の光を浴びた。ポロが隣で懐中時計を握りしめ、ハルトが少し離れた場所で、真剣な眼差しで見守っている。リナは目を閉じ、これまでの自分を思い返した。孤独だった日々、ポロとの出会い、ハルトの優しさ、そしてヒカリとユウキがくれた温もり。それら全てが、彼女の心の中で光となって集まっていくのを感じた。


「プリンセス、今こそ**『心の光』**を解き放つのじゃ!時間がないぞ、月は待ってくれぬ!」ポロの声が響いた。(リナは既に「星見の衣」を着用しているため、変身の描写は省かれている。)


**「虚無の影」が月の輝きを呑み込もうとする中、リナは両手を広げた。彼女の「心の光」**は、ウサギ穴を通じてルナリアの月へと一直線に伸び、闇を打ち破っていった。月の影はみるみるうちに浄化され、ルナリアの月は再び清らかな輝きを取り戻した。同時に、地球のカレンの心の影も、リナの光に触れて薄れていく。カレンの瞳から、それまで見たことのない、恐怖と後悔の涙が溢れ落ちた。


月の王と未来への誓い


月を救ったリナは、ウサギ穴から月の光に導かれるようにして、ポロ、ハルトと共にルナリアの月の宮殿へと招かれた。そこで、月の王はリナを養女として迎え入れた。


「そなたの内に宿る**『心の光』こそが、我々が長らく探し求めていた希望なのだ。地球でのそなたの孤独、いじめ、そしてポロやハルト、地球の友人たちとの出会いと絆、その全てが、そなたの『心の光』**を育む上で不可欠であった。地球での経験こそが、そなたを真のプリンセスへと導いたのだ。」月の王の言葉は、リナの心に深く響いた。自分の辛かった経験も、無意味ではなかったのだ。


リナは成人するまで地球で引き続き**「心の光」**の成長を目指すこととなった。ルナリアの月の未来を担う真のプリンセスとして、ハルトやポロも引き続き彼女を地球で見守り、必要に応じて共に月へ向かう。ハルトの故郷の星も解放され、平和が訪れた。


地球では、カレンがいじめをやめ、リナに心からの謝罪をした。彼女は少しずつ変わろうとし、新たな友情を育み始めた。リナは仲間たちと共に、夜空の月を見上げた。満月が優しく輝くその中に、自分たちの輝かしい未来を感じ取るのだった。この戦いは終わりではなく、リナのプリンセスとしての使命は地球での経験を通じて永遠に続いていくことを示唆している。


エピローグ:月と地球の絆、そして新しい年


新しい年が訪れた、穏やかなお正月。リナの家の庭では、湯気が立ち上る中でもちつきが行われていた。ポロは、小さな腕にハチマキを巻き、顔を真っ赤にして杵を振っている。「よいしょー!よいしょー!」彼の元気な掛け声に合わせて、リナは餅の塊に手際よく水をかけては、やわらかくなるように丁寧にこねている。少し離れて見ていたハルトも、やがて楽しそうな二人の輪に入り、小さな棒を手に、餅つきの合間を縫って軽快に餅を叩き始めた。つきたてのもちを頬張るポロの口元には、きな粉が可愛らしくついていた。


夜空には、穏やかな月が輝いている。それはルナリアの月であり、リナとポロ、そしてハルトが救った輝かしい未来の象徴だ。リナは、プリンセスとしての使命を胸に秘めつつも、地球での温かい日常、大切な友人や家族との絆を、何よりも愛おしく感じていた。月と地球、二つの世界が、それぞれの光を分かち合い、共に輝き続ける。リナの物語は、これからも続いていくのだ。

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