この樽に飴を入れれば、彼氏ができるのね?
町娘のメリッサが恋愛スポットを巡り、恋人をゲットするお話。
メリッサは意外とおバカ。
駆け出し者につき、ご容赦を。
ロゼッタ国は大陸の東に位置する、重要な貿易拠点。
そこには異国の商品や情報が集中する。
中には怪しげな噂話もいくつか存在している。
町娘のメリッサは、ある噂を耳にした。
"隣の港町にある樽に飴を入れると、恋人ができる"というものだ。
「こんなうわさ信じるなんて、バカみたいじゃない」
軒先の花に水をやりながら、ぼんやりと物思いにふける。
ーー飴なんかで恋人がゲットできたら楽勝なのに
花の16歳のメリッサは恋愛とは縁のない人生を送っていた。
「でもでも、信じる天然さんもいるわけよね」
メリッサは考えた。
隣町にある樽には、噂を聞いた独身ボーイや彼氏なしガールが群がるだろう。
リア充になり損ねた彼らは、誰彼構わず声をかけ始めるかもしれない。
そうすると樽を中心に出会いスポットが爆誕する。
「もしそこに可愛い女の子がいたら?」
当然、独身ボーイが殺到して乱闘が始まる。
他の彼氏なしガールたちは、歯噛みしてチャンスを待つほかない。
つまり、中堅どころのメリッサは早く樽に辿り着かなくては勝ち目がない。
「今すぐ樽見つけて、彼氏捕まえちゃるー!」
まだ見ぬ可愛いライバルに闘志を燃やすメリッサである。
港の地図と食料を手に、樽を探し始めたのだが。
「樽なんて山ほどあるじゃないの!」
港の停泊場所から探索を始めたのだが、積荷の樽が大量にある。
ーーどうやらここは違いそう
早々に退散しようとするメリッサに、
「お嬢ちゃん、危ないからどいたどいた!!」
漁師の怒声が降りかかる。
朝早くから海に出ていた船が、たった今戻ってきたらしい。
ーーおかしなタイミングで来てしまったわ
漁師に押されながら、命からがら撤退するのだった。
木陰で一休みしたメリッサは、賑やかな通りを発見した。
「あっちに人だかりがあるから、向かってみましょう」
樽に群がる人々であることを期待して近づいていくと、行列ができている。
ーー前が見えないけれど、並んでみようっと
最後尾に加わったメリッサだが、周囲の声を聞いて違和感を感じた。
「ここのお店に来るの初めてなの!」
「異国のスイーツ、わくわくしちゃうな」
ーーあれ、これって恋愛の樽を目指してるわけではない?
不安になり列を抜け出そうかと考えるも、
「縁結びのハートパイを買うために来たんだもの!」
誰かの声に動きを停止する。
ーー同じ悩みを抱える乙女の声が聞こえたわ
即座にハートパイを買う決断をしたメリッサだった。
買い物を終えてハートパイを食べながら、通りを歩いてみる。
「樽の場所の検討なんて全くつかないもの」
ぼんやりしていると、怪しげな看板が目に止まった。
そこには
「飴を代償に、あなたの悩みをサッと解決!」
と書いてあった。
ーー胡散臭いわね
看板の方角に向かうか考えあぐねていると、少年が前を通りすがった。
「あ、これ落としたわっ」
落としたハンカチを差し出そうとするが、聞こえていないようだ。
どんどん遠ざかってしまう。
「待ってってば」
思った以上に少年は早く、全然追いつく気配はない。
何度か通りを曲がったら姿を見失ってしまった。
ーーこのハンカチどうしよう
きょろきょろしていると、またもや怪しげな看板を見つけた。
「飴を代償に、秒解決!」
しかも案内地はすぐ先にあるようだ。
すっかり迷ってしまったし、せっかく隣町まで来たのだ。
ーー噂の場所かはわからないけれど、行ってみましょ
50mほど歩くと、紫のテントがかかった樽があった。
「噂の樽って、絶対コレだぁ」
残念ながら人だかりはできていない。
ーー独身ボーイの影も形もないじゃない
ようやく辿り着いたのに、がっかりのメリッサだ。
幸か不幸か飴は一つだけ持っている。
さっきのスイーツ店で配っていた試作品をもらったのだ。
「別に信じてるわけじゃないけど、せっかくだし……」
自分に言い訳をしながら飴をお供えする。
ーー結局やっちゃった
目的も果たしたので帰ろうと振り返ると、
「ハンカチの少年だっ!」
先程走り去っていった少年が、メリッサの真後ろに立っていた。
ーーあれれ、どこにいれたんだっけな
返そうとしていたハンカチを必死で探していると、少年が話しかけてきた。
「おねえさん、恋人がほしいんでしょ?」
図星をさされ、メリッサはギクッとする。
「恋結びのスイーツに、恋愛スポットだもの」
メリッサが持ったままのハートパイを見ながら言う少年。
反論しようにも、パイを片手に樽の前ででは説得力がイマイチだ。
メリッサがぐぬぬとしていると、
「おねえさんがハンカチ拾ってくれたお返しに、僕が恋人になってあげる!」
少年が提案をしてきた。
ーー私、年下の男の子はちょっと
やんわり拒否しようと口を開くが、
「今度おねえさんの家に行くから!ハンカチはその時に返してね」
またもや超特急で走り去っていく。
ーーなんだったのかしら
狐に化かされた気分だ。
ハンカチを眺めながらぐるぐる歩いていると、スイーツ店の通りに着く。
ーー彼氏欲しさのあまりに、白昼夢でもみたのかな
今日の出来事を考えながら、真っ暗な自宅に到着する。
久しぶりに賑やかな街に行ったからか、一人になると 少しさみしい。
ーー恋人の話、お願いしておけばよかったかも
もやもやしながら、眠りについた。
翌日、いつも通り花の水やりをしていると、ちょこまかと動物が忍び寄ってきた。
目がまんまるなリスだ。
「ふふ、かわいい」
リスは窓から部屋に入ってきた。
ーー人に慣れてるのかな
机の上においたハンカチの上に座り、こちらを見つめてくる。
ーーどうしたのかしら
メリッサが不思議そうに見つめていると、しょげてしまったみたいだ。
残念そうにハンカチをくわえて、窓のほうに歩き出した。
ーーもしかすると、昨日の少年って
窓際の花壇に着き、悲しそうにこちらを振り返るリスに思わず声をかける。
「ねえ、昨日の少年に伝えて頂戴。友達からお願いって」
ーー16歳にもなってリスに話しかけちゃった
メリッサがちょっと後悔し始めて数秒後、リスは超特急で走り出した。
さっきまでのしょんぼりが嘘のように生き生きとしている。
ーーもしかして、もしかするのかしら
「あと、次は人間の姿でね!」
リスの後ろ姿に向かって叫び、再び後悔するメリッサだ。
その後、少年と少女が仲良くハートパイを食べる様子を見たとある漁師が話している。