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ある晴れた日、私は自販機の影に隠れ、しゃがみながら本を読んでいた。目的の人物が現れるまで道向かいの理髪店の入り口を注視しながら。
ふいに、後ろから声をかけられた。
「ふふっ。こんな事してると、探偵か刑事みたいだね」
真上を見上げると、隣のクラスに転入した一ノ宮 栞里さんが楽しそうに理髪店を眺めている。
美少女が来たと、男子だけでなく女子も騒いでいた。一目見ようと、何時も隣のクラスの前は人口密度が高い。今注目の転校生だ。
そんな転校生と私が何故一緒に自販機に隠れ探偵ごっこをしているのかと問えば、一ノ宮さんに出会った1週間前に遡る。
◆
私、内山 翼は変わり者だ。
友達を作らず、教室に響く賑やかな声をBGM代わりにし、隅っこで読書をしている地味な女子高生。空き教室を使っている選択の授業でも、真っ先に廊下側の後ろの席に座る。
いつもの様に後ろの席に座り先生が来るまで読書を楽しんでいると、目の前から声をかけられた。
「ねぇ、前の席座っても大丈夫かな?」
顔を上げると、優しく微笑む美少女がいた。
3日前に隣のクラスに転入してきた人だ。私のクラスの人達が、転校生について喋っているのを聞いたし、今朝登校時に目が合った………気がした。
「この授業は自由席だから大丈夫。早い者勝ちで皆んないつもバラバラだし」
「そうなんだ。ありがとう」
そう言って、転校生は私の前の席に座った。私は読書を再開すべく本に目線を戻したところで、また声をかけられた。
「私は5組に転入してきた一ノ宮 栞里。よろしくね」
「よろしく〜」
もう用は終わったと思い、読書に戻る。
「………えっと、お名前お伺いしても?」
何故敬語なんだと思いながら、自分の態度の悪さに気づいて謝った。
「読書中は私態度悪いし空返事になるからごめん。私は6組の内山 翼」
「あ、そうなんだ。 内山さんって、凄い読書好きなんだね。今は何読んでるの?」
曇りなきキラキラした瞳が眩しい。目を細めてジッと見ても何も見えないし何も聞こえない。珍しい人だなと思った。
「『青い鳥は晴れた空にいた。』って本。著者は白紙あじさい」
「へぇ、どんな内容? 恋愛系とか?」
一ノ宮さんと会話している私に向かって羨むような視線を周囲から感じた。目立っているなと思った時、チャイムが鳴り先生が教室に入って来た。
私は内心ほっとした。
授業中は、シャーペンの音と皆んなの呟く声が教室に響いている。
皆んな口を閉じて黙々と黒板の内容をノートに写している。
今日の授業も割と賑やかだ。
授業終わりの挨拶をしたら、すぐに自分の教室へ帰った。選択以外でもう会う事はないと思っていた。
「あ、内山さんおはよー」
それからと言うもの、朝の校門前、廊下、合同体育の時、更にトイレでも私に会うと一ノ宮さんは声をかけて来た。タイプの違う2人が話している性か、周りが不思議そうにしている。一ノ宮さんの周りは明るい人達ばかりだから余計に視線が痛く、気まずい。
けれど、一ノ宮さんは誰にでも気さくに声をかけていたので、私だけ目立つ事はなくなった。
又、気配を察して迂回等していたので、会う頻度も初日より減った。
そのおかげで学校では読書と勉強に集中できる平和な日常が戻って来た。
そう、私は油断していたのだ。
「内山さん、一緒に帰ろう!」
「ごめんなさい。家の用事があるので。それでは」
一ノ宮さんの返事も聞かずに、手にしていた上履きを仕舞い、電光石火のごとく昇降口を後にした。
校門を出た所で、黒髪短髪の男子生徒を見つけた。今日のターゲットだ。その後を追うが、見つからない様に気配を消し一定距離を保ちながら男子生徒の靴のかかと部分を見る。
こうすれば、相手と目が合う事がない。
男子生徒が電車に乗れば、私も乗る。隣の車両に。
この男子生徒が降りる駅も目的地も分かっているけれど、念の為後をつけている。
学校のある駅から2つ目の駅で降り、ある商店街の中の理髪店に入って行った。
私は理髪店が見える、斜め向かいの自販機の影に隠れて、男子生徒が出て来るのを待つ。
待つ間は暇なので、鞄から読みかけの本を出して読書を始めた。
数ページ読んだところで、本に影が差し込んだ。
「内山さん、ここに居たんだ。探したよー」
ホラーかと思った。手にしていた本が落ちかけた。私の前には、にっこり笑う一ノ宮さんが居た。
「え………なんで、ここに……」
「なんでって、ここ私のおばあちゃん家だよ」
私は背後の木造住宅を振り返った。
一ノ宮さんの説明では、保護者の方が急に海外転勤になったが、日本に残る事にした一ノ宮さんはお婆さん家に預けられたそうだ。
因みに、暫く家の前(自販機横)に居ても良いかたずねると、家の敷地外だから大丈夫だと心良く許諾してくれた。
「1人暮らしに憧れてたけどまだ早いって言われてね。あ、喉かわかない? はい、麦茶」
「あ、ありがとうございます。あの、お気遣いなく
「こっちは、おばあちゃんから〜。マドレーヌ好き?」
「いただきます」
お婆さんからと、言われたら流石に断りづらい。2人で自販機横(一ノ宮さん家前)にてミニお茶会が始まった。謎だ。
「内山さん、田崎君の事、ストーカーしてるの?」
私は麦茶を吹き出しかけて、むせた。
ストレートな物言いに、私は焦った。
「大丈夫?」
「大丈夫……どこから見ていたの?」
「内山さんが校門出た所で、田崎君の後ろをあるいてる時かな」
つまり、最初から見られて後をつけられていたのか。いや、帰る道のりがたまたま同じだけか。
「私はストーカーじゃないけど、……ごめん、詳しくは言えない」
顔を伏せた私に、そっかっと言って一ノ宮さんは空のグラスをお盆に載せ家の中に帰っていった。
理髪店を見ても、まだ誰も出てきては居ない。
私は本を読み出した。
数分後。
「田崎君、まだ出てこないね」
くすりと笑い声が聞こえ、真上を見上げると家に帰ったはずの一ノ宮さんが居た。
「なんだか探偵みたいだねー」
一緒に田崎何某を待つつもりなのだろうか。一ノ宮さんは先ほどより楽しそうだ。
カランコロン
昔懐かしの音と共に、黒色のゴスロリ服に身を包んだ人が理髪店から出てきた。
「わあ、ゴスロリ可愛いね! 内山さんはどんな服がって、内山さん?」
既に本を仕舞い、鞄を背負った私は一ノ宮さんに向き直った。
「ごちそうさまでした。この借りは返します。お婆さんには宜しくお伝え下さい。では」
私は背後から聞こえる声を無視して、走り出した。向かうはゴスロリの人の元だ。
「ねえ、内山さん、田崎を待って居たんじゃなかったの?」
直ぐに一ノ宮さんに追いつかれてしまうまでは。
一ノ宮さんは、陸上部に入った方が良い気がする。
ここまで来たならしょうがない。一ノ宮さんも知っていた方が良いだろう。
「今のゴスロリさんがそうだけど?」
「今のって、え!?うそ!」
ゴスロリさんが何かに気づいて近くの公園に入って行った。
「あ……うそ、ここは」
一ノ宮さんが隣で呟き足を止めたが、私は気にせずに公園に入って行く。ゴスロリさんは、泣いている子供が指差している木に靴を脱ぎ捨て登り始めた。
木の枝には風船が引っかかっており、記憶通りゴスロリさんは木にスルスルと登り器用に風船を枝から取り返した。
私が見た未来は、こうだった。
ゴスロリさんは、いや、田崎君は降りる途中で手を滑らせて、打ちどころが悪く救急車に運ばれるも明日にはいなくなる。
私は見た現実を変える為、今日は田崎君についていた。先に全て先手を打ちたかったが、打った場合今泣いている子供が木に登るかもしれないので、ギリギリで助けに入る。