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明るいあの子は奴隷少女

 心臓が止まるかと思った。

 そりゃそうだ、あの銀城さんが奴隷扱いされてるんだから。


「どうした、イオリ?」


 異変に気付いたらしいブランドンさんが、俺の肩を叩いた。


「さっき馬車の中にいた奴隷は、俺のクラスメート――一緒に来た転移者です!」


 俺が説明すると、グラント親子の顔色が変わる。

 恐らくだけど、ふたりが戸惑うくらい、俺は必死の形相になってるんだ。


「……マジか?」

「雰囲気は変わってますけど、見間違えるはずがない! なんで奴隷になってるんだ!」


 ほとんど説明を投げ捨てるように、俺は馬車の前に立つべく走り出した。

 もう一度すれ違った時に馬車の中を見たけど、中にいる女の子は目が(うつ)ろで、両手足を(かせ)で縛られて、ぼろきれだけを(まと)っている上に、体中(あざ)だらけだ。

 それでも、見間違えるわけがない!

 彼女は銀城カノンに間違いない!


「マッコイ! 止まって、止まれ!」


 俺が馬車の前に躍り出ると、マッコイは御者に言って馬を止めさせた。


「何かね、平民? 靴磨きなら間に合ってるぞ?」

「そうじゃない! 馬車の中の奴隷は俺の知り合いなんだ、開放してくれ!」


 必死の思いで声を上げても、この程度で奴隷商人が心変わりするなら世話はない。


「馬車を出せ。付き合ってられん」


 鼻を鳴らして俺を無視したけど、こっちもはいそうですか、で終わらせられないんだよ。


「どうして転移者を奴隷にできたんだ、それくらい教えてくれたっていいだろ!」


 自分でも驚くほど声を荒げる俺を、とうとう後ろからブランドンさんが引き留めた。


「イオリ、よせ! こいつは奴隷を色んなところからさらって売り飛ばす極悪人だ、聞いたって何も言いやしねえよ!」

「随分と言ってくれるのぅ。知り合いの辺境伯(へんきょうはく)に掛け合って、町を潰してもいいんだぞぉ?」


 そんな俺達を見て、マッコイのやつがにやにやと笑う。


「あの奴隷はな、同じ転移者がくれた貴重な品物じゃよ」

「転移者だと!? まさか、茶髪の男とその恋人か!?」

「茶髪……さての、どうだったかのぉ~?」


 しらばっくれるマッコイの表情から、俺は疑問を半ば確信に変えた。

 銀城さんを奴隷にしたのには、間違いなく小御門リョウマと近江アイナが――あるいはモルバ神官が噛んでる。

 あいつら、俺を殺すだけじゃ飽き足らずに、クラスメートを奴隷にまでしたのか。


「こういう美人はの、綺麗なままより、惨めなさまの方が売れるんじゃ。最初は抵抗しとったが、スキルを封じ込めればただのメスよの!」


 小御門達への怒りを募らせてる間にも、マッコイは俺の神経を逆なでする。

 銀城さんをひどい目に遭わせたのを、嬉々として語りやがる。


「わしが食事を抜いて、何度か殴ったら大人しくなったわ。奴隷の扱いも、楽なもんじゃ!」


 しかもこいつが、銀城さんの目から光を奪った張本人だ。

 貴族だ何だが許そうが、こんな輩を許せるわけがないだろ!


「ふざけるなよ、お前……!」

「お兄さん、落ち着いてください!」


 キャロルやブランドンさんが押さえてないと、ぶくぶく肥え太った豚野郎を殴り殺しかねない状況でも、構わず当の本人はにたにた笑った。


「おっとぉ~? 平民、お前も転移者かのぅ?」


 あいつは俺の目を見ちゃいない、俺の腕ばかり見てる。


「この女は、オーデン伯爵のもとに売りつける予定でな。転移者の奴隷を集めとる上顧客だ、言い値で買い取ってくれるに違いないわ!」


 俺との関係性を知ってるのか、心臓の奥の怒りを煽り立てることばかり言いやがる。


「傷まみれ痣まみれ、糞まみれになってゴミのように捨てられるまで、あのメス奴隷に自由なんぞありゃせん! 買い手に引き渡されて、絶望してる時の女の顔が、わしはもう好きで好きでたまらんのよ~っ!」

「……ッ!」


 もう、俺は気を抜くと頭に昇った血で失神しそうだった。

 どうすればこいつを地獄に叩き落とせるか、頭の中がそれだけで埋まった。


「くくく、お前も買ってやろうか? 牛角族よ、こいつの値段を教えてくれ!」


 俺の拳が握る力で赤くなっているのも構わず、マッコイは町中に聞こえるような大声で、グラント親子に俺の()()を聞く。

 ふたりが無視していると、今度は周りの町民達に同じように問いかける。


「こやつらでなくとも、町の連中なら誰でもよいぞ! このふざけた小僧を300ソリア金貨で売らんか! どうじゃ貧乏人ども、当分遊んで暮らせるぞ!」


 ソリア金貨300枚といえば、大工が半年働いてやっと稼げる額だ。

 マッコイもきっと、田舎町の人間なら転移者を売ると踏んだに違いない。


「あいつ、イオリを売れって言ってるのか?」

「冗談じゃないわよ……」


 だけど、カンタヴェールにそんな人はいないって、俺は知ってる。

 ついでに言えば、俺を売る話題が出た途端、ブランドンさんとキャロルが怒りで打ち震えているのも、俺は気づいてる。


「言っちゃいけねえことを言ったな、マッコイ」

「だったらどうするのかね、えぇ? 貴族と親交のある大商人のわしに逆らって、住みかを追われた平民なぞいくらでもおるんじゃぞ?」


 ブランドンさんや町民の態度が気に食わないのか、マッコイは唾を吐く。


「小僧、今のは忠告じゃ。これに懲りたら、あまり調子に乗らんことじゃな」


 そうして馬車を動かして町を出て行こうとする奴隷商人を、俺は逃がすつもりなんて毛頭ない。かといって、皆の今後を考えれば攻撃もできない。

 くそ、このまま逃がすわけにはいかないってのにと歯軋りしてた時だ。


「……構うこたあねえ。やっていいぜ、イオリ!」


 俺の背中を、ブランドンさんが押してくれた。

 周りを見ると、キャロルも、カンタヴェールの皆も、俺を見つめてる。

 視線の意味は分かってる――思う存分、暴れてやれってことだ!


「ありがとうございます、ブランドンさんッ! スキル【生命付与】!」


 にっと笑い、俺は間髪入れず馬車に手を触れた。

 次の瞬間、馬車がめきめきと形を変え、屋根が翼のようにはためいて宙を舞った。

 へらへらと余裕をかましていたマッコイが、馬車の変化に伴い転げ落ちる。

 何が起きたのかと天を(あお)ぐ連中の上で、けたたましい声を上げるのは、馬車そのものが命を与えられた巨大な怪鳥だ。


「な、なんじゃああああッ!?」


 目玉が飛び出るほど驚いたマッコイの前で、俺は言った。


「先に言っとく。この鳥は、忠告なんか聞かずにお前らを食うからな」


 馬車の素材で組み上げられた巨大な鳥が、俺の意志を代弁するように鳴いた。

【読者の皆様へ】


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