余命15年のエルフを看取る。異世界ホスピス
波の音が聴こえる。私が死ぬならこんな晴れた静かな日がいいな。
「『醜いジジババどもが!』が最初の一言でしたもんねぇ?」
「ミホさん。言わんでくれ。それを。悪かったと思ってる」
ベッドに寝ている顔が半分黒くなっているエルフのソルフィーさんは苦しそうに笑った。エルフってのはいまだに不思議だ。見た目は少年なのに300才。そしてもうそろそろ死ぬ。
「いてて。腰から腹が」
「はいはい」
「助かるよ。ありがとう」
私は禁断魔法を使ってソルフィーさんの痛みを取り除いた。禁断魔法はその名の通り禁断の魔法だ。痛みは取り除けるが強い中毒性があり、ホスピスの患者以外に使ったら王国から処罰される。
「ソルフィーさん。ありがとうが言えるようになったんですねぇ」
「嫌みはやめておくれよ」
15年前に素行が悪すぎてエルフの森を追い出され、ホスピスにやって来たソルフィーさんの当時の口癖は『俺は大いなるエルフ様だぞ!人間ども!我に尽くせる事を感謝せよ!』だったもんなぁ。ソルフィーさんのイジメに堪えられず辞めていったヒーラーは何人いただろう?
「今日は少し暑いですね。体拭きますよ」
「んー。お願いするよ」
ソルフィーさんのパジャマを脱がして体を拭く。黒い複雑な模様のアザだらけだな。初めてここに来た時はちょっとしたシミみたいな大きさだったのに。
これが『エルフの死の刻印』。これが体に浮かぶとエルフは20年以内に確実に死ぬ。
「はい。ありがとよ。俺はここに来て良かったよ」
「何ですか?しおらしい」
『やっぱり死ぬのが怖かったんだよ』とソルフィーさんは語った。普通に死の刻印が出るのは500才程。
「300才で刻印はないよなぁって。人間で言えば60ぐらいだ。理不尽だなぁって。でもさ。人間っほんと短命だよなぁ。言い方悪いけど俺はまだましだなってよ」
ここは本来人間専用のホスピスだ。ここに来た患者達は皆余命一年から数ヶ月。余命15年と診断されたソルフィーさんは多くの人間の死を見てきた。15年かけて死を『当たり前のもの』として受け入れた。
「森にいたら分かんなかったよ。『エルフは死んだら森に還る』のが常識だからな。うん。友達になった人がみんな死んじまったのは悲しかったけどな。まぁもう少しで俺も死ぬ」
「そうですねぇ」
「そうですねってあんた」
「ソルフィーさーん。お客様でーす」
「あん?俺に?」
15年間でソルフィーさんにお客さんが来るなんて初めての事だった。
・
(森の精霊様がお前を許してくれた。ソルフィー。森に帰って来い。お前もエルフだ。森で死にたかろう?)
(嫌だね)
(……えっ?)
・
ソルフィーさんが泣きながら詫びて泣きながら帰ってくると思っていたであろうエルフの森の村長さんは激怒して帰っていった。
「良かったんですかぁ?」
「うん。もう森に未練は無いし。今は海の方が好きだ。俺は海で死ぬ。なぁミホさん。頼みがあるんだよ」
「はいはい」
遺言かなぁと思ったら『抱き締めて欲しい』と言った。それはヒーラーとしての職務外だと思うけど……まぁ中身はおじいちゃんだから大丈夫でしょう。抱き締めてあげるとソルフィーさんはしゃくりあげて泣いた。
「完全に死の恐怖から逃れるのは無理だなぁ」
「そりゃあ完全には無理ですよ。恥じることはありません」
「うぅぅ。死ぬのがこえぇよ。何で死んだらどうなるか誰にもわかんねぇんだよ。分かりゃいいのになぁ。くっそこえぇ。ごめん。やっぱりもう1つお願いしていいか?」
「なんなりと」
・
三日後の朝。ソルフィーさんが寝ていたハズのベッドに一握り分ぐらいの黒い砂利が置いてあった。患者さんたちが次々集まってきた。
「あー」
「どういう事かしら?これは?」
「旅立ちましたね。ソルフィーさん」
「……あらぁ」
森で死ぬエルフは白い灰になって森に消える。
森以外で死ぬとこうなるのか。
皆でお祈りした後、私はソルフィーさんだった砂利を大切にビンに容れた。
・
『やっぱりあの話は無しで。死ぬまで生きてくれ』
引き出しに入っていたソルフィーさんの遺言はそれだけだった。なので私は死ぬのをやめた。
『嘘でもいい。俺が死んだら自分も死ぬって言ってくれ。ミホさんが追っかけてきてくれるなら俺も怖くない』
『いいですよ。ソルフィーさんが亡くなったら私も追いかけます』
そう約束したから自殺しようとしたけど好きな人の遺言だからしょうがないね。
多分私はあと50年ぐらいは生きるだろうけどエルフからしたら50年なんてあっという間でしょ?ゆっくり待っててね。
「ホスピスで恋をするなんて思わなかったわ」
砂浜にソルフィーさんの砂利を撒いた。潮が満ちるまで数時間。ここからはホスピスがよく見えるわ。それまでゆっくりお別れして海へお還り。