6番目の番組
よろしくお願いいたします
大学二年の夏、俺はラジオのアプリをいれた。
レポートを書くため、深夜起きてる事の多い俺に友達が薦めてくれたものだ。
意外なことに、テレビやYouTubeと違い映像の流れないそれは俺に合っていたらしく、そのうち部屋にいるときは1日中ラジオをかけていた。
ある蒸し暑い夜、日付も変わろうかという時間に俺はラジオを聞いていた。
その日は少し面倒くさい内容の課題をこなしながら、お気に入りの番組を聞くつもりだったが、どうやらいつものパーソナリティーが休みだったらしく急遽他の内容が流れていた。
このまま聴くか悩んだ俺は、他の番組を確認してみることにし、番組欄のページを眺める。
すると番組欄の上から6番目。様々な番組が縱1列に並んでいる一番下に、タイトルの書いてない番組をみつけた。
ただ、[放送中]とだけ表示されているそれに俺は何故か惹かれて
タップをしてしまった。
「皆さまこんばんは。今日も皆さまの素敵なメールをお待ちしています」
優しげな女性の声が聴こえてきた。どうやら視聴者からのメールを待つタイプの番組らしい。
課題をこなすにはちょうどいいかもしれない。そう思い、スマホをパソコンの横に置くと、テキストを開いた。
横に置いた棚の上で、水槽にいた金魚がパチャリと跳ねた音がした。
どうやらメールが届いたらしい、その水の音を合図に女性が再度話し始めた。
「ユキさんからのメールです。こんばんは。私は都内でOLをやっています。いつも自分の家から程近い、駅から通勤しています」
穏やかな話し声が部屋のなかに響く。そのまま話しは会社の愚痴になり、俺は特に内容に気を止めずにパソコンと向き合っていると
「……上司どころか同僚すら私を認めません。それどころか、私の事を監視したいのか毎日駅から私の自宅まで、ついてくるのです」
思わず手を止め、スマホの画面をみる。画面には相変わらず放送中の文字しか書いてない。いや、それよりも
「毎日毎日毎日、私の事をつけまわすのです」
この内容はなんだ?本当だったら、こんな番組に投稿せずしかるべき場所へ相談すべきではないか?それとも、メールの送り主は頭が少しいかれてるのか??
そしてなぜこのパーソナリティーは動揺せずに読み上げてるんだ?
「最近は部屋にいても窓を叩いたりするのです。あの人達は私を嫌ってるのです。私の事をバラバラしてしまいたいのです」
なんだこの人……ああ、ストレスで頭と心が少しやられてしまったのか。
きっとこの番組はそういった人たちからのメールが多いんだ。
だから動揺もせず読み上げてるんだ。
俺は番組を変えようか悩んだが、興味本位でそのまま聴くことにしてしまった。少なくとも、このユキさんとやらのメールを聴き終えるまでは。
「…その日も私は、駅で電車を待ってました。後数分で、ホームに来る予定でした。でも、いたんです。後ろにあいつらが私をみていたんです。黒いモヤを纏いながら私を見ていたんです」
思わず生唾を飲む。もはや、課題なんか手につかない。
優しげなのに、どこか迫力のある声色で続きが読み上げられる。
「あいつらは、わたしを、つきとばしました」
「きづいたら、わたしはバラバラになった、わたしのからだをみていました。わたしのめで、みていました」
息が詰まる感じがした、時計の秒針の音すら響く静寂。
なんだこれは。よくある悩み相談じゃなかったのか。頭のおかしい人間が送ってきたにしても、やりすぎじゃないか。
こんな内容を放送するなんてどうかしてる。
混乱してる俺の頭に、ふと1つの考えが浮かぶ。
きっとこれは、怪談話をとりあげてるんだ。
そうだ。そうに違いない。俺は無理やり自分を納得させた。
そうと思えば、さっきの話だってたいしたことはない。
出来の悪い怪談だ。
「…………だから、僕はあいつらから逃げるために、自分で自分の首を切り落とすことにしました。でも、うまくいかず鉈が途中で止まったまま、僕は倒れてしまいました」
ハッと気づくと次の話を読み上げていた。また気味の悪い話を読んでいた。俺は咄嗟にスマホを手に持ち、アプリをとめた。
気づくと深夜の1時過ぎていた。ぐっしょりと背中に汗をかいている。シャワーを浴びたい気もしたが、先程の話で気分を悪くした俺はそのまま、不快感を気にしないふりをしながら無理やり眠りにつくことにした。
翌朝、いつもより早く目覚めた俺はいつも通りラジオをかけようとしたが、昨日の夜を思いだし躊躇し、最近はあまりつけてないテレビのスイッチをいれるとよくある朝のニュースがながれた。
「……次のニュースです。昨日夕方、都内に住む橋野ユキさん25才がホームに転落し………」
身支度していた手がとまる。思わず画面を凝視する。事故があったのは駅……それに名前が……昨日のメールの……
俺はリモコンをとり、違うニュースをかけた。たまたまだ。
たまたま。昨日の話だし、たちの悪いやつがこの事件を元にしたんだ。
「昨日の未明、男子高校生が自らの首を切り落とそうと鉈を突き刺して死亡しました。警察は自殺とみて……」
変えた先のニュースで、またもや聞き覚えのある内容の事件をアナウンサーが話していた。理解できない恐怖が俺を襲う。
俺は準備をそこそこに、鞄を掴み部屋を飛び出した。
自転車に飛び乗ると、思い切りペダルを漕ぎ大学へ向かう。
必死で漕いでいる最中も、俺は沸き上がる恐怖と戦い続けていた。たまたま?偶然で片付けられるのか??同じ死に方をしてるんだ。2人も。手が震えるのがわかった。
ふと、視界の端に何かを捉える。思わずその場で停まって確認をする。
今、確かにいたのだ。
電柱の陰に、黒い何かが。
俺は大学につくと、あのラジオアプリを薦めてくれた友人を捕まえ、問いただした。
『おい、あの番組なんだ。6番目にある無題の番組』
『はぁ?お前何いってるんだよ』
首を傾げる友人に、俺は腹が立ち声を荒げながら捲し立てる。
『とぼけるなよ!聴いたことあるのかあの番組!実際に死んだ人間がまるで自分の死に様をこと細かくメールにして送ってるように表現して……!悪ふざけにも程がある!!』
『お、落ち着けって。お前何か勘違いしてないか?』
詰め寄る俺を落ち着かせるように、友人は自身のスマホで例のアプリを開き、画面を見せてきた。何度も見慣れた番組欄がそこにはあった。
『良く見ろよ…このアプリをまだリリースされて間もないから、規模もそこまで大きくなくて…ほら、チャンネルは5つしかないんだよ。6番目なんかどこにもないんだよ。自分のでも確認しな』
俺は友人のスマホを奪うと何度も確認した。確かにそこには、チャンネルは5つしかない。
『お前夢でも見たんだよ。顔色も悪いぞ…授業のほうは後で資料やるから今日はもう帰って休めよ』
心配した友人は、項垂れながらスマホを確認し続ける俺の肩に手をやり促す。
正直、1人になりたくない気分だったがこれ以上迷惑かけるわけにもいかない。
『ああ…そうするよ。悪かったな』
俺は無理やり笑顔をつくりその場を立ち去ろうとすると、友人は
『あ……おい!何かあったり、話したい事があったらすぐに連絡しろよ!いつでもいいから!』
と、背後から叫んだ。俺はそれに答えるように手を振ると、駐輪場まで歩いていった。
大学の門と校舎の間にある駐輪場は人気がなく、ときおり近くを走る車の音が聴こえてくる程度だ。
風が生暖かい。
俺が自転車に跨がろうとすると、ふと視線を感じることに気づいた。
周囲を見渡す。
校舎の窓から、黒いナニかが、こっちをみてる。
俺はひきつったような声をあげると、転びそうになりながら必死に敷地から飛び出た。
見間違い?いや、確かにいた。目があった。
あれに目なんて無かったかもしれないが、目があったと感じ取ったのだ。
必死に自転車を漕いでいるとまた視線を感じた。
通りすぎていく電柱の陰や、ビルの間にも、ナニかがいた。
俺を見ている。
悲鳴をあげそうになりながら勢いよく交差点をわたろうとすると、
甲高いクラクションが鳴り響く。
間一髪、車にぶつからなかった俺は、運転手の悪態を頭のどこかで聞きながら息を整える。
焦りすぎて信号を無視していたようだ。辺りを確認すると、
先ほどまでの黒いものはいなくなっていた。
俺は心を落ち着かせる。
きっと、最近疲れてたせいだ。
そのせいで気味の悪いものを見るようになったんだ。
いや、見えているつもりなんだ。
そう自分に言い聞かせると、不思議と少し落ち着いてきた。
俺はアパートまでの道を先ほどとはうってかわって落ち着いた風に辿っていったが、部屋についたときは身体中疲れきってしまっていた。
そして、部屋にはいるとそのままベッドに倒れこみ、深い眠りについた。
どうやら、昨晩良く眠れなかったからかぐっすりと寝てしまったらしい。
気づくと既に夜も遅い時間になっていた。
俺はつい、いつもの癖でスマホを手に取り、例のラジオアプリを起動してしまった。
そして、また見つけてしまった。
上から6番目にある、[放送中]の文字の書いてあるそれを。
俺はそのまま友人に電話をした。
無機質なコール音が数回鳴った後、
『もしもし?どうした?』
その声にかぶせるように俺は叫ぶ
『アプリをつけろ!あるんだよ!6番目に!昼間に言っていたあの番組が!!』
もはや泣きそうになっていた。
自分がおかしくなったのかとも思えたが、友人はそんな俺の訴えを真剣に聞き、そのまま繋いどけよ!っと一言いうと、画面を押してるような音が聴こえた。
『こっちには何もない……一番下にあるんだよな?』
『そうだ!俺が今見たら確かに一番下に、』
そこまで話すと突然、
「皆さま、こんばんは」
あの、女の声が聴こえた。
俺はスマホを反射的に耳から離した。
画面にはあの、番組の画面。
電話口からは、最初は俺の異変に気づいた友人が何かを大声で言ってくれる声がしたが、徐々にそれは小さくなっていき、昨日と変わらず気持ち悪い程穏やかな声で語りだす女の声のみだけになった。
俺は勝手に起動されたアプリを消そうと、操作をする。
が、画面はまるで固まったかのように動かず、電源すら消せなくなっていた。
「今日、僕は大学から帰る途中に黒いナニかを見ました」
必死にどうにか出来ないかと苦戦してる俺の耳に、女の声が優しく語りかけてきた。
「必死に自転車を漕いで逃げようとましたが、焦りすぎたのでしょう、車に轢かれそうになってしまいました」
ああ、嫌だ。やめてくれ。
「目が覚めてから、友人に電話をすると」
それは……それは俺のことじゃないか!!
「ドアの外から、カリカリと何かが引っ掻いてくるような音がしてきました」
ラジオの声が、俺の知らない出来事を話し出す。
すると、玄関のドアからカリカリカリカリ…っと爪で引っ掻くような音がし始めた。
俺は咄嗟に部屋の端に逃げた。玄関からは尚も、引っ掻くような音がしている。
それだけではない、引っ掻く音と共に、
「僕は、恐怖から部屋の端へと逃げました」
ラジオの音声も聴こえる。
どうしたらいい、どうしたら…
頭を抱えたその時、今度は窓のほうから叩く音がした。
恐怖で俺は飛び上がったが、そのあとすぐに聞き覚えのある声がした。
「おい!大丈夫か!!ここ開けろ!玄関は危ない!」
カーテンをしているから姿は見えないが、先ほど電話していた
友人の声だ。俺の異変を感じて助けに来てくれたのか。
『あ。ああ、大丈夫だ。助かった!』
「早く開けろ!ここから逃げるぞ!」
ふらふらと窓のほうに近づきカーテンを開けようとしたその時、
俺は、あることに気づいた
「おい!どうした!はやく!はやく!」
窓の外には、ベランダも何もない。
「はやくしろ!はやく!」
そう何もないんだ。
「はやく、はやく、はやく!」
ここは、2階の部屋だ。
窓の外に……人なんて…立てない…
「僕は、窓をあけました」
ラジオの女が無機質な声をだす。
「僕は窓をあけました。僕は窓をあけました。僕は窓をあけました。僕は窓をあけました。僕は窓をあけました」
壊れたラジオのように、何度も何度も何度も。
「僕は窓をあけました。僕は窓をあけました。僕は窓をあけました」
「はやくあけろ、はやくあけろ、はやくあけろ」
窓の外にいるナニかとラジオの音声が俺を攻め立てる。
玄関からも相変わらず音がする。
絶望が俺を包み込む。
ふと、棚に置いてあるカッターが目にはいった。
無意識のうちに手に取る。
この恐怖から逃れたかった。
俺はカッターの刃を出すと、首に押し当てた。
「僕はカッターを、窓を、あけ、きって」
ラジオの声が混乱してる。俺がどっちで死ぬかわからなくなってるのか。
思い切りカッターを刺そうとしたその時、
パシャリと金魚が跳ねた。
思わず水槽を見ると、悠々と赤い金魚が泳いでいた。
まるで自分は関係ないかのように。
俺はしばらく金魚を見つめた。
「僕は、窓をあけ、喉を切り裂いて」
そして、どちらで死ぬか待ち構えているようなラジオをながしている、この小さな機械を
思いっきり水槽の中へ放り込んだ。
格安で買った、旧型のスマホだ。防水加工もされてないだろう。
しばらく、くぐもったような声が聴こえたが、そのうち画面がちらつきはじめ、
ついには完全に壊れてしまった。
すると、壊れるのと同時に、窓の外のナニかと玄関から聴こえてきた引っ掻くような音は静かになっていることに気づいた。
俺は恐怖から解放されたのか、まだわからないままぼんやりと
水槽に沈んでいるスマホを眺めていると、今度は
『あ!大家さん!ここです!ここ!早く鍵を開けてください!』
玄関から数人の声が聞こえてきた。
『うお!なんだこれ!!すっげぇ傷がついてる!おーい!大丈夫か!!』
どうやら、今度の友人は本物らしい。
俺の異変に気づいた友人は、大家さんや近くの交番から警官を連れてきたらしく、鍵をあけて中にドカドカと入ってきた。
『おい!しっかりしろ!何があった?玄関のドア、引っ掻いたような傷だらけだったぞ!』
水槽の前で呆然の立っている俺を見て、友人は必死に声をかけてくる。
その時俺は、ようやく心のそこから安心しそのまま崩れるように座りこんだ。
そんな俺を心配している友人を尻目に、大家達は何かに気づきカーテンを開けると、まるで女性のような悲鳴をあげた
窓には手形がびっしりついていた。
まるで何回も何回も、叩いたかのように
俺はそれから友人宅に泊まり、そのまま実家に帰った。
大学からは少し遠いが、一人暮らしはもうしたくなかった。
ドアの傷は変質者のせいということになった。
窓の手形についてはどうやったかは説明がつかないが、それも変質者のせいということにしといた。
俺自身、どう説明していいかわからなかったからだ。
友人も俺もそれ以来、ラジオアプリは聴いていない。
でも、今でも思い出す。
あの不自然なくらい穏やかで無機質なあの声を。
最後までありがとうございました