散策
「よーし、そしたら…」
寝るところ、つまりは安全な場所の確保がトントン拍子で決まったので、私は改めてこの集落を見て回ることに決めた。
「ユイー?」
「何ー?」
「少しこの辺を見てくるね。夜には帰ってこれると思う」
「はいはい、了解。ただこの集落から出ると何があるか分からないから、そこだけは気を付けて」
分かったー、と返事をして私はユイの家を出た。
ここに来た時はユイに出会った衝撃があまりにも強すぎて周りを落ち着いて見る余裕が無かったけど、落ち着いて集落全体を見渡してみればそれなりに豊かな生活を送っているように見える。
というか、ユイの家を見るにそれなりの技術を彼らが持っているのは自明なのかもしれない。
まず家。
ユイの家もだけど全体的にレンガ造りだったり木造だったり、少なくとも藁造りとかそんなちゃちい構造ではないのは一目瞭然であった。
地面もコンクリート舗装とまではいかないにしろ、道とそうでないところが区別されている程度には整備されている。
周りを見渡しながら更に散策していると、まだ昼間だからだろう。火のついていないランタンのようなものが不規則的ではあるが集落に点在している。
ここに来た時は集落の外観に目を向ける余裕も無かったから気づけてなかったが、改めて意識的に周りを見渡してみると意外と技術的に発達しているところが多い。ように感じる。
(なんか外観に比べて意外と発展してる……)
なんて思いながら歩き見てみた。
集落を歩き続けていると人(?)通りが増えてきた。
基本的にすれ違うほとんどのゴブリンは私と同じかそれより低いくらいで、私よりも背の高いゴブリンはアイラくらいであった。
ユイの家があったところと比べたら、幾分か賑やかな雰囲気が溢れている。
恐らくこの辺がここの中心地なのだろう。
いくつかの家の前では、それぞれのゴブリンが何かを並べている。
まあ普通になんだろうと興味が湧いたので近づいてみると、それはいわゆるアクセサリーのような小物の類が数個並べられていた。
現実で言うところのフリーマーケットみたいなものだ。
「こっちの世界でいう出店みたいなものかね」
ただ、何か違う。
パッと見は明らかに出店みたいな雰囲気なんだけど、なんだろう何か違和感を感じる。
そう。何か足りない。
「あっ」
私はそれぞれの家の前で並べられているアクセサリーやらに値札が付いてない事に気づいた。
それこそが違和感の正体だった。
「値札が無いってことは、ここにあるものは全部言い値って事なのかね」
とはいえここに来たばっかりの私がお金を持っている訳もなく。
「ま、とりあえずお金に関しては後でユイに聞くとしますか」
その場を離れようとした私。
確かにその歩み、1歩目は既に動作を終えていた。
しかし、その次の歩みは無かった。
私は目の前のアクセサリーの中で一つのブレスレットに目を惹かれていた。
ブレスレットとは言っても、機械で作ったようなものではなく手編みの何とも手作り感溢れるブレスレット。
ただ、その手作り感溢れるブレスレットが、この世界においては誰か自分以外にもいるんだという証明になるような気がした。
「これ、いくらなんですか?」
お金は無いけど、とりあえず値段だけ聞いておこう。それにこれで大体の相場かも分かるし。
それにこれほどまでに私の興味を惹きつけるものをこのまま無視することが出来なかった。
聞いといて金が無いから買えませんっていうのは少し気が引けるけれども。
「……ん?」
商品の奥にいる恐らく売り手であろうゴブリンは不思議そうな顔をした。
私の質問の意図が分かっていないような。
「いや、だから。これっていくらで売ってるのかと…」
「ああ、これが欲しいのかい?じゃあ、はい」
と言いながら、私が目を惹かれたブレスレットを手渡してくれた。
「え…?いや、その。値段を…」
値段を聞こうとしたけど、売り手のゴブリンはニコニコしたまま私の顔を見ている。
それはもう屈託のない笑顔で。
「あ、じゃあ。その…、ありがとうございます…?」
なんか不思議だなぁって思いながら、私はブレスレットを受け取ってその場を後にした。
「まあ、向こうがくれたから良いか…。……良いのか?」
なんて感じで悶々とした気持ちで歩いていると前の方にアイラがいるのが見えた。
ここで数少ない顔と名前が知っているゴブリンだ。
おーい!と声をかけながら私はアイラの方へ駆けて行った。
「おや、ユキじゃないか。どうだい?ここは」
「うん。まだ見れてない所もあるけど、良い所だね。まあ、ここに着くまではそれはもう踏んだり蹴ったりだったもんで…」
「そうかい。まあここに来れて良かったねぇ。ユイは友達なんだろ?私たちみたいなのだけじゃなくて知り合いがいて良かったねぇ」
アイラはユイがいるとはいえ初対面なのにすごく優しく話を聞いてくれる。
「うん。そこは良かった。でもね、それはユイだけじゃなくて、アイラ達にも言えるよ。初めて会った、それも自分たちとは違う人種の私に温かく接してくれたからね」
「ん、まあそれはユイがいたからね。それにユキは何か悪いことをしようと思ってここに来たわけじゃないだろ?それだけでも十分じゃないかい」
「…そうだね」
ヤバい。泣きそう。会話が出来るからっていうのもあるけど、何がなんだか分からないしっちゃかめっちゃかなこの世界でこんな温かい場所いれるのがどれだけ幸運か。
次第に辺りも暗くなり始め、不規則に置かれていたランタンに少しずつ灯が。
『じゃあ、またね』
『ん。ユイによろしく言っといてくれ』
分かったー!と言いながら、私はユイの家へ帰ることにした。
もうすっかり日も暮れるとランタンの温かな光が集落全体を彩る。
現実の殺風景な景色とは対照的な光景にちょっと感傷的になった。
なんでだろう。あれかな。電気じゃなくて火を使っているからかな?
なんてことを思いながら歩いてるともうユイの家の前だった。