魔道具修理屋は眠りたい
降ってきた話です。リハビリにはちょうどいい感じでした。
こんにちは! 初めまして。わたし、サラです。……じゃなかった、サラ・サールマンです。
すぐ家名つけるの忘れちゃうんですよねぇ。ほら、長年の癖、みたいなもの?
まあとにかく、わたしはただいま、絶賛ぼっち飯中です。
ああ、勘違いしないでくださいねっ?
確かにここは学院の使われてない学舎の空き教室ですけど、わたしは自主的にここでぼっち飯してるんですから!
学院――聖アルレーヌ学院は、貴族子女の学舎です。成人になる前に最低二年は通わないといけないとされているそうな。ちょっと面倒ですよねぇ。
え?
貴族子女たるもの文句を言うなって?
だってわたし、去年まで平民でしたもの。
あ、そこちょっと座らないでもらえます? それ、カナリー侯爵令嬢からの預かり物なんで。
ソファがどうかしました?
ええ、それも立派な魔道具なんですよ?
ほら、ここの彫刻部分に触れると……ええ、こんな感じにベッドになるんですよ。
ソファベッドってやつですよね。
彼女の部屋にはもっと大きな天蓋付きベッドがあるのに、何に使うんでしょうね?
あ、もしかしたら急のお客さまがあった時用でしょうか。
もちろん、もう直ってますよ。
え、どこが壊れてたか、ですか? 肘掛けの具合が悪かったんです。ええ、魔道具の修理より家具の修理にかけた時間の方が長かったですね。はぁ。わたしは家具職人じゃないって言ってるのに。
ええ、昨日預かったんですけど、なんでも今晩使いたいとかで、突貫工事で直しちゃいました。
お陰で授業全然出られなくて。
まあ、もっとも授業の内容なんてすっかり頭に入ってますから、受けなくても試験はいい点取れると思いますけどね?
あら、カンニングだなんて、わたしを疑ってるんです?
ああ、これだけ出席率が悪いのに? いつも学院トップだから? 魔道具でカンニングしてるんだろうって?
実技はダメダメだから、ですか。
あのですねえ、実技がダメダメなのは、こうやって急で断れない仕事を突貫工事でやってるから、魔力がいつもすっからかんなんじゃないですかっ。
何自分だけ知らん顔してるんですか。あなたの依頼だっていーっぱいやったんですからねっ?
名前出してないのに? なんで分かるんだって?
そんなの、わからないわけないじゃないですか。
魔道具に聞けば一発です。
え?
何バカなこと言ってるんです? 魔道具がしゃべるわけないでしょ。
……アホなの?
あ……ごめんなさい、心の声、漏れてました? ついついいつものつもりで罵っちゃいました。……あの、できれば両親には内緒で……はい、はい、申し訳ございません。
あ、だからそれ座らないでってば!
汚したらあたしが弁償する羽目になるんだからっ!
あっ、すみません。……つい地が出ちゃって。
……だから、付け焼き刃なのは自覚してるってば。いちいち言わないでよもうっ。
はー、もう。そっちの一人掛けならいいですよ。それは家から持ってきたものですから。
え?
これにはどんなギミックがついてるかですって?
あるわけないでしょ?
こんな人の来ない寂れた校舎の空き教室に置いといても大丈夫だから置いてるんじゃないですか。
まさかこれ、毎回持ち帰ってるとか思ってました?
そんなわけないでしょ? どんだけ怪力だと思ってるんですかっ。
魔道具があれば簡単だろうって? あのですねえ、マジックボックス系のアイテムがどれだけ高値でやり取りされてるか、知らないの?
あんなもん、あたしみたいな平民上がりが持ってると知れたら、あっという間に攫われて奪われて終わるわ。人生もね。
なんか甘いこと考えてます?
貴族じゃなければ人間じゃないって思ってるのがどれだけいるか、知らないんですか?
はー。だからおぼっちゃまは……。
いいえ、何でもありません。
まあ、そんな人の来ない場所だからこそわたしの仕事場に出来たわけだし。あ、一応不法占拠じゃないですよ?
学院長には許可もらってるし、うちのお得意様には公爵令嬢だっているんだから。
そもそも学院長、うちのお客さんだし。
癒着?
何言ってんのよ。持ちつ持たれつって言うでしょ? どんだけ無理聞いてると思ってんの。
それに、うちほど明朗会計な魔道具修理屋はないと思うんだけど?
あー、こんなことならさっさと隣国に脱出しとけばよかった。そしたらこんな場所でちまちま学生の相手なんかしなくて済んだのに。
知ってる?
貴族の成人は十八だけど、平民の成人は十六なの。
あたしこれでも修理技師の養成学校、トップで卒業するところだったのよ?
両親が男爵なんてものになったおかげで、あたしの未来計画ぜーんぶひっくり返っちゃった。
あと二年もここに通わなきゃならないし、お金にもならない仕事ばっかり押し付けられるし。
何なの?
高位貴族なら言うこと聞いて当たり前って。奉仕するの当たり前って。
バカじゃないの?
どこのお人好しがタダで頭下げると思ってんの。直させてやるんだから光栄に思えとか、本気でいらんわ。
平民は食わなくても生きてられるとか思ってる?
その平民に食わせてもらってんの、あんたたちじゃないのよっ!
きっちり顔覚えてるからねっ。ウチのネットワーク、舐めんじゃないわよ。
二度と修理してもらえなくなって泣くといいわっ!
――はーっ。
ああ、すみませんね、ちょーっとフラストレーション溜まっちゃってて。
ほら、何しろぼっち飯なわけですし、授業も出られなきゃ友達もできやしない。
まあ、あんなお花畑なお友達いらんけど。
口が悪いって?
悪くもなるわよ。
……まあ、あんたはマシだけど、でもあんただって平民のことなんかちっとも考えたことないんだろ?
そう言うもんよね。
はあ。
……ところで、今更なんだけど、何の用?
ああ、この間預かったオモチャのこと?
……お盛んですねえ、オウジサマ。
え? ここに来るのは初めてで? そんなもの頼んでないって? だから変な目で見るな?
そりゃあ見るでしょうよ。
人を変えたり変装したりしながら四回も連続であんなモノ依頼してきて。こっちは曲がりなりにも乙女なんですからねっ、オ、ト、メ。
それにしては平然と受け取ってたって?
……キモっ、あんた、覗き見してたの?
あたしがどんな顔するか見たかったとか言わないでよね。ほんっとキモっ。
えーえー。仕事だもの、別に動揺したりしやしないわよ。
専門学校の時も散々やられたしね。
女とみたらそういうヒワイな悪戯しないと気が済まない生き物なの? 男って。
あーやだやだ。
で?
それの受け取りにわざわざ顔出したわけじゃないわよねえ?
一応アレは別の子爵様の持ち物ってことになってるし、依頼人以外の人には渡さないし。
今度もどうせ修理の持ち込みなんでしょ? 五回目の正直って奴だ。
はいはい。そこ置いてって。
え?
今すぐやれ?
……あのねえ。
昨夜からそのソファの修理で寝てないのっ!
これ以上無理っ! むーりーっ!
修理するとこ見てみたいとか、寝言は寝て言えっての。
絶対お断りっ。それでもやれって言うんなら、あたし退学するから。
ええ、貴族として認められなかろうが関係ないっ。
あたしは魔道具修理屋になるんだからっ!
父親が悲しそうな顔するから来ただけで、ちっとも未練なんかないんですからねっ!
それとも、オウジサマがゴムタイを働いたって言いふらしてもいいのよ?
とにかくお断りっ!さっさと帰って!
……帰った?
ほんとーに帰った?
…………用心深くもなるわよっ。
この間だって、変装してやってきてさぁ、帰ったと見せかけて天井に潜んだりして。あんたが先に潜んでいなかったらナニするつもりだったんだか。
冗談じゃないっての。
寮は荒らされたままだし、家には帰れないし。
ここ追い出されたらマジで世界一周の旅に出るしかないの。
だってのに、あんなのに目をつけられるわ、あれを狙ってる女たちにはこき使われるわ。
そりゃさあ、断りゃいいのはわかってるよ。
でもさあ……道具たちがかわいそうなんだもの。
ついつい、ねえ。
……まあ、父親譲りの人の良さは、本当に自分でも嫌になるけど。
でもさ。
直った彼らを受け取った時の笑顔はねぇ……。
仕方ないわよ。
あと二年、我慢すりゃいいんでしょ。
幸い、ここは外壁にも近いし、抜け道も見つけたし。
人避けの結界張って引きこもるとするわ。
え?
オウジサマ?
もう来ないんじゃない?
玉の輿?
冗談でしょ?
オウジサマのオキサキサマなんて、あたしのガラじゃないの。
腹ん中真っ黒な貴族たちと渡り合うだなんて芸当、できるわけないじゃない。そんなのは公爵令嬢あたりがやりゃいいのよ。
平民上がりの女に期待すんなっての。
あたしは魔道具修理屋になるんだから。それ以外の未来なんてお断りよ。
……まあ、あんたは天井から出てこないし、邪魔にならないから別にいいけど?
でも、あんたも変な奴よね。
なんでこんな平民上がりの野蛮女にくっついてるわけ? それも、今や無報酬なんでしょ?
何にもいいことありゃしないわよ?
むしろ元の雇い主に見つかったら不味いんじゃないの?
命の恩人だからとか気にしなくてもいいのに。
……ほんっと、モノズキなんだから。
ほら、帰った帰った。わたしもう寝るから。
え? オウジサマ追い返す口実だったんじゃないかって?
……ワガママお嬢様のせいで徹夜なのはほんとだってば。
あ、戸締まりはしなくていいから。こんな人の来ない空き教室に鍵がかかってたら怪しさ大爆発でしょ?
大丈夫だってば。
え?
オウジサマの依頼品?
……あー、それも放っといて大丈夫だから。
うん、じゃあまた明日。そうそう、お昼おいしかったって伝えておいてくれる?
ワガママお嬢様は好きじゃないけど、お抱えシェフの腕は逸品だからね。
あ、そういえばあんた、明日はお休みだったわよね。じゃあここに来なくていいから。約束あるんでしょ? シェフとデートしてきなさいよ。
明後日はデートの話聞かせてよね。
……ふふっ。じゃあね。
名残惜しそうな彼女を天井裏から追い出してから、扉の横にある緑色の魔石を触ると、教室の壁や床、天井を緑色の結界が覆う。
この魔石、なんと外界からこの空間だけ切り離せるのだ。
外から見れば扉はあるし、開けることもできるけど、この空間にはつながらない。
いわばわたしだけの城。
これがあるから、ここに寝泊まりしてても平穏無事でいられるのよねえ。
でなきゃお客さんにここもぐちゃぐちゃにされてただろう。……寮みたいに。
あそこも結界は張ってたんだけど、仕事用のガチのじゃなかったから、あっさり本職に突破されちゃったのよね。まあ、ガチのを展開してたら、それはそれでヤバいのに目をつけられてたと思うから、アレでよかったんだと思ってる。
まあしかし、他人が簡単に侵入できるところに安穏といられるはずもなくて、学院長からこの部屋をもらったわけ。
正直、この結界も常に発動させておきたいところなんだけど、そうするとお客も彼女もここに来られなくなるからね。
客が来てる時だけ結界を解いている。あ、覗けないようにはしたけど。……あのオウジサマが覗きまでやってるとは思わなかったわ。
ほんと、何やりたいんだか。
……はぁ。くたびれた。お嬢様の遣いがソファ引き取りにくるまでちょっと寝よ……。
それにしても、オウジサマ。今度は何持ってきたんだか。
ま、完全無効化してあるし、外界とも切り離してあるから、何を企んでも無駄なんだけどね。
たまにはさぁ、面白いの持ってきてよね。あーいうヒワイな奴じゃなくて、本気で面白いやつ。
そうそれ、王家の秘宝的な?
謎めいた逸話なんかがあったらいいよね。そう言うのなら、考えなくもないんだけどなあ……。
続かない。
さて、登場人物は何人いたでしょう?(笑)