初恋の牛乳プリン
ナチュリアはそわそわしていた。今日は憧れの人が城に来る日だ。
王の娘である六歳の少女には、淑女として、たとえ大好きな人が遠くに見えたとしても猛ダッシュで駆け寄ったりしてはならないと教えられている。髪やスカートが乱れてしまうからだ。
彼はシルヴァリー。二十五歳。王の武具や調度品の買い付けと修理を任されている。
急ぎ足で彼の元に辿り着くと、スカートを少しつまみ上げて挨拶をした。
「ごきげんよう、シルヴァリーさま!」
「姫。お久しぶりです。また身長が大きくなられましたか」
「せいちょうきですもの。とうぜんですわ」
「お元気そうで何よりです」
シルヴァリーは片膝を付いてナチュリアに目線を合わせてくれる。そういうところが堪らないポイントだということを彼は気付いていない。
ナチュリアは彼の手を引き、庭へと案内した。
「まずは、いぶくろをつかむのがいいとおもうの!」
一年前のある日、ナチュリアは世話係と一緒にキッチンに立っていた。
世話係が、五歳児でも作れそうなものを、と考えてくれたのが牛乳プリンだ。搾り立ての牛乳と卵と砂糖を混ぜ合わせて、カップに入れて加熱し、固まったら冷やすというレシピだが、混ぜ方や加熱の具合で微妙に舌触りが変わる。普段の良い食事のお陰で舌が肥えているナチュリアには納得いくものがなかなか出来上がらなかった。
三十五回目にしてようやく合格ラインのものが完成し、ナチュリアは満面の笑みでプリンをトレイに載せた。
世話係はぐったりと椅子に倒れ込んでいる。散々付き合わせたのだ。多少の休憩は目を瞑ろう。
そうして苦労した牛乳プリンを、初めてシルヴァリーが食べてくれた日のことは一生忘れない。
大好きな彼に手作りのプリンを食べてもらうこの時間が、ナチュリアにとって最大の楽しみなのだった。
「美味しいです、姫」
いつものように平らげてくれる彼の、その爽やかな微笑みにナチュリアの心臓が撃ち抜かれる。
どうしたら、としのさがうめられるのかしら?
本気で悩むのだった。
王の娘の牛乳プリン作りは、一年前から始まった。最初は渋々食べていたのだが、会う度に少しずつ美味しくなっていくプリンが、今では癖になりつつある。また食べに来られるかな、と自然にこぼれる笑みにふと我に返る。十九も歳の離れた少女に何を期待しているのか。まだ犯罪者にはなりたくない。
「ま、裏稼業ではあるけどな」
自分にしか聞こえない呟きは、軋む開門の音に掻き消された。